第四十五話 これは軍人ですか? 1.はい、ただのクズです
テイオウスナハンザキ戦、決着!
―前回より―
一通り歌い終わった繁は再びテイオウスナハンザキの体内へ飛び込んだ。
その体内で何が行われているのか傍目からは窺い知れないが、被害者である巨獣の上げる嗚咽にも等しい悲鳴のような鳴き声からして、相当酷い目に遭わされているのだろう。
まるで漫画のような光景が繰り広げられた後、遂に力を失い絶命したテイオウスナハンザキが砂の中へ倒れ込む。
粉塵を巻き上げながら砂の中へと横たわるテイオウスナハンザキの口から、何かが素早く飛び出した。繁である。その手には逢天から授かった槍が握られており、両手の手甲鉤も刃が剥かれていた。
獣の腹の上に座り込み、船上の仲間達に手を振る繁。それに応えるかのように船員達は歓喜の声を上げ、香織やニコラも笑顔で手を振った。
―船上―
「凄いねぇ、まさか本当に生き延びるとは」
『当然ですよ。彼は飛姫種や巨人さえも一人で討ち取る程の実力者なんですから』
「誰かと思えば羽辰さんじゃないかい。一体何時からそこに居たんだい?」
『おかしな事を聞くものですね、船長。私は細胞と霊魂との中間的存在故、インスタントタイミングで大概何処へでも行けるのですよ』
「そういえばそうだったねぇ。こらいかんわ、私ともあろうもんがねぇ。はっはっはっは」
『……ところで船長、話は変わりますが……』
「あぁ、分かってるさ。あの大きさを絶命まで追い込んだんだ。暫くは砂上船の事故も減るだろう。テイオウスナハンザキはどんな船乗りや軍人も恐れる巨獣だ。砂漠の生態系では万年トップな上に、体当たりや噛み付きで客船も戦艦も瞬く間に沈めてしまう、名前の通り帝王みたいな奴さ。となれば、砂漠を主な活動拠点にしてる船持ちの企業には、大体の所に恩を売れるだろうね。皮や腹から取れた玉や岩は言うまでもなく、骨肉も学者や料理人共がこぞって欲しがるだろうよ」
かくしてテイオウスナハンザキ狩りを終えたミガサ・コルト号は、収穫と共にデザルテリアへと進み出し、翌日の夕方にデザルテリアへ到着した。都市の船着き場にてデゼルト・オルカの面々に別れを告げた繁達は、急速のためひとまず予約していた宿へと向かう。
因みに船で出会った小樽兄妹もこれを期に正式なツジラジスタッフとして認可され、繁達のグループに加わることとなった。
―翌日―
「早速だが、今日は人に会う」
「あれ?船乗るんじゃないの?」
「情報によると、今回の企画に最適な有名人が居るらしい。そいつに誘いをかける」
「有名人、ですか?」
『イスキュロンの有名人と言えば、大抵は政治家か軍人ですが……』
「まさか今回のゲストに退役軍人や政治家を呼ぶの?やめといた方がいいと思うなぁ」
『確かに、昔気質の退役軍人は柄の悪い奴が多いですからねぇ。そればかりとは言いませんが、報道機関で取り沙汰される退役軍人は大抵酷い奴ばかりだ」
「居るよねぇそんなの。現役時代に死んでくれたけど、昔海軍にハーマンヌ・リアメイっていう猿系霊長種が居てね? 義父のロナルドは退役軍人にしては珍しく結構気の良い人格者のじじいなんだけど、義息がそりゃあもう性悪でさ。親継いで海兵隊訓練所の教官やってたんだけど、訓練生の扱いがそりゃもう酷かったのよ。人権無視の罵詈雑言は当たり前、訓練生へのフォローも無し。殴る蹴る、下手すりゃ死ぬような体罰だってあったらしい」
「まじか。ひでえな」
「一昔前ならまだしも、流石に近頃ともなると問題になりますからね。案の定各大陸の雑誌やテレビ番組で度々取り沙汰されまして、ある番組でインタビュー受けた時に何て言ったと思います? 『俺は偉大な親父の掲げていた崇高で気高い志を継承しているだけだ。誇り高きイスキュロンの海兵たるもの、上官の命令や体罰に耐えられもしないようではいけない。俺の指導は浮世の荒波の中からすれば生やさしいものに過ぎない。その程度で泣き言を言う腑抜けのゴミは自ら喉を射抜いて氏ね』ですよ?」
『田舎の貧民街で盗みを働いていた孤児如きが、偶然にも名家の当主に拾われた程度で何を勘違いしているのやら。「優秀だったので父は俺を叱りも怒鳴りもせず、欲しい物はなんでも買い与えてくれた」ってそりゃあんた、優秀だったんじゃなくて甘やかされてたんでしょうに。何が浮世の荒波か! 世の荒波を知らないのはお前だろうに! 何が腑抜けのゴミか! 親の七光りで甘やかされて育った不良のお前が何を偉そうに! 何が指導か! お前のそれはは只のくだらない腹いせだ! 目的も哲学も本能もない汚らしい暴力だ!』
「落ち着け羽辰、往来で大声出すもんじゃねぇ。んで、その人格者のロナルドってのは息子の暴走に気付かなかったのか?」
「それが、ロナルド氏は幼い頃から女運に恵まれず、子供を授かるどころか結婚も出来なかったんだそうです。それで『この子は神のくださった最後のチャンスに違いない。大切に育てなければ』という思いが暴走シテしまったらしく」
「しかもその時、運悪く不意打ち仕掛けてきた盗賊にハンマーで頭殴られてさぁ。そっから頭おかしくなっちゃったみたい」
「精神異常ねぇ……」
「しかもそれが結構特殊で、他のことに関しては何時も通り全部完璧なんだけど、こと育児となると別人みたいに駄目人間全開になっちゃうらしくってさ」
『お陰で我等がラビーレマの医者もお手上げでしてね』
「その横暴が暫く続いた頃だっけっか、訓練生の一人にちょっと出来の悪い奴が来てさ。他の訓練生から散々イジメ受けて、あの馬鹿からも散々な目に遭わされていったの」
「自殺したのか?」
「強ち間違いでもないけど、その訓練生は過酷な環境下で射撃の才能を開花させてね。でもそれと同時に精神病を患い始めて、周囲が精神病院に入れようって言ってるのにあの馬鹿聞かなくてさ。『精神病院は他人の力を借りなければまともに立ち歩く事さえ出来ない弱者の巣窟だ。絶対無敵のイスキュロン海兵にとっては地獄の方がまだ生温い』って、親の権威振り翳してその訓練生をそのまま学校に入れたままだったんだけど……」
「卒業式前夜、武器庫から銃器持ち逃げしたんだよそいつ。何に使うのかは知らなかったけどね。それでそれを見た馬鹿がキレて殴りかかったら、自分が虐めてた訓練生に撃ち殺されて目出度く死んでくれたのよ」
「それで済めばまだ良かったんだけど、撃ち殺してくれた訓練生も気が動転してすぐに自殺しちゃってねぇ。あとはもう、酷いの一言よ。ロナルド氏が今までの自分を悔いて重度の鬱病になったり、ヤムタの報道機関が在ること無いこと書き綴って方々で言いふらしたり」
「大変だなぁ、軍隊ってのも。いやぁ、俺自衛隊とか行かなくて良かったわ。柄じゃねぇし。やっぱ人間の基本は座学だな」
等と雑談しながら歩く五人は、遂に目的地であるイスキュロン陸軍管轄の大病院へとたどり着いた。
次回、病院での新たなる出会い!?