第四百四十八話 Q.これは最終形態ですか?E.はい、とてもそうは見えませんが
本当世界を救うような見た目じゃない
―前回より・テリャード城内―
「――ェァァァアアア!」
コリンナ・テリャードの振り下ろした斧(に、変形した両腕)は、横たわる敵の頭ではなく石の床にぶち当たった。見れば繁と香織の姿は既にそこになく、どういうわけかコリンナの背後10mへ転移していた。
「「「!?」」」
ここで"どういうわけか"と書いたのは、転移が繁と香織の意志によるものでなかったからである。グラーフによって意識が"果て"から肉体へ戻り目覚めた二人の肉体は、気付かぬ内にコリンナの背後へ転移してしまっていたのである。よって面食らったのはコリンナだけではなく、寧ろ転移したことについての驚きは当人達の方が大きかった程である。
だがその驚きはすぐに消え失せた。二人の脳内に、グラーフの声が響き渡ったのである。
《諸君、私だ。グラーフだ。この声は君らの脳内へ直接流しているが、通信機能の都合上対話は一切不可能であることを理解した上で話を聞いて欲しい》
グラーフが話して聞かせたのは、彼が二人に授けた"力"についてのものであった。
《先程君らの身体は図らずもコリンナの背後を取っていたかと思うが、それは"力"の一端によるものだ。というのも今の君らは"力"によって絶対的な回避の力を得ている。奴がいかなる攻撃を仕掛けてこようとも、君らの身体は自動的にそれを回避し奴の背後へ回り込むように動作するはずだ。その他身体・魔力等基礎的な能力は飛躍的に向上している。然しながらそれも全体からすれば大したことのない、ほんの末端部分に過ぎない》
「(これでまだ本気じゃねえだと……)」
「(じゃあこの力の本気って何なのよ……)」
《私が君らに授けた"力"の本領を発揮する為には、君らが一つになる必要がある。とは言ってもそんなに難しいことをするわけじゃない。ただ相手を何処までも求め、果てしなく受け入れ、身も心も融け合うかのようなイメージの維持に徹底し、身を寄せ合うんだ。それ以外には何をしてもいけない。余計なことをすればそれだけ遅れや不備が生じるだろう……では、一旦通信を切らせて貰う》
「「((求め、受け入れ、身も心も融け合うかのようなイメージのまま身を寄せ合う……か))」」
言葉で言い表し文字で書き表すには簡単だったが、恋仲になって日の浅い二人にとってそれはこっ恥ずかしくてたまらないことであった。とは言えそうしなければ力の本領は発揮されず、恐らくはコリンナを始末することもできなくなってしまう。ともすれば選択肢は一つしかないだろうと、二人はグラーフに言われた通りイメージの維持――有り体に言えば恋人に対する性的な妄想――に耽る。
その間にもコリンナの攻撃は止まなかったが、"力"による自動回避機能はそれらの全てを無意味と嘲笑うかのように二人の身体を転移させ続ける。その戦況にコリンナのストレスは音速が如き勢いで上昇していき、(あくまでグラーフの指示により)二人が抱き合った辺りで――コリンナがその年齢や性格、身分故に色恋を経験していなかった事も相俟って――遂に限界を突破する。
{うるぁぁぁぁぁぁああああああ!!イチャつくなぼけぇぇぇぇぇえええええ!!死ねやくそぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおお!!くたばれぇぇぇぇぇぇぇえええええええ!!}
そして限界を突破した結果が上記の有様である。攻撃は強固に作られた部屋の壁に(微かなものだが)穴を穿つ程の出力で無差別に繰り出されるが、いずれも回避されたり打ち消されたりとまるで当たらない。一方抱き合う二人は遂に力の本領を発揮するに至り、その身体は眩いばかりの光に包まれる。強烈な光にコリンナは視界を奪われ、同時に二人の脳内へグラーフの説明が流れ込む。
力の扱いを説明し終えたグラーフは、最後に《頼む。私の子孫を救ってやってくれ》と言い残し、静かに通信を切った。
そして二人の全ては根底から融けて混ざり合い一つとなる。
やがて光が晴れた時そこに居たのは、全長2.5mもある巨大な虫の化け物であった。
{なっ……何なのよ、あの化け物……わけわかんないんだけど……}
誰もが『お前が言うな』という突っ込みを入れたくなる発言ながら、確かにそれは"わけのわからない"という程ではないにせよ"異形"の呼び名が相応しい姿をしていた。全体的にはただの黒地に赤い文様の走る巨大化なサシガメなのであるが、その節足は何故か通常の三倍程も太いばかりか(昆虫の節足は原則として六本であるというのに)八本もあり、先端部などは揃いも揃って外骨格に覆われたヒトの手が如き形状をしていたのである。これぞグラーフより授かった"力"の本領。その名も――
《《邪善悪義虫、君臨……》》
発せられた声には抑揚がなく、二人の声が重なり混ざったかのようであった。
次回、最終決戦開始!