第四百四十四話 Q.これは禁忌の発明ですか?B.はい。神の遺伝子でないことは確かかと
紙の正体とは……
―前回より・一晩で物質的に雪原と化した某王国国土の一角―
「そ、その紙は、まさか……!」
あれだけ騒がしかった一同を一瞬にして絶句させたのは、よりにもよってガステが取り出した皺だらけの風変りな紙切れであった。然しガステはそれがまるで想定の範囲内だとでも言わんばかりに――そしてまた、その反応を楽しむように――平然と紙切れを掲げて語りだす。
「その反応から察しまするに、皆様どうやらこの紙切れが何であるかご存知のようですね。ともすれば説明の手間が省けます」
ガステの顔には今まで本編中で見せていなかったような満面の笑みが浮かび、その口ぶりは何とも楽しげであった。しかしその反面彼(並びに現実逃避に必死で周囲のことなど意識すらしていないセシル)以外の者達は、得も言われぬ恐怖感から箍が外れたように騒ぎ始めた(中には供米やランドルフのように落ち着いている者も居たが、彼らの表情が意味するのは明確な恐怖や不安、不快感といった感情であった)。
その原因とはガステの取り出した皺だらけの紙切れ――その昔ある製造会社によって開発・製造されるも、無限大とまで言われたその危険性から世界的な大騒ぎに発展し、商品化を待たずして製造元の企業が火災にあったため(その存在を危険視した何者かによる放火という説が最も有力だが犯人は捕まっていない)現物・製造法・製造者の全てが消失した禁断の魔術具――にあった。
紙切れ――もとい禁断とされたその魔術具は、本来四隅が10cmもない方形のメモ帳として作られた代物で、商品名はそのままに"支配手帳"と言った。使い方も『用紙を一枚取って文章を書き、対象物へ重ねるように置く』と、至ってシンプルである。ただその効力は凄まじく、対象物の性質を一瞬にして書かれた文章通りに書き換えてしまうことができるという。
開発関係者曰くその力は無限大で、対象となった以上それが何であれ用紙の文面には逆らえないが、逆に文章が不適切であったり文字以外のものが書かれていたりすると、かなりの確率で思いもよらない不具合が生じることがあるとのこと。具体的にどんな不具合が生じるか試される間もなく現物が焼失し開発関係者も死亡したため詳細は一切不明という有様であった。
「だっ、だがどういうことだ!?支配手帳はあの火事で製造元や開発関係者共々焼失した筈だろう!?」
「奇跡的に残っていたのですよ。厳重なセキュリティを掻い潜った社員の一人が一枚だけ社外に持ち出していたんです」
「その一枚を何であんたが持ってんのよ?」
「大したことじゃありませんよ。というか、今はそんなことなんてどうだっていいじゃありませんか。それより何より重要なのはこの"支配手帳"と此方の短刀をどう使うか――つまりはこのセシル・アイトラスをどう料理するかってことの筈ですよね?」
―同時刻・テリャード城内―
{さあ、覚悟なさい異物ども。お前らはここで私に殺され、新たなる世界の礎となるのよ}
変異し空中に浮かぶコリンナ・テリャードの姿は実に意味不明な異形のそれであったが、真の姿となった己天辿晃のように"ひどく気色悪く余りにもわけのわからない突起物がゴチャゴチャしている"ようなことはなく、寧ろかえって神々しさや美しさを感じさえするものであった。要約し箇条書きにすれば以下のようになる。
・中枢部は縦長の三角錐を繋げたような八面体。樹脂のような質感で色は白く、長さは2.5m、最長部の幅は80cm程。
・正面上半分には垂直に開いた歯や舌のない口或いは眉毛や睫毛のない瞼のようなものがあり、その内部には美しい緑色の宝玉一つが眼球のように備わる。
・左右側面からは中枢部と同色の細腕が一面につき一本ずつ生えており、更にそれを取り囲むように七本の細長い節足が生えている。
・背面には巨大な純白の翼が三対六枚備わり、その羽毛一枚一枚は真珠のような輝きを放つ。
「痛めつけたと思やぁ妙ちきりんでわけわからん化け物になりがやって……」
「随分意味不明なデザインだけど、何?一体どんな魔術を使えばそうなるの?」
{フッ……やはり凡人の異物にこの洗練された神々しいデザインの素晴らしさは理解らないようね。まあいいわ、特別に教えてあげる。まず言っておくけれど、これは魔術なんかじゃないわ。私たち神性種が神性種たる真の所以にして確証――つまりは、総てを無に帰す創世神トゥマージョーとその妻である記憶の女神インディクリストの血筋――を開放する秘術"帰天臨世"というの}
「帰天に、臨世……意味としちゃ『天に帰りて世を見下ろす』ってか。天使にでもなるつもりかよ。確かに天使は生前から敬虔で善良な上玉信者の霊を元に生み出されるって説を聞いたこともあるにはあるが……」
因みに天使の存在についてはカタル・ティゾルの神学界隈でもあれこれ説が飛び交っており『例外なく全て女性であり、母体たる知性が原初の数千体を自力で生み出された。以後の個体は人間を材料に生産された受精卵から誕生する』というトンデモ学説が飛び出したこともある(当然嘘っぱちである)。
「それ以前に神性種の神の末裔云々ってただ奴ら自身がそう主張してるけで根拠なんてない伝承か妄想だと思ってたけど、それらしいものがあったってことにまず驚きだわ」
「同感だ。マジで神なのかはともかくとして、単に魔力が篦棒に高え種族と言い切れはしねえらしい」
{フン、この姿を見てもまだ無駄口を叩けるなんて大した余裕ね……けど言っておくわ、異物ども。この姿になった私を見くびったなら、あんた達は地獄を見るわよ}
次回、遂にセシルの運命が決まる!?