第四百三十一話 惨殺夫婦さいき☆アルコ
待たせたな!
―前回より・雪原と化したエクスーシア王国―
「ば、ばばばば、ばけものどもめぇっ!くるな、くるな!ぅゎあああああああ!」
錯乱状態に陥った真宝軍の歩兵は、着ぐるみを脱ぎ捨て眼前に立ちはだかる"それら"目掛けて手持ちの自動小銃を乱射する。しかし手元の震えは弾道を狂わせ、偶然的中した弾丸も"それら"にはまるで意味を成さない。
そうこうしている内に弾丸は底を尽き、歩兵は完全に追い詰められてしまった。怯える余りまともに言葉を発することさえ出来ない彼ににじり寄る"それら"――厳密に言えば、その中枢にして代表格――は、何とも残念そうに言葉を投げかける。
「何だ、もう終わりか……映画や漫画のような展開を予想し、目に付いたお前以外を皆殺しにしてやったんだが……馬子は衣装を着ても馬子、という事か」
無様に震え上がったまま何も出来ないでいる歩兵へ向かってゆっくりと歩を進める"それら"の姿は、まさしく異形の化け物――より詳しく言えば、この世に存在しうるあらゆる動物を無作為に繋げた恐るべき合成生物――であった。基軸となる骨格の構造こそ凡そヒト型と呼んで差し支えなかったが、四肢は毛皮や鱗に覆われた獣のそれであり、身体の所々には無作為に埋め込まれたか、もしくは内部より形を生えてきたかのように禽獣虫魚の頭や足が密集し蠢いていた。皆一様にして闇のように暗いそれらは一見するとただ一匹の化け物に見え、事実としてそれらは先程言葉を発した意思によって統括される"群体"であった。
それらを統括する意思の名はナイジェル・ロワイン。十日町晶のチャット仲間が一人、ジョージ・ムロックスその人である。かのチャットルームに於ける最古参ユーザーであり、それ故に現主要メンバーの中では最年長である。素性や経歴については謎だらけの彼であるが、『現在の職業はフリーの記者(但し扱う題材は下手をすれば問答無用で殺されかねないようなものばかり)』『危険な現場でも生き残れるような戦闘能力を身につけるべくある術に手を出した所つい欲を出し過ぎて様々な獣の混雑した異形の合成生物になってしまった(普段は表に出す形質を一つに絞っているため普通の種族として振る舞うことが可能)』といったような事柄は確かであり、彼が毎度持ち込んでくる"仕事"の話をメンバーは心待ちにしていた。
「……しょうがないな。ならせめて、最後は派手に葬ってやろう」
ナイジェルが言うのと同時に彼の身体から生えた無数の動物達が一斉に這い出し、我先にと眼前の獲物へ襲い掛かり食い尽くす。その勢いは悲鳴も許さない程であった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「く、くそったればぁぁぁぁああ!」
「そん、なッ――びゃがらばっ!?」
「ヴェゲガァァアアア!」
「フ、フボッ!?ボベゥ!」
ジョージ・ムロックスことナイジェル・ロワインに並ぶ十日町晶のチャット仲間である"デッドアイS"ことハシブトガラス系羽毛種の青年・野嶋再起及びその恋人である"Vニャノダー"こと長毛型猫系禽獣種のアルコ・柚木・カートゥスによる連携の前には、歴戦の敵兵や戦闘目的で生み出された生体兵器の群れという群れをいとも容易く葬り去っていく。
「来いよ、雑兵共……俺達が相手だ」
「来るのも厭と言うのなら、せめて死に様であたし達を楽しませなさいな……」
軽い身体に鋭い天然の武器――則ち爪、牙、嘴といったもの――を持つ二人の戦い方は、それらの切れ味を存分に活用しうるある特殊な体術を軸に据えたものであった(そしてまた奇遇なことに、この体術は嘗て晶が想いを寄せていた亡き義兄も好んで用いていたものであり、義兄を慕う彼女も決死の思いでそれの一派を極めるに至っていた)。
「クヮルルァッ!」
「フミァォーン!」
二人が手足を振るい空中を引っ掻けば、それらはそのまま空気中に強力な真空波を産む。それらの切れ味もまた抜群で、触れずして切り裂く様は 大勢の敵を恐怖させた。
「ひぃぃぃっ!ば、馬鹿なぁぁっ!あらゆる魔術に耐性を持つ最高品質の合成繊維を手も触れずして切り裂くな――どぶらぁぁああ!?」
「いったいなんなんだ!?なんのまじゅつをつかったきさまらばぁぁぁあああああぁ!?」
「ニナ、ノノノノナニュヌナノナノネ、ナーーッ!?」
騒ぎ立てる敵兵をあらかた切り裂いた二人は、幸運にも生き残った敵兵へ見下し侮蔑するが如き冷ややかな視線を向けながら言い放つ。
「……ったく、相手が手も触れずにものを斬ったぐらいで五月蝿いわねぇ。もう少し静かにできないの?」
「そんなに知りたけりゃ教えてやるよ。俺達のこれは魔術じゃない、拳法なんだよ」
「け、けんぽうだとぉっ!?」
「馬鹿言ってんじゃないわよっ!拳法ってのは殴り合うもんでしょうが!」
「あって蹴りと極め技ぐらいだろ!」
「何よ、じゃあ体術ってことにしといてよ」
「いや、余計悪いわそれ!相手を切り裂く体術がどこにあるんだ!?」
「そうだそうだ!おまえらがつかうような、そんなぶっそうなたいじゅつがどこにあるか――「「あるんだからしょうがないでしょ」だろ」――あんのかよッ――「斬破凶鶚爪!」「烈海豹牙断!」――ごばぁぁぁあああ!?」」」」」
それぞれの奥義で敵兵を葬った二人は、寒空の月を背に決め台詞を言い放つ。
「我が牙、時に神を食らい」
「我が牙、時に魔をも裂く」
「我が源は高貴なれど」
「我が行いに気品無し」
「我は汚れし猫」
「我は堕落せし鴉」
「偽善に会うて牙にて偽善を喰らい」
「邪悪に会うて嘴にて邪悪を啄み」
「衝動のまま爪を振るい」
「欲求のまま敵を引き裂く」
「白金の長毛は邪道にくすみ」
「黒曜の羽根は外道に鈍る」
「何にも褒められず」
「何にも讃えられず」
「ただ罵られ」
「蔑まれるだけ」
「それでも尚互いだけは想い愛し」
「互いだけは守り支えん」
「「則ち我等、正常に非ず……」」
恰好つけしく気取った上に長ったらしい決め台詞は、その反面眼前の敵勢を確実に怯えさせてもいた。
「じ、地獄の……遣イ゛ぁ゛ぁ゛ッ!?」
思わずぽつりと言った海神教信徒の身体が、言い終える前に真空波で細切れになる。
「……地獄の、遣い?」
「おいおい、馬鹿言ってんじゃねえよ」
「ねぇ、流石にそれはないわ……」
「俺達は"地獄の遣い"なんかじゃない……」
「私達をそんなちっぽけなものと一緒にしないでよね……」
「俺達が……」
「私達が……」
「「地獄そのもの だッ!」よッ!」
後に二人は「地獄そのものは言い過ぎた。地獄の門か高官くらいにしとこう」と語ったとか




