第四百二十五話 これは最終決戦の導入ですか?HE.はい、天使の囁きです
大丈夫か、こんなんで……
―前々々回より・エクスーシア王国―
「何が……どうなってやがる……?」
時子に手配させたジープを(車と同化したバシロの"運転"にて)駆り、陸路にて(少なくとも地図の上では)エクスーシア王国(として扱われている土地)へと辿り着いた繁の第一声は、まさに絶句する一同の本心を的確に代弁する一言と言えた。何せ勇み足で向かった敵地の光景が一瞬にして余りにも――過去の件を引き合いに出すなら、嘗てダリアによって目も当てられない姿へと作り替えられた真宝以上に――信じ難い有様へと急変していたのである。程度の差こそあれ、自陣営にとっての有利不利云々以前に驚くなという方が無理難題であるのは言うまでもない。 では一同をそこまで絶句させたエクスーシア王国の豹変とは一体如何なるものであったのか?気になる読者諸君の為、単刀直入に、(PC基準にして)一行で述べよう。
一同が目の当たりにしたのは、王国とは名ばかりの"ほぼ何もない雪原"だったのである。
それはまるで嘗てエレモスでの収録にて大陸を代表する二大組織(及び、それを影で操っていた『潰すべき暇さえ持て余した老害の化け物ども』)との最終決戦を繰り広げたロコ・サンクトゥス平原に似ていたが、明確に違う点が二つ程存在した。 まず第一に、ロコ・サンクトゥス平原があくまで自然物然とした雰囲気を醸し出していたのに対し、現状のエクスーシア王国はどうにも不自然に感じられるということ。
そして第二に――これは先程態々"ほぼ"と書き足した理由でもあるのだが――よくよく目を凝らすと、何やらぼんやりと小さく(しかし、その実かなり巨大な)建物らしきものが見えるということ。
「何なのよ、これ……」
「あそこに見えるのって……テリャード城、よね?」
「多分そうでしょうね」
『つまりこの惨状はエクスーシア王国に関わる何者かが故意に引き起こしたもの……』
「いや、『何者か』っつーかほぼコリンナとかいうバカガキだろ」「違えねえ。ともかく前に進むっきゃねえぜ、奴さんの方からわざわざ来いと言わんばかりに障害物取り除いてくれてんだ。無下にすんのは非礼にならァ」
「一晩でここまでしてくれたんだから、相手が嬉し過ぎて震えながら悲鳴上げるくらいに派手で徹底的なお礼をしてあげるのが筋ってもんなのだ」
「どちらにせよ襲撃することは確定ですし」
「(うわぁ……またさらっと目茶苦茶怖いこと言ってるよ芽浦さん……)」
かくして一同は、かつて王国と呼ばれ多くの住宅や商店が(王侯貴族政府の独裁に耐えながらも懸命に日々を生きようと)立ち並んでいたであろう月夜の雪原を進んでいく。そうして進むこと三十数分、遠目にもその姿がはっきり捉えられる程にテリャード城へ近付いた辺りで、事は起こった。
「「『「!?」」」」
防弾仕様のフロントガラスが、蜘蛛の巣状の細かな亀裂によって本来あるべき透明度を失った。
「貫通は……してないみたいね」
「腐っても軍用車両だからな。これで貫通してたら当たったのがニコラでも末代まで祟ってやる所だが」
「いや、せめて私だったら祟んないであげようよ……」
「仲間に当たったんなら祟るだろ普通」
「リューラさん、弾丸から銃の種類と撃ち手の位置とか推定できる?」
そう言って香織は突き刺さった弾丸を局所的な透過魔術によって摘出しリューラに差し出す。
「おう。こいつは……っ!?」
ひしゃげた弾丸を見たリューラは、苦虫を噛み潰したような顔で苦しげに言った。
「やべぇぞ……こいつぁカクザキ工業製の8.15×52mm対魔術弾丸だ。元は魔術殺すのに邪魔な障壁ブチ破ったり、逆に魔術師と組んで弾丸の軌道を曲げたりする時なんかに起こる推進力の減退を防ぐ為に開発されたもんなんだが、こいつを撃てる銃の有効射程は最短でも1095m、長いのになると凡そ5kmぐれえになる……」
「ちょ、5kmってそんな――『そこの車、止まりなさいっ!』
ケラスの発言を遮るように、拡声器を介した高圧的な少女の叫びが響き渡った。
「この声、もしかしなくても……」
「あぁ、間違いなく"奴"だ――『そこの車ぁっ!止まりなさいったら止まりなさいよ!』
「ンるせェなーんもぅ。そんなに止まって欲しけりゃ止まってやらァったァく」
威圧的な声からの警告を受けて雪道を進んでいたジープは動きを止めた。
「ほれ止めてやったぞ!文句あっか!」
バシロの腹立たしげな言葉に対する返答が来たのは、車が止まって数分が経過した頃だった。
『何ボケっと車の中でくつろいでんのよ!?降りて来なさいよ中の奴全員!エンジン切って!キー抜かずに!車相手の"止まれ"は"車止めてエンジン切って降りてこい"って意味でしょうが!そんなことも理解んないのあんた等!?まぁジープなんて安っぽくて下品でセンスのない車に乗ってる時点でド低脳庶民なのは確定だけどそこまで低脳とか脳ミソ仕事してないんじゃないの!?ドロドロに溶けてるの!?クルミ大で上半身動かすのが精一杯なの!?バカなの!?死ぬの!?てか殺され――』
刹那、やる気のないラッパさえも出さないような間の抜けた音がしたのと同時に、突如コリンナが押し黙る。文明では伝わりにくかろうが、実際にその"音"を聞いた者達は何が起こったのかを即座に理解した。その音の正体とはつまり――
「屁か」
「屁よね」
「屁だわ」
「『屁ですね』」
「「屁だな」」
「屁なのだ」
「屁……だと?」
「この流れで屁はちょっと……」
そう、コリンナは大声でまくし立てる余り妙な所にまで力を込めてしまい、事もあろうに一番の盛り上がり所で図らずも放屁をしてしまったのである。
令嬢用語ではそう言うらしいよ?




