第四百二十三話 嵐天の辺獄
臨母界を襲う謎の天災!
―ある日の臨母界―
「いやぁー、何度見ても思うが派っ手な荒れっぷりじゃなぁ。生まれてこの方147年色んなもんを見てきたが、こねーなもんは今の今まで見たことがねぇ」
臨母界のさる区画に儲けられた居住施設の一室にて、タウル型骨格である少女然とした体型に和装の狐系禽獣種――もとい、元クロコス・サイエンス事務総長兼クロコス反乱軍幹部メンバー"反乱の四凶"が一人の柵木豊穣――は窓から遙か遠くの常に明け方或いは夕暮れのようであり、白昼及び夜というものが存在しない空"を眺めながら暢気に言ってのける。その口振りには余りにも緊張感が無く、まるで自分の見ているものを空想とか絵空事と見なしているかのようであった。然し彼女の見ているもの――天空と地面や海面とを支える柱のようにそびえ立ち雷光を孕むように逆巻く数本の細長い大竜巻――は紛れもなく現実に、今もその場へ存在している。
「姉御、その言い草はチト危機感なさ過ぎじゃありませんかね」
若干躊躇いがちに苦笑しながら突っ込みを入れるのは、柵木の後輩格にして弟分でもある爬虫類然とした風体の巨漢――もとい、元クロコス・サイエンス警備隊総隊長兼クロコス反乱軍幹部メンバー"反乱の四凶"が一人である竜属種のガラン・マラン――であった。
「やぁー……危機感ねーゆーてもなぁ、ガランよ。八議長が電波使ーて外出るなー死ぬぞーってしつこぉ警告出してからもうどんだけ経ったかわかるか?」
「もうかれこれ半日近くになりますかねぇ」
「そーじゃ、正確には11時間37分じゃけぇ、まぁ大体そんぐれーじゃ。へーでガランよ、その警告が出てからこの臨母界のどっかへ何か、重体の怪我人が出たとか建物が崩れたとかいう被害があったか?」
「あー……今のところそういう話は聞いてないですね、そういや。あって木が折れたとか、自転車が倒れたとか、ボロ小屋の屋根板が一枚か二枚飛んだとか、無茶したトラックがハンドル操作ミスってガードレールに突っ込んだとか、その所為で五台ぐれー立て続けに追突事故が起きたとかぐれーで、どれも被害者はそんな重傷じゃなく、まして蘇生の必要性もねぇとかで」
「そうじゃろ?ほったら、何の危機感が要りゃあ。お上は『沈静化するまで出るな』ゆーとるけぇ、ありゃあ派手なだけでそんなビクビクせんでもええんじゃねーかって思うんよ、妾は。そもそもあの竜巻、発生位置からイッコも動く気配がねーし」
◇◆◇◆◇◆
その日、一種の天変地異らしきものに見舞われた臨母界の空は荒れに荒れていた。
事の起こりは午前四時頃、臨母界を総べる八議長へ『外洋上を含む臨母海各所、合計十数か所にて小規模な渦巻く気流が大量発生している』との報告がなされたことによる。これを受けた八議長の面々は万が一の事態に備え『現地に観測隊を配置し変化があり次第報告と対処を急ぐように』と命令する一方、内心ではその殆どが『いくら数があろうと小さな渦程度すぐに収束し何事もなかったかのように自然消滅するだろう』と安易に構えて高を括っていた。
しかしその予想は報告から三十分と待たず盛大に外れることとなる。というのも彼らが当初『すぐに消滅する』と考えていた"小規模な渦巻く気流"のうちの一つが事もあろうに上昇気流と結合し急成長、空と地面或いは海面を支える柱のように聳え立つ巨大な竜巻へと姿を変えてしまったのである。
全く予想していなかった事態に困惑する八議長であったが、ひとまず臨母界全域に警報を発令し屋内の住民に外出禁止を、屋外に居た住民に最寄りの指定避難場所(もしくは空間系魔術によって形成された異空間)への避難を呼びかけ、同時に自ら進んで原因究明と竜巻沈静化の為に動き出す。
その他は先程描写した柵木とガランの会話にて言及された程度の事しか起こっておらず、今のところ大事には至っていない。また、竜巻そのものの沈静化作業も順調に進んでおり、現場作業員の尽力もあり数時間後には完全消滅することとなる。
然しながらこの竜巻、ただの見かけ倒しではなく、ある恐ろしいものの副産物に過ぎなかったのである。
―竜巻消滅後の臨母界・マイノスの自室―
《何だとっ!?それは本当か!?》
「この場で嘘を言う奴は居ませんよ。この情報は確かです」
臨母界を統べる八議長の筆頭格・マイノスは、調査にて判明したという"竜巻発生の原因"についての報告を受けて大層驚いていた。
《無論疑う気などありゃせんが……然し俄かには信じ難き事実だのぅ。よもやこの時勢に斯様な真似をやらかす弩阿呆がおるとは……》
「ほーんと、どういう神経で何考えてんですかね。まともな屍術者ならまずこんなこと絶対やりませんよ。やる奴は所謂"超屍術者級のバカタレ"ですよ」
《ほう、言い得て妙な表現だな。然しその"超屍術者級のバカタレ"は。何故屍術による霊界への強制的介入なんぞやらかしたんかのぅ》
「何故ってそりゃ、屍術に対応しない死人を蘇らせる為でしょう。魂魄が霊界に長期居着いちまったんだか、肉体が存在しないんだか、細かい事情はわかりませんが」
《うぅんむ、やはりその手の動機かのぅ。然し臨母界へあそこまでの余波が及んだという事は、相当強大な死者を蘇生ろうとしたことの確証……》
「地上での動きといい、こりゃあ近々良からぬ事が起こる流れっぽいですねぇ……」
霊界へと介入する大規模屍術の実行者とは……