第四十二話 巨人を倒した以前、巨獣に挑む今回
船に乗り込んだ三人を待ち受けるのは……
―前回より―
民間団体デゼルト・オルカの砂上船ミガサ・コルト号は、イスキュロンの広大な砂漠地帯を進んでいた。
ちなみに『ミガサ・コルト』とは、シーズン1冒頭で言及された神話に於ける雷電と戦いの女神である。地域によっては、悪霊から神性にまで昇格したアクセレタルと並んで学術の祖とされたり、無数の眷属が居たともされる。世界各地に残る数々の武勇伝故にトゥマージョーに匹敵する人気を誇り、彼女を主役とした外伝が見つかる等、古代から優遇されていたともされる。また、宗派によってはインディクリストに代わりトゥマージョーの妻になったともされ、現にミガサ・コルトがトゥマージョーに好意を抱いているという記述はこの神話の伝わる全ての地に存在する(但しミガサ・コルトは勇敢で義を重んじる恐れ知らずである半面極度の照れ屋であったともされ、この他様々な理由からトゥマージョーにその好意が伝わったという記述は極めて少ない)。この他にもトゥマージョーの女性関係については諸説あるため、この件についてはしばしば論争が起こる。
しかしそもそもトゥマージョーは神話の中で種族や派閥を問わず様々な女性から好意を寄せられており、その全てを妻とし六大陸全ての人民の父となったという記述も一部地域に残っているため、正直なところ真相は定かでない。
「いやしかし、すみませんねぇ。お忙しい中わざわざ運んで頂いて」
「謙遜しなくたって良いのよ。丁度私らも収穫を一度向こうに持って行かにゃならんでね」
甲板で繁と語らうのは、ミガサ・コルト号船長兼デゼルト・オルカ団長の八坂逢天。彼は屈強な体つきの面々を率いるにしては些か細身な多眼系霊長種であった。
「短い間とは思いますがお世話になります。それで、件の鉱物採掘とやらはいつ頃始まるんでしょう?」
「いつ頃って言われると困んのよねー。何せ向こうも変則的だからさぁ」
「変則的……やはり砂漠の鉱山ともなると、ある種の岩場のように不規則に浮沈を繰り返すのでしょうか?」
「まぁ確かに、浮沈を繰り返すって言えばそうなんだけどもね? ただ何て言うか、鉱山とは――「船長ォ!レーダーに反応ありやしたァ!」
逢天の言葉を遮るようにして、船室内の乗組員が叫ぶ。
「来たか……距離と座標を割り出して船内放送かけな! 他の奴は配置につくんだ!」
「何事です? 敵襲ですか?」
「敵襲てのもあながち間違いじゃないけど違うねぇ。寧ろこれは"標的"さ」
「標的?それは一体どういった意味合いで――!?」
ふと、突然暗くなった空を見上げた繁は、絶句した。
弧を描いて頭上に舞い上がる、巨大な質量。
太い筒型をしたそれの姿を言い表すならば、さしずめ『平たく短い手足を持ったナマズ』とでも言えば良いのか。ともかくその生物らしき存在を目の当たりにした繁は、言葉を失った。
そこへ更に、酷く取り乱した様子の香織とニコラが駆け寄ってくる。二人もまた、反応こそ異なれど、繁と同じ事を思っているのだろう。
最早騒ぐ気力さえ失った繁は、か細い声で逢天に問う。
「船長、あれは一体何者です?」
「何者ってあんた、あれが目当てで私達は船出してるんじゃないか」
「しかし船長、この船は鉱物資源の採掘を目的としたものですよね?」
「そうさ」
「船に備わった数多の武装は、あくまで船を護る為のものでしょう?」
「まぁ、それもある意味正解かな」
「ある意味? ある意味ってどういう意味ですか?」
「ある意味はある意味。そういう意味合いも含むって事だよ」
「……それは、つまり……」
「そう、私達は狩るのさ。あのでかぶつ――ヤマホフリをね」
「……ヤマホフリ?」
「そう。まぁその名前は俗称で、正式にはテイオウスナハンザキって言うんだけど」
「スナハンザキ!? あんな巨大なスナハンザキが居るんですかっ!?」
スナハンザキとは、イスキュロンの砂漠地帯に適応した有尾類(イモリを始めとする尾を持つ両生類)の一種である。オアシスや地下水脈でオタマジャクシとして育ち、以降大部分の種が繁殖を除き生涯を砂中で過ごす。
生態系では海洋で言う肉食性の小型回遊魚や海鳥に該当し、砂中または砂上の小動物を捕食。砂中生活を送る為殆どの種は目が退化したが、半面聴覚と嗅覚が発達している。
美味である肉は食材として、骨や皮は工芸品の素材として重宝され、ある先住部族にはスナハンザキの捕獲・加工とその指導を専門とする役職があった程らしい。
このスナハンザキについては繁もよく知っていた。
しかし、このサイズは反則なのではないか。
繁は心底そう思うしかなかった。
身長30mに巨大化したラクラを相手にしたお前が言うなと思われる読者も居るだろうが、考えてもみて欲しい。身長30mのセックスにしか頭の回らない巨人と、全長がヒゲクジラ程もある遙か昔から砂漠に順応してきた規格外に巨大な両生類。この二つを、果たして同格と見なせるだろうかと。
読者諸君が仮に何と言おうと、作者は断言する。
そんな事が、出来る筈はないと。
「居るよ。何故か年に一頭しか居ないんで、その他の活動時期はもっと小振りな奴をとっ捕まえたりしてるけどね。奴は砂を丸呑みにして食い物だけを漉し取って食べるクジラみたいな奴さ。だから奴の皮や腹の中には砂に混ざってる色々なもんが固まってでかい玉や岩になる。玉は元より、岩だって職人が削ったり炉にかければ宝石や金属に早変わりだ。それ自体も希少だったりするから、学者なんかにも高く売れる」
「成る程。そういう事ですか」
繁はひとまず騒ぎ立てる香織とニコラを蹴り一発で黙らせ、逢天に問う。
「それで船長、我々は何をすればよろしいので?」
「そうさねぇ…そこな紅色髪の姉さん、あんた確か魔術師だったね?」
「えぇ、はい。あ、でも純正攻撃系はからっきしですよ?」
繁の蹴りで正気を取り戻した香織が言う。
「変則攻撃系で構わないから、機銃班のサポートをしてくれるかい?
あと出来れば永続効果付与や回復も」
「お任せ下さい」
「あと白衣着た狐の姉さん」
「はいはい」
「あんた医者なんだろう?だったら負傷した奴らの救護を頼むよ」
「解りました」
「船長、私は何をしましょう? 一応白兵戦の心得はありますし、残骸目当てに寄ってくる甲虫やスナハゼの駆逐ぐらいなら出来ますが」
「いやぁ、あんたにはもっとでかい仕事が似合うだろう」
そう言って逢天は、船の床下に備わった倉庫から何かを取ってきて繁に手渡す。
「これは一体?」
手渡された物体は、全長1.5m程の少し太い槍に見えた。
「槍さ」
「それは解ります。しかし何故これを私に?」
「あんたに似合うと思ったんだよ。というのは、実を言うとそれはいわくつきの品でね。誰が持ち込んだとも知れないのに、何時からか倉庫にあって、誰にも振るう事を許さないのさ」
「……そんなものが」
「振るおうとすればまるで自我があるみたいに突然暴れ出す。でも磨いたり持ち運ぶ分には問題ない。気になってノモシアの鑑定士数人に見せたら、これは並大抵の者に扱える品ではないそうでね」
「ほう」
「鑑定士によれば、直感ではっきりそうだと感じる男に譲り、巨獣の背に登らせろとか何とか」
「成る程……つまり、アレですか?」
「何だい?」
「私にこの槍を持ってあのテイオウスナハンザキに挑めと、そういう事ですか!?」
「有り体に言えばそうなるかな。大丈夫さ。私が管制室から指示出すから」
「いやそういう問題ではありませんよ! 急過ぎるでしょうに!」
「ああ、鑑定士の予言通りだわ。確か次にあんたは、『……仕方ない。やってみましょうかね』と言う」
「……仕方ない。やってみましょうかね――ッ!?」
逢天の先読み通りの言葉を口にしてしまった繁はまたも絶句する。
「お次はこうさ。『でも過度の期待は禁物ですよ?私臆病ですし』」
「でも過度の期待は禁物ですよ?私臆病ですし――……またか」
「さて、お遊びはここまでよ。もうそろそろ奴が船に近付いてくる筈さ。
そうなればいよいよあんたの出番さね。何、手筈通りにこなせば良いんだ。怖がらなくたっていい」
そうこうしている内に、テイオウスナハンザキは船へ近付きつつあった。
次回、テイオウスナハンザキ相手に善戦する繁にまさかの危機!?