第四百十一話 戦うゲスト様-化け物の活力:前編-
昨日の更新サボっちまったよ……
―前回より・聖地平原―
【殺餓亜ァァァァァァ!奇蟻避ィィィィィ!】
ロコ・サンクトゥス平原の乾いた大地に、巨大なゲジが如し姿をしたアポストルスの一匹・ウィクトルの咆哮が木霊する。字面からは解りづらい(というかまるで解らない)だろうが、それに含まれた感情は激しい怒りや怨み、苛立ちといった類のものであり、生来アポストルスの中で最も凶暴であり、知性や理性はおろか言語能力さえ持たない程に野蛮な彼が苦境に立たされていることを意味していた。
「ェおっしゃーィ!優勢優勢!このまま一気に押し切るぜィ!」
「デカイ図体の割に口ほどにもないのう!寝ぼけとるんかい!?ぬわっはっはェィ!」
「教師時代、"余りにも朝に弱過ぎる"という理由で朝礼を一律免除され、担当授業時間が軒並み午後になったヴェイン殿が言えた義理では……」
「クーちゃん、そこはもう突っ込んだら負けよ」
ウィクトル相手に要らぬ杞憂が原因で苦戦を強いられていた一同だったが、戦術を変えてからは戦況が一変。魔術や異能といった各々の特殊性を十二分に活用した攻撃は、言葉を話す事さえやめた荒ぶる節足動物を大々的かつ確実に追い詰めていった。
「さてさて、溶解液やら爪牙虫の弱体化をインチキ脱皮で回避された時は正直ビビったが、ズムワルトの攻撃が通るのが救いっちゃあ救いだったわな。まぁそれでさえ相殺からの押し返ししかできてねぇが」
「十分じゃない?初っ端から『自分だけでも大丈夫だからお前ら行ってこい』とかって大見得切って部下と離れ離れになった癖に力不足も甚だしい奴とか居るし」
「フハハハハッ!そんな奴が居るのか?だとしたらまこと哀れよな!『自分一人で十分だ』などと死亡兆候も甚――【墓羅餓ァァァァ!】――だぶらっ!?」
薙ぎ払われた触角は、何故かピンポイントでザトラだけを叩き飛ばした。
「無自覚って辛えな、冗談抜きで」
「辛いねー、冗談抜きで。いや本当」
【刺御我蛾ァァァァァァ――「寄んな」――餓我!?我我餓!?】
猛り狂うように『次はお前等だ。呑気に喋っている暇など与えんぞ』とばかりに噛みついてくるウィクトルの大顎を、繁はズムワルトの先端で軽々と払い除ける。思わぬ反撃を受けたウィクトルはバランスを崩し困惑するが、すぐさま体制を立て直すや否や大きく振り被り、巨体を激しく宙に躍らせて二人に食らいつこうとする。
【蟻餓羅亜ァァァァァ――「さっきはよくもやってくれたなぁ!」――亜侮餓ッ!?】
しかし大がかりな動作は隙が大きく妨害されやすいのが世の常。それはウィクトルの場合も同じであり、彼の飛び掛かり攻撃は腹にザトラの大気砲弾を受けたことで軌道を狂わされ、大口を開けたまま頭から地面へ深くめり込んでしまった。
「フフフ、どうだ!?動けまい!」
大気砲弾により見事ウィクトルの動きを封じ込めた(と、自分では思い込んでいる)ザトラは、相も変わらず芝居がかった大袈裟な喋りと身振り手振りで地面に埋まって動けないウィクトルへ追撃していく(しかし、彼女の扱う風や大気の魔術はそもそもアポストルスが共通して持つ強固な外骨格との相性がすこぶる悪く、ましてその中でも取り分け分厚く強固な外骨格を持つウィクトルにとって外傷など実質ないに等しいのが現状である)。
「フハハハハ!これが私、ザトラ・ヴァンクスの力だ!元来"卓越した商才と運の為に他の全てを犠牲にした一族"などという名誉なんだか不名誉なんだかよくわからん通称から無駄に伝説と化していたというヴァンクス家にあって、そのどちらにも恵まれない"落ちこぼれ"でありながら魔術と運動の才に恵まれたこの私の力、思い知るがいいわ虫ケラめぇ!フゥーハハハハハハァッ!」
―同時刻・地上にてウィクトルに攻撃を続ける鎗屋悪鬼衆の四人―
「何か上空が騒がしいんだけど」
「気にする事ぁねぇ、ただの平原に棲んどる妖精か何かだろぅ」
「嫌な妖精だなオイ」
「ジャンゴ殿、ナックラヴィー族をご存知か?半世紀程前に絶滅したとされる辺境の先住民なのだが、その昔近隣に住まう他の部族は彼等を見て獰猛で恐ろしい妖精を思い描き恐れたそうで」
「それ妖精ってか寧ろ妖怪じゃねーのか――「あばらぁぁぁ!」――あーあ、言ってる側からまたやられやがったぞ妖精が。今度はどこまで吹っ飛ぶぐほっ!?」
突如、ジャンゴの旋毛に何やら白い円錐形をした巨大な物体が落下、垂直に突き刺さるようにぶち当たる。常人ならば間違いなく死んでいたであろうが、幼少期より石頭と言われてきた彼の強靭な頭蓋骨と分厚い頭皮はそれをタンコブと気絶程度のダメージに押し留める。とはいえ危険な状態である事に変わりはない。
「じゃ、ジャンゴぉぉぉ!?」
「一体何なのよ!?何が落っこちて来たっての!?」
「これは……抜け殻?」
「うむ、確かによう見りゃあ抜け殻だな。(しかしこれほどの抜け殻がどこから……あぁ、あれか……)」
ヴェインが見上げる先にあったのは、眼前にて逆立ち状態で地面にめり込むウィクトルの節足が一本であった。見ればその足からは白磁のような外骨格が綺麗さっぱり剥がれ落ち、新たに成された黒光りする外骨格が顔を出していた。そこからこの先の流れを察したヴェインは、咄嗟に気絶したジャンゴを担ぎ上げ言う。
「二人共、逃げるぞ」
「え?逃げるって――「早うせんかいッ!さもなくば最悪死ぬぞ!」
「一体何が起こるというのです?」
「あくまで推測だが、そろそろこいつが暴れ出すかもしれん」
「え、暴れ出すって、どうして?」
「詳しくは後々話す――までもねえかもしれんな。兎も角逃げるぞ」
二人はヴェインに続く形でその場から一目散に逃げ出し、その最中で彼の言葉を否応なしに理解する事となる。それまで大人しく――或いは死んだように――地面へめり込んでいたウィクトルがどういうわけか突然激しく暴れ出し、同時に彼の白磁のような外骨格がボロボロと剥がれ落ち始めたのである。
それ即ち、節足動物の通過儀礼と言っても過言ではない"脱皮"であった。節足から、背から、腹から、次々と白い外骨格が剥がれ落ち、内部にて成されていた光沢のある漆黒の外骨格が姿を現す。
【悪我餓餓餓餓餓餓ァァァァァァァッ!】
暴れ序でに地面から抜け出て脱皮を完了させたウィクトルは、元々より若干細身である漆黒の節足動物へと姿を変えた。
次回、脱皮ウィクトルの脅威!