第三百九十四話 戦うゲスト様-そして、頂点が現れる-
エカセルスィ、豹変!
―前回より・聖地平原―
学園側の本陣に運び込まれた二つのコンテナ。解き放たれたそれらの中身とは蕾状態の"ネルンボ・デイパラ"と、中央スカサリ学園を影から支配する魔力の源"根源"こと"ジェニティガサリゴ・エカセルスィ"であった。どちらも異形の化け物であることに変わりはなかったが、ルラキを絶句させたのは当然ながら後者であった。何せ青く透き通り発光するゼラチン質の化け物に、親友である生徒会長エリスロが樹木桀にされた贄のように手足と半身を埋め込まれ、家族同然の絆で結ばれた幼馴染みのセルジスに至っては化け物の体内へ完全に―まるで生きたまま液浸標本にされてしまったかのように―取り込まれているのである。言葉を失ったとて当然と言えよう。
「(何故生徒会長とセルジスが、こんな事に……私が学園を離れている間に、一体何が……)」
「紹介しよう。彼女こそ我が中央スカサリ学園の真なる頂点にして支配者――ジェニティガサリゴ・エカセルスィ様だ」
「ジェニティガサリゴ……エカセルスィ……?」
「そうだ……根源と言えば分かるだろう?」
「根……源……!?」
ルラキは驚愕した。
こいつが、この得体の知れない長ったらしい名前の化け物が根源だというのか!?
我が校の魔力エネルギーは、こんな化け物によって支えられていたのか!?
私達はこんな化け物の為にあんな散々な目に遭わされたというのか!?
衝撃的な現実を受け入れられず、思わず涙が零れそうになるが、ルラキはそれをぐっと堪えた。あのフルシャーという男から手渡された茶封筒―あの中に入っていた文書を読む限り、自分よりもっと恐ろしい最後を迎えた者達の数は十人や二十人などという数ではない筈だ。彼らの死に報いるためにも、ここで綻びを見せるわけにはいかない。
だが、そんなルラキの心理を知ってか知らずか、ダンパーは無抵抗な彼女にあらゆる現実を突き付け続ける。だが如何なる言葉にもルラキは屈しない。
「ふむ……耐えるか。流石は名誉学生にまで選ばれた女よ……ならばどうしてくれようか」
「いや理事長、クロコス・サイエンス側も動き始めたようですしそろそろ準備を始めなくては……」
「そうですよ。エカセルスィ様も待たせてますし」
「私は構いませんけれど、下々の者を待たせて要らぬ損害を被るのも考え物……ダンパー、秘宝を解き放ちなさい」
エリスロの口が、本来の彼女のそれとはまるで違う女の声で言葉を紡ぐ。普通に考えれば衝撃的な光景だが、ダンパーから『学園にとってエリスロはエカセルスィの活動補助パーツに過ぎず、それ以外の肩書きや能力に意味などない』という(地の文で語るのが躊躇われるほどの)衝撃的な事実とその詳細(及びセルジスの正体と、裏切りを企てた彼女がエリスロ共々エカセルスィの活動補助パーツにされてしまったという事など)を聞き及んでいたルラキは、表情一つ変えもしない。
「畏まりました。では……」
ダンパーは鎮座するデイパラの(同属スカザーリアとはかなり異なる見た目の)蕾―即ち"秘宝"―にゆっくり歩み寄り、懐から取り出した短刀をゆっくり突き立てる。ある程度の所まで刃を通したダンパーはそれを素早く引き抜き、慌ててその場から走り去る。ダンパーが5m程離れた辺りで蕾は軽い音を立てて炸裂し、中から白い不透明なゲルに覆われた何かが姿を現す。唐突に動き出してゲルを振り払った全長3m程のそれは目も鼻も鱗もない蛇のようなピンク色の生物で、背には鳥のものとも蝙蝠のものともつかない翼を持つという、異様な姿をしていた。生物は自身を包んでいたゲルと蕾の破片を舌も歯もないミミズのような口で食い尽くし、長さ1.5倍、太さ3倍へと急速に巨大化(但し翼の大きさは0.4倍まで縮小)。身体を縮めて飛び上がると、信じ難い大口を開けて(幾ら巨大化したとは言え)自身より遥かに巨大なエカセルスィを丸呑みにしてしまう。
突然の出来事に取り乱す一同をダンパーが宥め落ち着かせる一方、エカセルスィを飲み込んでナマコか芋虫のように膨れ上がった異様な生物の背が裂け、内部から白い不透明な"蛹"のようなものが姿を現す。瞬く間に黄金色へと変色した蛹が筋通りに割れて内部から"成虫"のようなものが、光り輝くエネルギーを伴って外部へ飛び出し舞い上がっていく。全貌の計り知れない"成虫"のようなものは、あふれ出すエネルギーを身に纏い徐々にその身体を確かに形作っていく。
「見るがいい!我らが支配者、ジェニティガサリゴ・エカセルスィ様の真なる姿――その名も"デウサントロプス・カエルム"だッッ!」
鰓を、髭を、鰭を、歯を振るわせダンパーは叫ぶ。老体に鞭打つかのような大声を受けて姿を完成させた、"ジェニティガサリゴ・エカセルスィ"の真の姿であるというそれ―"デウサントロプス・カエルム"は、一言で言えば薄手のドレスを着た巨大な人外の女神とでも言うべき姿をしており、これまでに出てきたどの生体兵器にも無かった"神々しさ"や"清潔感"というものを持ち合わせていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
【何だよありゃあ、マジモンの女神様って奴かァ?】
「多分、奴らにとっては女神なのかもね。私達にとっては敵でしかないけど」
未だロコ・サンクトゥス平原の中央に佇むフォルティドラコネム・ウェールスは、先程慌てて手元に引き寄せた妻・ルラキの返答に軽く笑いながら『違えねえ。お前の物言いは本当的を得てっから助かるぜ』と答える。
【しかしすまんかったな、まさかとっ捕まってるとは……あんな位置に居たならすぐ気付けて当然だろうに……】
「別にいいわよ。捕まった私も悪いし……それで、これからどうする?」
【兎も角あのデウ何とかってクソアバズレと、何か後ろの方でガチャガチャ五月蠅えバカ面トカゲをどうにかすんのが先決だろうな】
フォルティドラコネムの言う"後ろの方でガチャガチャ五月蠅えバカ面トカゲ"とは、突如クロコス・サイエンス側の本陣に現れたゴノ・グゴンの事であった。長きに渡る自堕落な引き籠もり生活の末に手足を失った彼は自身の身体をすっぽり覆う重機械の装備でそれらを補い、まさに頭の大きなトカゲといった姿で平原の乾いた大地に君臨していたのである。
自壊、両組織のトップが直接対決!