第三百八十三話 戦うゲスト様-ハカアナホリヒグマ-
自己強化したつもりが両手破裂した某自称天才より酷い
―前回より・聖地平原―
創世雷鍵の陰により形成された黒いヘドロの渦から現れたのは、小柄なモンゴロイドの少女であった。茶髪やゴシックロリータ調の身なり、頭の花飾り等はどこか近代的な高級感さえ漂わせている。だがその瞳孔は不自然なまでに開いており、顔つきは完全に狂人だとか精神異常者というような部類のそれでしかない。更に彼女が手にしていたのは何と刃部に白薔薇と髑髏のペイントがされた小ぶりなチェーンソウであり、どう見ても木工関係者では無さそうな少女がこの刃で何を断ち切ってきたかは言うまでもないだろう。
この如何にも異常者然とした風体の少女は、名を蛇茨華煉という。元女暴走族の筆頭にして悪徳企業『蛇茨企画』の代表を務める悪女・蛇茨塞煉の実妹である。恐らく元は普遍的な少女であったと思しき彼女は、姉の復讐に加担すべく度を越した投薬による身体強化を受けた結果、副作用により今のような狂人へと成り果てたという。白薔薇と髑髏の描かれたチェーンソウは裏仕事担当(即ち暗殺者)である彼女の仕事道具である。姉の超能力者駆除計画に加担するも(あくまで作者の推測だが)戦死した彼女は強大な邪悪を傘下に欲した瀬戸の呼びかけに応じ、黒い『創世雷鍵-陰』の力によってカタル・ティゾルに復元されたのである。
だが、それ以上に驚くべきは金色の『創世雷鍵-陽』によって復元された、空に鎮座する"物体"であろう。それは中央に巨砲或を備えた機械であり、砲塔の口径はこの世に存在しうる如何なる兵器のそれより巨大であった。更に驚くべきことには―この場にいる殆どの者は知る由もないが―現在雷雲の中から顔を出しているのは、あくまで巨大機械の"一部"に過ぎない。というのもこの巨大機械の正体は、その全てが機械化された"空飛ぶ国家"なのである。故にその全体はそれこそヒトがゴミどころか塵のように感じられる程に巨大であった。
この国家の名は"パプリシカ"。"機械帝国"の通り名に恥じぬ恐るべき技術力を有しながら、それを自己の際限無き支配欲を満たす為だけに費やし、遂に国土とそれに属する全て―建造物から民衆、更には自身までも―を機械化させ(則ち空飛ぶ巨大な全自動要塞へと作り替え)る暴政に打って出た野心家の皇帝によって統治された恐るべき帝国である。死は意欲の果てに最早国家そのものとなった皇帝は(これまた作者の推測だが)敵国の開発した弾道兵器により沈められてしまう。この後帝国は長きに渡る機能停止状態を経てある諜報員の手で復活を遂げるのであるが、偶然にも機能停止状態のまま瀬戸の呼びかけに応じた帝国は、金色の『創世雷鍵-陽』の力によって蛇茨華煉共々(先端部のみだが)カタル・ティゾルに復元されるに至る。
「どわはははははははははぁ!来た来た来たぜ!こりゃ予想以上の大物だぁ!これでてめーら皆殺し、俺らクロコス・サイエンスの完全勝利だぁ!今日この時が、俺という英雄を讃える終戦記念日になるぜぇ!」
調子に乗り切った様子で野心丸出しに下卑た笑い声を上げる瀬戸の足下に、ふと何やら小さな影が駆け寄ってきた。手隠師団の一員・鹿野である。
「せ、せ、瀬戸ぉ!瀬戸ぉぉっ!」「何だ!?今いい所なんだ、邪魔すんじゃねえ!」
「いや、そらァ邪魔なんてするつもりはこれっぽっちもねーよ!けど大丈夫なのか!?こんな如何にもヤバそうなの出しちまって、そりゃお前がどうなろーと勝手だけどよォ!俺らまで巻き添え喰らうようなことがあったらと思うと不安で不安で仕方な―「うるせェ!」―ぶげらっ!?」
生き残りたいが為に何としてでも説得するつもりがついつい本音を口にしてしまった鹿野を、瀬戸はまるでゴミに出す空き缶のように軽々と踏み潰した。本気を出せば地を砕く程の怪力によって悉く破壊された鹿野は当然ながら絶命し大地の染みと化す(死体さえ満足に残らなかった)。
「ゴミが、この瀬戸様に盾突いてんじゃねぇ!俺は最早無敵だ!どこぞの煎餅ばっか食ってるクソ蜜穴熊も無敵と名乗っちゃいるが、あんな紛いモンとは次元が違え!陰陽創世雷鍵を使いこなす俺こそは、まさに神!否、神さえ超えた存在よォ!さぁ、俗物凡俗愚物共!この俺を讃えろ!崇めろ!ケツ捲れ!股開け!しゃぶれ!この瀬戸来民様を新たな神として崇拝し――ぐげばぇ!?」
調子に乗る瀬戸の背中を、突如何物かが切り付けた。瀬戸が吐血する口を押さえながら何物かと振り向けば、召喚し支配下に置いた筈の蛇茨華煉が駆動するチェーンソウを振り下ろした体勢のまま静止していた。先端部には血が付着しており、先程瀬戸を切り付けたのがこの少女である事は想像に難くない。
「なッ……てめ、べばっ――この……やろ、なんて―ぐばびっ!?」
必死の思いで華煉を問い詰めようとした瀬戸の脳天を、帝国と一体化したパプリシカ皇帝の放ったレーザー光線が貫いた。頭皮から頭蓋骨をも貫通し大脳中枢を完膚無きまでに破壊。瀬戸は当然そのダメージによって絶命し、持ち主を失った二つの創世雷鍵は店へ戻るべく消滅。それに伴い復元された蛇茨華煉とパプリシカ皇帝も消滅した。
やはり創世雷鍵は瀬戸如きが使いこなせるような代物ではなかったのである。
◆◇◆◇◆◇
「ピョポポポポ。瀬戸ったら哀れ。ああまで大層なことを言っておいて最後の最後で自滅だなんて。本当馬鹿げた男。ピョポポポポ」
電子音のつもりなのか、口頭で妙な音を出しながら遠巻きに瀬戸の自滅を嘲るのは、手隠師団の一員にして"電子の妖精"を自称するカメレオン系有鱗種・榎本であった。
「ピョポポポポ。まぁいいわ。どうせ私を心から大切にしてくれているのは如月だけ。彼さえ無事ならそれでいいの。ピョポポポポ。ピョポポポゥ゛っ!?」
透明化してその場から立ち去ろうとした榎本の胴体を、突如背後から何か棒状のものが貫いた。
「ピョポ、ポッ……ポポ゛ぉ゛……一体、何事……?」
「確かに奴はこの上なく哀れで惨めな奴だった。だが貧相な癖に隠れもせずこんな所で呑気にくっ喋ってるオメーも相当哀れだよなぁ」
榎本の背後からより嘲るように語りかけるのは、最近出番が少ない我等が主人公ツジラこと辻原繁であった。
「その、声……ツジラ……噂には、聞いていたけど……やっ、ぱり……卑怯で、最ッ低な男ね!」
「まぁ否定はせんがオメーもどっこいだろ。コンピュータウイルスごっこで大勢殺したんだろ?」
「――!?何故……その、ことを!?」
「作者から聞いた」
「作者からッ!?この期に及んでメタ発言とか、やっぱりあんたって本当に最低の屑だわっ!それにあれは私達妖精の使命なのよっ!驕り高ぶる地上のヒトに裁きを下せとい゛ッ――ああ゛あ゛ッ!?」
突如全身に走る常軌を逸した激痛に、榎本は本来の甲高く可愛らしい声からは考えられないほどの凄まじい悲鳴を上げてしまう。
「ほーお、そりゃスんゲェ。妖精って割にその役割は天使みてーなもんっつーわけだ……な」
「あぎぃぃぃぃぃぃぃ!そそそそそ、そう、そうよそうよそうなのよ!あんたたちとは住む世界がまるで違うのよっ!だから早くこの槍を抜ぎぃいあああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
「おっとすまねぇ、どうもミラーでズムワルトから出したこの『成り立たざる拷問』ってのがどうにも手に馴染まなくてなぁ」
「へ?」
「だが安心しろ、固有効果の使い方は練習したんだ」
「はえ?」
「あとはもう、俺がこの手を右に45度回せばお前の全身の骨は無作為に叩き折られた状態で体から飛び出る」
「ふぁっっ!?」
「いいかー?行くぞー?」
「いや、ま、待って、そんな、やめ、やめ――「ほい」――ふゃぐぇ!」
繁が手を回すのと同時に、榎本の全身から無残に叩き折られた骨という骨が肉を破壊しながら一斉に飛び出した。当然この時点で榎本は絶命しているわけだが、彼女はそれでも諦めない。
「(ピョポポポポッ!これはうれしい誤算だわ!肉体が死んでも妖精の力は使えるんじゃない!これならまだやっていけるわ!いや寧ろ、肉体に縛られない真の妖精として生きていける!手始めにツジラの持ってる機械へ潜り込んで奴に私の実力を思い知らせてやるわ!ピョポポポポ!)」
止せばいいものを調子に乗った榎本は、手始めに繁がポケットに忍ばせていた携帯ゲーム機に入り込んだ。これでデータを荒らしてやればツジラは相当悔しがるだろう――だが、その判断が結果的に彼女を破滅へと陥れることとなった。
確かにそのゲーム機には繁が大層気に入っているアクションゲームが入っている―のだが、彼はそのゲームを余りにもやり込み過ぎた為に機能面での限界に到達してしまい、それでも尚手放したくないという思いからゲーム機に様々な改造を施していたのである。
故にゲーム機やゲームソフトのプログラムは歪みに歪んでおり、それは榎本の介入を許さないばかりか逆に榎本をデータの一つとして取り込んでしまったのである。
自我を保ったまま所謂薬品や食物のような消費アイテムのデータに変換されてしまった榎本は、エレモスの戦争集結後数日して何の気無しにゲームを起動した繁により"消費"され、最後に残った申し訳程度の魂さえどこに行くこともなく完全に消滅してしまったのである。
妖精は二度と羽撃かぬ!




