第三百六十五話 戦うゲスト様-バシロくんのハートフル冥界教室-
死亡したバシロがたどり着いたのは……
―前回より・目覚め―
「ん……んん?」
目覚めたとき、至って普通の清潔な部屋でベッドに寝かされていた。誰にも寄生していない、自分だけの状態で。
「何っだ、ここ……拠点で俺らが使ってる部屋はもっと壁が素朴で――って、リューラはどこだ?いや、そもそも何で俺あいつから剥がれて無事なんだ?つーか、俺はどういう流れで――《気が付いたようだな》―!?」
これまでの事を必至で思い出そうとするバシロの自問は、突如部屋に響き渡った何者か―年老いた男と思しき低く渋い声によって遮られる。バシロは思わず身構え声の主が何処に居るのか必至で探したが、別室に居るのか姿を消しているのか、兎も角それらしい姿はまるで見受けられない。
《おいおい、そうおっかない顔をするもんじゃあないわい。大丈夫だ、安心しろ。仮に悪さをするつもりならもうとっくにしておるわ》
「そうかよ……」
無難に答えるバシロの心中で得体の知れない何者かの発言と嘗ての自分の言葉が重なった。あの日自分がリューラに投げかけた言葉は、こんなにも胡散臭く怪しいものだったのだ。宿主を失った寄生者は、改めて慌てた自分の好意が裏目に出て彼女を苦しめていたのだという事を再認する。その事に顔を顰めていると、得体の知れない何者かが問いかけてきた。
《……どうした、何か不服かね?》
「不服っつーのとはチト違えが、右も左も解らねえまま姿の見えねえ相手と話してんのが不気味でしょうがねぇ。保護してくれたことは勿論感謝してるが、無害を主張するんなら面ぐれぇ見してくれや」
《眼に見えているものだけが全てとは限らんぞ?》
「そいつは確かに。だが動物って奴は眼がデカくて高性能なほど、脳で処理する情報は少なくて済むんだぜ」
《ふむ……強引な話題逸らしにより強引な話題逸らしで対抗して来たか。良かろう、ならば姿を現すとしようかの。とは言え、少なくとも見ていて気持ちのいいようなものではないからどんな思いをしても責任は取れんぞ……》
「おう。構わねえよ」
バシロが素っ気なく答えるのと同時に、得体の知れない何者かがその姿を現した。それは下半身がイカのような触手となった全身青白い異形の巨漢であった。上半身の皮膚はウナギかサンショウウオのようであり、下半身の触手は鱗に覆われ蛇の尾を思わせる。平たく分厚い頭皮の襞が頭髪の代わりに垂れ下がる様子は威厳と風格に溢れたコーカソイドの老人を思わせたが、赤い球体のような眼は大小七つもあり、耳まで裂けた口の中にはには釘のような歯が並び、黒い舌は蛇かオオトカゲを思わせた。
《儂の名はマイノス。この"臨母界"を統べる八議長の一柱だ》
「臨母界?」
《左様。お主の視点からすれば、所謂"異界"とでも言おうか。生身で生き続けるだけの力と権利を持ったまま肉体を離された魂や、是が非でも生きるべき局面でありながら不運にもこの世を去った魂の受け皿となり、それらを保護する場所だ》
「……つまり冥界とか、霊界みてえなもんか。まぁ俺が来てる以上天国って事ぁねぇだろうし、有体に言えば地獄と」
《まぁ、大凡その解釈で良かろうな。厳密に言えば霊界とはまた異なるものなのだが、その辺りの詳しい説明は面倒だし省くとしよう》
「まぁ尺の都合もあるしな。とりあえずあんたと話してたお蔭か脳が落ち着いて記憶が戻ってきた」
《ふむ》
「とりあえず、俺はあの調理師の銃撃で死んだが、生きるだけの力と権利があったんだか生きるべきなのに死んだんだかでこの臨母界だかに流れ着いた」
《左様。厳密に言えば、冥界への流れを漂っておったのを儂が捕まえたのだがな》
「そうか。そいつはどうもありがとうよ」
《否、礼には及ばん。儂等とて何が何でもお主を捕まえねばならなかったのだからな》
「何が何でも捕まえなきゃならない……って、どういう事だ?俺はこれからここで死人に加わって暮らすんだかそんなんじゃねぇのか?」
《あー、死後の気楽な生活を期待していたのならば、残念だがそれは諦めてくれい》
「ま、期待してたわけじゃねえから安心してくれ。寧ろ叶うなら生き返りてえぐれーでよ」
《ほう、現世に生き返る事を望むか?》
「まぁな。だがこのテの異界に来ちまったら普通完全蘇生なんて不可能だろうし、条件付き限定蘇生で我慢するしかねぇんだろうが……」
《しかし、生きたいという思いは変わらぬのだろう?》
「勿論だ。まだやり残したこと、やってねぇ事が無数に残ってんだよ。現世に残して来た奴らが俺を必要としているかどうかは知らねえが、俺には奴らが必要なんだよ。端的に言えば、まだ生きてえ。生身の有機生命体として、現世で生きてえよ俺ぁ」
《ふぅむ、よい答えだ。感動的な上に有意味でもある。その言葉、偽りはないな?》
「この流れで嘘や冗談を言うバカはいねぇだろ。もう一度言う、俺はまだ生きてえ。これは心からの本音だよ」
《ぃよし、その意気だ。では付いて来い、会わせたい者共が居るのでな》
「会わせたい奴らだぁ?誰だいそりゃ」
《会えば理解ろう。そら行くぞ、足元は大丈夫か?》
「あぁ、這ってけば大丈夫だ」
―ある一室―
マイノスの後に続いて寝室を出たバシロは、暫く進んで別の一室に通された。
そこはやはり白い壁にテーブルと椅子があるだけの簡素な部屋で、そこには大変に見慣れた―というよりも、一生忘れようもない―三人の顔ぶれが佇んでいた。
「ッ!?――まさか、お前ら……」
バシロは驚愕の余り息を飲んだが、それもその筈であろう。
何せそこに居たのは、嘗て余りにも悲劇的な死別れを遂げた二人の家族と一人の親友だったのである。
次回、バシロは遂に"真実"を知る……