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ヴァーミンズ・クロニクル  作者: 蠱毒成長中
シーズン6-エレモス編-
358/450

第三百五十八話 戦うゲスト様-獣の使命-





スミロドゥスをギリギリまで追い詰めたニコラと春樹。しかしそこに"奴"が現れて……

―第三百十七話より・中央スカサリ学園校舎内―


「……フーッ……ガフゥーッ……」


 血まみれになり、広大な通路の床に倒れ伏す巨獣――中央スカサリ学園が生み出し丹誠込めて育て上げた生体兵器"スミロドゥス・ギルティア"。校舎内での遭遇以来ニコラ及び春樹と壮絶な戦いを繰り広げた"彼女"は、激闘の果てに瀕死の重傷を負いつつあり、既にまともに立ち上がる体力さえ残されてはいないようだった。しかしそれでも尚彼女の中に宿る闘志と戦意は消え失せておらず、野性的でありながらどこか誇り高い戦士のようでもあるその鋭い視線は周囲の者に『近寄ろうものならばこの爪牙で容赦なく引き裂いてくれる』といった具合の警告を発しているかのようであった。


「ふぅ、はっ、はぁ~……僕とニコラで散々攻撃したのにまだ生きてるとか何もんなのだこいつは……」

「生きてるってだけならまだいいけどね、問題はあれでまだ戦意が残ってるって事よ。まずパッと見ただけの曖昧な判断だけど、頭蓋右側面に軽く亀裂、頸椎は最低でも二つが損傷、肩甲骨は左右とも無事だけど四肢のそれぞれに近位端と遠位端の骨折多数――少なくともその内の五箇所は完全骨折かしらね。頸部以外の椎骨や腸骨・座骨辺りは比較的無事っぽいけど反面肋骨は酷いことになってるわね。あと外傷や皮下出血、筋肉繊維の損傷なんかも見られるわ。耳も千切れたり穴あいてたりでまともに機能する気がしないし、髭なんて根元から数本まとめて抉られてる。普通の動物なら痛みで発狂するか意識を失ってるレベルの傷よ」

「うひぇ、あんなの見ながら聞いてるとそれだけで痛くなってくるのだ。あと幾ら何でも敵とは言えやりすぎた気もしてくるしそこはかとなく罪悪感が……」

「罪悪感なんて気にしてらんないわよ。こうでもしなきゃこっちが殺られてたんだもの。それにこいつだって今の今まであんな奴らに尽くして来たんだもの、もっと酷い目に遭うことだって覚悟の上だったんじゃないかしら」

「まぁね。っていうか呪いで不老不死のニコラだったら例えこいつに何されても死ななかったんじゃ……」

「でもあんたは殺られるでしょ?死ななくなった反動か開業医時代の名残か、なるべくなら手を抜いて他人を死なせたくないのよ」

「なるほど。不老不死故の何とやらって奴なのだ」

「そういうこと。兎も角、繁から一旦戻ってこいって連絡入ってるし早いところ止め刺して戻らないと」

「あー、何か危険な奴がうろついてるんだっけ?確か"フォルティドラコネム・ウェールシュトーレン"とかいうのが」

「"フォルティドラコネム・ウェールス"ね。シュトーレンがどっから出てきたのかまるでわかんないんだけどぅっ!?」

 突如、広大な通路を成す故に頑強な筈の内壁が凄まじい勢いで突き破られ、立て続けにあらゆる自我を持つ存在の"最も原始的で強力な感情"―則ち"未知のものに対する恐怖心"を煽り掻き立てる―スミロドゥスのそれを遥かに上回る―恐ろしげな咆哮が校舎内に響き渡った。


「……ねぇニコラ、これってまさか……」

「まぁ、危機的状況って奴ね……」


 轟音と破壊を引っ提げ現れた"そいつ"は、"ドラコ"の名が示す通りの巨大な竜種であった。薄暗い空間に在って全身が漆黒である為にその全容は不明だが、少なくともスミロドゥスよりは一回り大きな図体で四足歩行、背に翼を持つことは確かであろう。闇夜に浮かぶ眼球は紅または朱色に発光しているかのようで、底知れぬ凶暴性をこれでもかと言わんばかりに主張してくる。


 こいつが"フォルティドラコネム・ウェールス"か

 事前情報を持ち合わせているわけではなかったが、二人は直感で悟り確信した。どうりであの繁が『一旦作戦中止。最優先で拠点への帰還急げ』なんて指示を寄越すわけだ。こいつは確かにまともじゃない。そんなこと、考えるまでもなく理解できる。


「(まずいねぇ……こいつはかなりまずいじゃないの……)」

「(確かにこんなんと正面からまともに戦おうなんて、あいつが思うわきゃないのだ……勿論僕らもだけど)」

「(さて、そうなると逃げるのが唯一絶対の正解だけど……どうやって抜け出したもんか……)」

「(あの黒い奴だけでもただでさえやばいのに、加えて重体とは言えまだ意識と戦意のあるでかいトラ……どう考えても僕らじゃ逃げ切れそうにな――はぇ?」」


 春樹とニコラのモノローグは、奇妙で信じがたい出来事によって断ち切られた。瀕死に等しい重体にありながら未だ意識と戦意を保っていたスミロドゥスが突如立ち上がり、二人を庇うようにしてフォルティドラコネムの前に立ちはだかったのである。


「えッ、何、何なの?一体どういうこと!?」

「そんな、こいつら仲間同士の筈じゃ――【少女よ】―っ!?」


 刹那、春樹の脳内へ突如として何者かの声が響き渡る。それは美しく若い女の声で、優雅で高貴な王侯貴族の姫か富豪令嬢を思わせる気品と誇り高く凛々しい女神か騎士のような気迫を併せ持っていた。

「ん、どうしたの?」

「いや、何かいきなり頭の中に女の人の声が……」

【少女よ、聞こえますか。今私は貴女のこころに直接語りかけています】

「うわ、またなのだ。何か『貴女の心に直接語りかけています』とか言ってる」

「えっ、何それ。春樹ちゃんそれもう黙って聞いといた方がいいわよ。あんま反応したらダメだと思う」

 春樹はニコラに言われた通りに黙って頷き謎の声に集中する。

【私の名はスミロドゥス……スミロドゥス・ギルティア……貴女がたと戦い傷付きながらもこうしてかの者の前に立ちはだかる一頭の獣です……】

「(えッ!?スミロドゥスって、え!?まさか……ってことはこの声はまさか……タンビエン因子の!?でも何で……ここの奴らの声は軒並みノイズだらけで聞き取れすらしなかったのに……)」

 言わば"繁殖効率低下のデメリットがないキキミミ"たるタンビエン因子によっても対話の叶わなかった生体兵器の声を聞くことができているという現状は、春樹を驚かせるのに充分であった。

【少女よ……私の声が聞こえるのなら、どうかここは私に任せてお逃げなさい……フォルティドラコネムは己の使命を放棄しただ権利だけを渇望した愚かなる反逆者……我が中央スカサリ学園にとっての真なる敵。眼前にあらば見境無く壊し喰らう邪悪さもあり、何時かこの私が始末せねばと思っていたのです。ですから少女よ、連れを連れて逃げるのです。そして二度とここへ来てはなりません……聖戦の為の犠牲は、叶うなら最小限に留めたいのです……】

 スミロドゥスの切実な訴えを受けた二人は、彼女の言葉通りにその場を後にした。無論『二度とここへ来るな』という警告は無視する気満々だったが。

―以下、生体兵器の言語を和訳してお送りします―


〈フォルティドラコネム・ウェールス……お前だけは絶対に許しませんッ……この私、スミロドゥス・ギルティアが直々にカタをつけて差し上げましょう……〉

 傷だらけの巨獣は全身から血を滴らせ、眼前の怨敵に向け言い放つ。

〈ほう、胡麻擂りニャンコが言うじゃねーか。まるで正義の味方のようによォ〉

〈黙りなさいッ!ヴラスタリは我が国フリサリダの敵!そしてクロコス・サイエンスこそはその狂気と邪悪の権化!かの組織に打ち勝ってこそ我が国フリサリダに真の平和が訪れるということに、貴方はまだ気付かないのですか!?〉

〈気付きたくもねぇよんなデマ。こちとら単に生きてるモンとして当然の自由と快楽を享受してえだけだっつーのに、そんなつまらねぇ使命なんぞ背負ってられっかっつんだ〉

〈何と身勝手な……そうやって子供のように我が儘を貫き通し、自分だけの為に生きたとしても、待つのは悲惨な最後だけなのですよ!?それさえもわからないのですか!?〉

〈ああ、ちっともわかんねぇよ。今までもまるでわかんねぇし、多分これからもぜってーわかりゃしねぇんだよ。ただわかってることがあるとすりゃあ、今俺の目の前でアレコレ偉そうに説教かましてるボロボロで死にかけのバカ猫が、この世でトップクラスに哀れな生涯を送ってるってことだろうな。おめーの背中見て同じような生き方するぐれーなら、自滅ルートまっしぐらでいいから好き勝手に生きてやるよ。そっちの方がマシってもんだろ〉

〈……〉

 フォルティドラコネムの挑発に、スミロドゥスは思わず押し黙る。

〈何だよ、図星か?あ?俺に向かってガキみてーに我が儘云々言っといて、痛え所突かれたらその途端に押し黙るのか?あ?どっちがガキだよこのクソねk――〈黙りなさいこの反逆者ッ!〉

〈喋る余裕があんなら最初っからそうしろよ〉

〈……さっきから黙って聞いていればあれこれ好き勝手にウダウダと……お前は自分の存在意義、生を受けた理由というものについて考えたことがないのですか!?我々はかの場所で産まれ育ちし学園の兵、来るべき聖戦にて爪牙を振るう運命にある戦士なのですよ!?特にお前はその中でも頂点に座し、他の兵達を従え導く者として生きるためにその力を与えられたのではないですか!それだというのにお前はその運命から逃げてばかり……よくそれで堂々としていられますね!恥を知りなさい!〉

 それはスミロドゥスにとって渾身の説教であり、今の彼女にとっては言わば『反論の余地も与えぬ正論』であった。だがそれに対するフォルティドラコネムの反応はと言えば―

〈はぁ……で?〉

 これである。この反応は只でさえ重傷を負い精神のささくれ立っているスミロドゥスを激昂させるに十分であった。怒りを爆発させた彼女は最早作者すら和訳に困るような咆哮を上げ、中型ワゴン車をもスナック菓子のように破壊する爪牙を以てフォルティドラコネムを殺そうとする。

 だがその爪牙が彼の肉を裂くことはなく、身体に届きさえしないまま、忠義のままに生きた巨獣は怨敵によりあっさり噛み殺されてしまうのである。

〈……ケ、ザマぁねえぜ。おいクソ猫、どうせもう聞こえてねぇだろうがこれだきゃ言っとくぞ〉

 スミロドゥスを吐き捨てたフォルティドラコネムは、その亡骸を嘲るように言い放つ。

〈俺は飼われるって生き方を否定はしねぇ。いい飼い主の元で暮らすってのも一つの道だろう。だがな、飼い主が何をやらかそうが黙ってそれに従い、抵抗の一つもしねー無様な家畜になっちまったら、そいつは所詮その程度……てめえの信念突き通すまでもなく惨めに自滅すっか、もしくはあっさり殺られんのがオチなんだよ。おめーはまさしくその典型だ。忠臣気取るのも結構だがな、てめえの命は所詮てめえのモンだって事を忘れんじゃねえぞ〉

 一通り胸中に溜まったものを吐き出したらしい黒い竜は、頭突きと前脚の打撃で通路の壁を再び突き破り、飛び立ちながら独り言のように呟く。


〈さて……こうなっちまったからにゃあやることやんねぇとな……心配すんなよ、ルラキ・・・……おめーだきゃあ何が何でも死なせやしねぇからな……〉

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