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ヴァーミンズ・クロニクル  作者: 蠱毒成長中
シーズン6-エレモス編-
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第三百五十六話 戦うゲスト様-貝になる-




決着ついてねぇし……

―前回より・水の抜けたエントランス―


「おやおや、水が抜けてしまったか。見た名状に損壊が激しかったか、或いは僕が重すぎたか……」

 半ば冗談交じりに言うファープはそそくさとタコの爆生を解除し、次なる変化を行おうとする。

「何、シャチでナメクジだから水がないと変身してからの動作が鈍くなるからここへわざわざ水を引いたんじゃないの?」

「勿論そうだが」

「だったら次に変身するより前に水を引き直すのが普通でしょ?」

「何を言ってるんだ、こんな亀裂が入ってたんじゃ幾ら水を引いたとて同じじゃないか。というか仮にも僕は君にとって敵であり、それ以上に我が子の仇だろう?試合ならまだしも、戦場でそんな奴の身を案じるもんじゃないよ」

 吐き捨てるように言ったファープは、身を屈め姿勢を低くし丸まった状態で寝転がる。一体何事かと玲が思う間もなく、彼は黒地に白の大きな斑点模様を持つ巨大な二枚貝へと変じていた。

「タコの次はハマグリ?何だかえらく間抜けな姿になったものね。『戦場で敵の身を案じるな』とか言っときながら、あんただって大概じゃない。これじゃ敵に袋叩きにあって味噌汁の具にされちゃうんじゃないの」

「そう思うのなら攻撃するといい。我が子の仇だ、存分に叩きのめして味噌汁にでもクラムチャウダーにでも入れてしまえばいいんじゃないかな」

「……」

 余りにも不真面目でいい加減なファープの挑発(とすら言い難い無気力な発言)に、玲は思わず絶句した。さっきまで全力で自分を殺しに来ていた癖に、水が抜けてから途端にやる気を無くしやがって。鬼の殲滅を念頭に据える玲は闘争に対してあれこれとややこしい考えを巡らせたりはしないが、全力で相手をしていた敵にいきなりやる気を無くされたのでは苛立ちもするのが人情というもの。オマケに『さぁ、ここが弱点だ。攻撃してこいよ』と言ってはデフォルメされた殺し屋鯨サカマタの形をした平坦な足をでろんと出しては見せつけてくる。これには流石の玲も堪忍袋の緒が切れた。度し難いまでにやる気の感じられないファープの無気力で不真面目な態度は、嘗て彼によって殺されたリバーライダーを冒涜しているかのように感じられたのである。

「(……いいわよ。そんなに死にたきゃ殺してあげるわ!)」

 怒り心頭の玲が愛用の匕首ドスを振り上げ、広げられた足の先端部―丁度、デフォルメされたシャチの尾鰭部分をむんずと掴み大きく切り裂こうとした、刹那。

「っッ!?」

 掴んだ足の先端部が手元を起点に玲の腕へと絡み付くのと同時に、巨大な貝殻がぐっぱりと直角まで開く。玲は自分が何をされるのかを直感で悟ったが、気付くのがあまりに遅すぎた。彼女の華奢な身体は巨大二枚貝の足に持ち上げられ、そのまま貝殻の中へ閉じ込められてしまったのである。


「(バカめ、こんな安っぽい挑発に乗せられる奴があるかよ全く……だが、これでもう戦況はこっちのもんだ。二枚貝の殻は蝶番構造により開くよう設計されているものを閉殻筋カイバシラで無理矢理に閉じているもので、その守りは底生生物ベントスの中でもトップクラス。特に大型種のシャコガイともなれば、その怪力は殻長1m超えでスイカを潰す程にまでなる……つくづく思うが、外套膜に仕込んだ藻類で光合成をしながら動きもしない生物とは思いがたい筋力だよ―な゛ッ!?)」


 余裕綽々にモノローグで二枚貝の解説などしていたファープの全身に、ふと腱が切れるような激痛が走る。同時に彼の意に反して巨大な殻がぐわんと開き、中から全身二枚貝の粘液にまみれた玲が飛び出してきた。


「く゛ッ……閉殻筋を切って脱したかっ!」

「こう見えて牡蠣の殻剥きは得意なの。ホタテの貝柱もそこそこ好きだし。まぁ変身したあんたなんて身の一欠片も食べたかないけど」

「説明になってないよな、それ……まぁいい。趣向を凝らして殻に閉じこめ窒息死させてやろうかと思ったが、そうも行かないなら真面目に戦うまでだ」

 閉殻筋を再生させ殻を閉じたファープは再びデフォルメされたシャチのような形をした足を体外に出しそれをシャチの尾鰭のような形に変形させると大きく湾曲させ、バネのように用い玲目掛けて飛び掛かる。実にシュールな光景故玲はこれを見て最初大したことはないだろうと安易に構えていたが、すぐにそれが間違いだったと気付く。

「究極の暴食生物たる」「二枚貝の恐ろしさを!」「「思い知るがいい!」」

 飛び掛かるファープの声が、何故か二人分に増えたような気がした――否、実際に頭が増えたのである。貝殻から寄り添うようにして飛び出したシャチ二頭の頭らしきもの――シャチの頭に変化した入水管と出水管(それぞれ二枚貝の口と肛門に該当する部位)が、空中で見計らったかのように叫び声を上げたのである。二枚貝らしからぬ恐ろしげな姿を目にした玲は二つの頭で大口を開けたファープの急降下をすんでの所で回避し、そのまま距離を取り体勢を立て直しにかかる――が、その隙さえも彼は見逃さない。

「何なのよあいつ。浮き沈み激しす――ぎっ!?」

 玲の顔を掠める、白く細長い何か。弾丸をも通り越す速度で飛翔するそれに玲が気付いたとき、それは既に背後の壁へ深々と突き刺さっていた。

「……浮き沈みが激しい、か……まぁ無理もないな。何せ軟体動物は節足動物に次ぐ動物界の大所帯、その生息域は水陸を通り越して空にまで及ぶとまで言われてるから」

 適当な雑学を口にするファープは、爆生により筒状の殻を持つシャチ頭の巻き貝へと変じていた。

「二枚貝の次は巻き貝?シャチ分を抜きにしても随分と変わった形ね……巻き貝ならサザエにでもなって棘を機関銃にしそうなイメージだったんだけど。かと言ってドリルとも言えない見た目だし……」

「確かに面白いアイディアだが、如何せん今一つだな。今の僕はイモガイさ」

「イモガイ?また何か今一パッとしない名前なのね」

「パッとしない名前だからと見くびらない方がいい。というのもさっき君に撃った棘、あれは歯舌しぜつという巻き貝特有の器官を変化させた代物でね、強力な神経毒を仕組んであるのさ」

「毒……また一筋縄では行きそうにないわね」

「あぁ。一筋や二筋三筋なんかで僕との殺し合いを制しようなんて思わないことだ。来るなら最低九筋はないとね」

もう動きにくいから水引いたとかそんな次元じゃない。

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