第三百五十五話 戦うゲスト様-藤崎の手記とあまりにも理不尽な彼女の末路-
戦いは壮絶に続く……
―前回より・以下、社内にて回収された手記より抜粋―
そして水に満たされたエントランスで、名も無き霊長種の少女はファープ氏に告げるのです。
『成る程、水へ向かうんじゃなくて水を呼んだのね。でも思い上がらない事ね、源家に伝わる対鬼人体術にしてみれば、この程度ハンデにもなりゃしないわ』――とね。全く敵ながら天晴れと言わざるを得ません。普通あの年頃の少女ならハクジラの形をしたナメクジなんて見ただけで悲鳴を上げて卒倒しそうになるっていうのに、彼女は怖じ気付きもせず自信満々に言い放ったんですよ。それだけで彼女が別格なんだと思わされましたね。
っと、話が逸れましたね。では報告書の続きをば。
ファープ氏と霊長種の少女の戦いは、氏が破殻化した後も変わらず壮絶でした。氏は口周りへ牙のようにナイフを列ねて生やしては突進し、負けじと少女も内部に電球でも入っていそうなほどに光り輝く短刀を振るい氏の肉を切り裂こうとします。両者の振るう刃のぶつかり合いと言ったらそれはもう凄まじく、その反動は華奢な体格をした少女は勿論のこと、中型のサメほどもあるファープ氏の巨体をも恐ろしいまでに吹き飛ばしてしまったのでありました。
その後も氏の繰り出した刃や弾丸は少女の身体を掠めブレザーや肌を裂き、また少女の振るう短刀も氏の柔肌を切り裂きます。破殻化した氏はまさしく巨大なナメクジであります故、分厚い粘液の層により大抵の刃物ならば受け流せて当然なのでありますが、しかしあの短刀はどういうわけか氏の柔肌を刺し貫き、肉へ深々突き刺さってはその御身体を大きく切り裂いたのです。やはりあれは刃を包む光―高出力のプラズマか、魔術エネルギーのようなもの―によるものなのでしょうか。
ともあれ引き裂かれた傷からは氏の青い血液がだらだらと流れ出ており、理解り辛いですが苦悶の表情を浮かべておられます。しかしそこは反乱の四凶と並ぶハルツ社長のお気に入りが一人、切り裂かれた傷の痛みにもめげることなく全身より様々な武器を繰り出しては少女に立ち向かいます。
(中略)
そして苦戦を悟ったファープ氏は遂に爆生を行使、ヤムタの伝承に伝わる蛇蛸(作者注:地球に伝わる同名妖怪との同一視推奨)のシャチ版とでも言うべきものへと姿を変え、大口に生え揃う牙や首筋の漏斗、触手八本のそれぞれを武器に変化させ少女に掴みかかります。少女は負けじと迫り来る触手を次々と短刀で切り伏せていきますが、それらはすぐさま再生し、或いは次なる武器への糸口となり、切り落とされた触手も氏は余さず食べてしまいます。流石はファープ氏、クロコス・サイエンスでも五本の指に入る敏腕暗殺者だけあり動きに無駄がありません。
(中略)
そんなこんなありまして戦いはまたも平行線のまま進んでいったようだったのですが、ここで少々問題が発生してしまいました。というのも、ただでさえ荒れ果てていた入っていたエントランスの床へ二人の戦闘の余波が及んだのか大きな亀裂が入り、水が流れ出てしまったのです。こうなると乾燥に弱いファープ氏は一気に不利な状況に陥ってしまいます。現状の流れが持久戦である以上、水を失った氏は必然的に破殻化や爆生を(記述はここで途絶えている)
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「っひぃあ!?」
物陰からエントランスを見張りつつコピー用紙に状況を書き記していた小柄なクロコス反乱軍メンバー・藤崎瑞己の筆は、突如背後から何者かに首根っこを掴まれた事で強制停止に追い込まれてしまう。首根っこを掴んだ何者かは怯え狼狽える彼女を自身の方へ振り向かせ、その顔を覗き込みながら宥めるように語りかける。
「こんにちはおチビさん。お取込み中ごめんなさいね、ちょっと聞きたいことがあるのだけれど質問いいかしら?」
「ひ……し……しつ……もん?」
相手は一見華奢な若い女だったが、得体の知れない雰囲気と底知れぬ風格の持ち主であったため、藤崎は『答えられる限りのことなら』と、適当に返す。
「ありがとう。それじゃ早速……単刀直入に聞くわ。ゴノ・グゴン氏はどこ?」
「ぐ、グゴン様っ?」「そうよ。|クロコス・サイエンスで一番偉い(ミルヒャ・ハルツ)社長より、もっと偉ぁいゴノ・グゴン氏に会いたいの。どこに居るか知らない?」
「し、知らない!知らされてないの!グゴン様は馴れ合いがお嫌いだからご自身のお部屋からは出てこないしその場所だって公表されてないの!嘘じゃないわ!本当よ!?だからお願い、殺さないでっ!」
「大丈夫よ。貴女がそこまで言ってるんなら信じるし、例え嘘でも殺したりなんかしないから」
女はそう言うが、藤崎にとってその言葉はとても信じられたものではなかった。優しげな笑みで覆い隠そうとも内なる獣臭さはしっかり滲み出ているし、革製の黒装束からは血と洗剤の入り混じった臭いが微かながら漂っている。恐らくは腰に差した刀で同僚達を何人も斬り殺し、返り血をどこかで洗濯したのだろう。つまりこの銀髪女は今現在我社を襲撃している集団の構成員の一人で間違いない。藤崎はそう確信していた。
「(刀を使う女なら確か二人か三人居たはず。一人はさっき落ちてくのを確認したから、こいつは多分ガイアー医務室長と柵木事務総長のどっちかと交戦した奴ってことで、私じゃ到底敵わない。ならここは上手くやり過ごすしか……)本当申し訳ないんだけど、私じゃ貴女の助けにはなれそうにないわ。他を――「じゃあ、社長室を教えてくれない?」
早々に切り上げてやり過ごそうとした藤崎だったが、女はこうして尚も粘ってきた。是が非でも会社のトップ或いは準トップへ近づこうとしているらしい。恐らくは、殺害する為に。
「(ちょ、そこで社長室ってそんなのアリ!?……ここは素直に案内書の掲示を見るよう言えば逃げられそうだけど、そうなると社長の命が危ない!ここは何とかごまかさないと……)あー……社長室、ね」
「そう、社長室。グゴン氏が駄目ならこの際社長さんにでもいいかなってね、インタビュー。言い忘れたけど私、隣国の雑誌記者なの。それで今回、クロコス・サイエンスのグゴン氏にお話を伺いたかったのだけれど……」
「(嘘こけェェェェ!どこの世の中にお前のような雑誌記者がいるかッ!っていうかそもそも表向きにはその存在すらひた隠しにされてるグゴン様について何でただの雑誌記者如きが知ってんのよオカシイでしょうがぁぁぁぁぁ!)そ、そうなの……雑誌記者……あぁでも、社長は今多分社長室には居ないと思うわ。彼女、案外自由奔放な性格だから今頃は地下一階のラーメン屋さんで影貴一座の公演中継でも見ながら夜食中じゃないかしら」
「そう、助かったわ。ありがとう」
「いいのよ。社長はいい人だから上手く取材すればいい記事が書ける筈よ。取材頑張っ――「それじゃ」――えっ」
次の瞬間、藤崎の身体は宙に浮いていた――否、掴んでいた自称雑誌記者の女によって投げ捨てられていたのである。
「(ちょっ、用済みだからって投げる事ないでしょ!?まぁいいわ、これであいつともおさら――ばげわっ!?」
投げ捨てられた藤崎が空中で体制を立て直そうとしたその瞬間、彼女の腹へ凄まじい怪力による蹴りが叩き込まれ、何とその小さな身体を上下に二分してしまった。
「話が……違――う゛わぶらっ!?」
続いて蹴りは顔面にも叩き込まれ、頭を粉砕された藤崎の生涯は遂に幕を閉じた。
「貴女は殺さないと言ったけど……あれは嘘なんかじゃないわ」
「まぁ、厳密に言えば嘘になるだろうが……」
肉片と成り果て小虫に貪られる藤崎に向けて、"自称雑誌記者の女"と"蹴りを入れた人物"―もとい、強化人間の零華と亜塔は若干芝居臭く静かに告げた。あれから合流した二人は、こうして行く先々で適当な反乱軍メンバーに声をかけてはゴノ・グゴンやミルヒャ・ハルツの所在について尋ねつつ殺し回っていたのである。
「んで、どうしよっか。ゴノ・グゴンの部屋は結局判らず仕舞い……」
「……社長の居場所もどう考えたって嘘だろうしな」
「あんな見え透いた嘘を言われるって事は逆に社長室に居るのかも」
「そいつは些か安直だが、試しに行ってみる価値はありそうだな」
かくして二人は社長室へと向かうのだが、既にハルツはその場から姿を消していた。行くアテを失った二人は、仕方なく道すがら会う敵を駆逐しつつ拠点へ戻ることにしようとした――のだが、二人の辿る道筋は何の偶然からかまたしても敵地へ向いてしまうのである。
次回、遂に決着となるか!?




