第三百五十四話 戦うゲスト様-戦況を変える判断-
一方その頃、穴から地下水路に落ちた面々はと言うと……
―第三百十九話より・CS社地下水路―
「ゲぶエェェェェ!」
「ぶオるバァァァァァァ!」
「ヴべあォぼヲォォォォ!」
地下水路の仄暗い水中から飛び出した不気味な面構えの白い怪生物が、理華の刀によって真っ二つに断ち切られ、麗のガリバーハンドによる張り手で叩き潰され、イオタの音術によって内側から木っ端微塵に弾け飛ぶ。一方の水中では後続と思しき個体が、外骨格はおろか毛も鱗もない身体を青白く光らせつつ素早く泳ぎ回っており、その有様はまさしく虎視眈々と攻撃のチャンスを狙っているかのようであった。
「しっかし何じゃ、見れば見るほど摩訶不思議で気色悪い見て呉れしとるのぅこの"ゴーストスベッター"とやらは」
「"コーストスペクター"ですよ聖羅さん。名前くらいちゃんと覚えましょうよ……」
「つーか何だよ、ゴーストスベッターって。幽霊が苦し紛れのギャグで滑りやがったってか」
「ますます意味不明ね。流石聖羅さん」
「いや、何が流石なのかさっぱりわかんないんだけど……」
「右に同じく」
決死の思いで飛び掛かったにもかかわらず理華によって呆気なく斬り殺され、死後聖羅に名前を間違われているこの不気味な白い生物の名は"コーストスペクター"。クロコス・サイエンスが一種の海兵(水兵)として設計し産み出した生体兵器である。臣下の犬神達を引き連れ魑魅魍魎を相手取ってきた凄腕術者の聖羅が『摩訶不思議で気色悪い見て呉れ』と形容したその姿は数種の水棲生物―肺魚、ツメガエル、アオリイカ、ハダカイワシ、アシナシイモリ、ウミウシ等―を掛け合わせた結果として形成されたものである。またハダカイワシの遺伝子故の発光能力を持ち、青白い点滅によって同族との意思疎通までやってのける。水中で得体の知れない物体が不気味に発光する様はまさしく"海岸の亡霊"の名に恥じぬ有様と言えよう。
「っていうか、私達が今乗ってるこのいかだみたいなのって何なんだろ……」
理華の言う通り、地下水路に落とされた六名は現在、本来ならば警備員をはじめとする社員が地下水路での移動に用いるアルミニウム合金製の大型筏に乗っており、迫り来るコーストスペクターの群れを切り伏せながら流れ任せに地下水路を進んでいた。
「いや、そりゃ普通に筏じゃろ。大方ここの作業員が使っとったもんじゃろうて」
「だろうな。問題はこの筏がどこに向かってて、その先に何があるかって事なわけだが……」
「それはもう人事の尽くしようもないことだ。天命に任せるしかあるまい……」
―前回より・CS社敷地内・広大なエントランス―
前回ラストにて勃発した対鬼人特殊部隊桃太郎組次鋒・源玲とクロコス・サイエンス生体兵器水軍管理・指揮補佐兼特殊工作員たるケン・ファープによる"殺し合い"は、両者の戦闘スタイルもあってか平行線を辿るばかりであった。
四欲の一つ"財産"を司り、その欲望のままに飲み込んだ物体の形質を"吐き出す"か"消化しきる"までほぼ完全に模倣し肉体の一部として適合させるというスラッグの能力により、ファープは身体の至る所から様々な武器―弩や吹矢、拳銃等―を繰り出しては玲を狙撃せんと狙う。その勢いは凄まじく、吹矢に至ってはガトリング砲のように束ねられた六本が回転しながら凄まじい勢いで無尽蔵に生成可能な矢を連射していく。
しかしだからといって、そのようなファープの猛攻に圧倒されるような玲ではない。桃太郎伝説の猿に例えられる身体能力を誇る彼女にかかればファープの放つ矢や弾丸の回避は勿論、それらを手で受け止めて気を込め投げ返す事さえ容易い。吹矢やクロスボウの矢をダーツのように投げたり拳銃の弾丸を指で弾いたりといった手段で巧みに応戦する。その技量と有様は、まさに由緒正しき体術の継承者と呼ぶに相応しい。
「ふぅむ……敵に投げていた石の礫が塩の塊になってしまうとは、抜かったかな……趣向を変えるとしよう」
苦戦を予想したファープは右腕に出現させた拳銃を在らぬ方向へ適当に数発放ち、破殻化の構えを取る。
「折角だ、見せてやるとしよう。ヴァーミンの保有者が至る境地の一つ、破殻化を」
「破殻化……?」
玲の頭に浮かんだ疑問符がはっきりと形を成した瞬間、構えを取ったファープの身体が淡い色合いをした不透明な硝子状の物質に包まれ、それらが幽かな音を立てて弾け飛び消失。二百七十話で中央スカサリ学園のプールに出現したツートンカラーで腹足類とも魚ともつかない流線型の化け物の姿を成した所で、彼の破殻化は完了する。
最早敬虔な読者諸君にとっては当然の、今更説明するまでもないような光景ではあるが、それでも初見であった玲にとってそれは十分に驚くべき出来事であった。
「これぞ破殻化……ヴァーミンの象徴である生物に加えて保有者の身に宿る種族の形質を反映させた強化形態に変身する技さ」
「成る程ね。それでナメクジと……魚?」
「いや、シャチだ。あの姿じゃ想像もつかないだろうが、僕は鯱系禽獣種でね。手足や身体の一部にハクジラのヒレやなんかがあったりするんだよ。見えづらいけど」
「シャチねぇ……言われてみれば確かに、その色合いは鯱ね。でもそんな明らかに水中向きの姿になってどうするの?それじゃかえって不―――っひ!?」
話の流れを叩ききるようなタイミングで玲が悲鳴を上げたが、それも無理はなかった。と言うのも突如として、荒れ果てたエントランスの天上や壁、床に亀裂が入り一斉に大量の冷水が噴き出したのである。
「心配には及ばない。さっき撃った弾丸の当たった箇所の時空を地下の水道管と繋げ、穴を穿った。試験運用がてら取り込ませて貰った関連企業の新製品があってこそできたことさ」
「成る程、水へ向かうんじゃなくて水を呼んだのね。でも思い上がらない事ね、源家に伝わる対鬼人体術にしてみれば、この程度ハンデにもなりゃしないわ」
「そうかいそうかい。ならいいがね。元々君の行動を阻害することは視野に入れてないし」
かくして膝より少し下まで水に漬かった両者は、尚も殺し合いを続行する。
次回、一人の反乱軍メンバーに悲劇が!?