第三百五十三話 戦うゲスト様-ブレザーモンキーVSオルカスラッグ-
ケン・ファープの過去とは……
―第三百十九話より・CS社敷地内・広大なエントランスにて―
「戦う前に、聞いておきたいことがあるのだけど……いいかしら」
「あぁ、構わないよ。両方の口と耳が確実に動くこの瞬間に、言いたいことは全て言っておくといい」
「それじゃ、遠慮なく……まず一つ目。あんたがリバーライダー―クゥちゃんを殺したのは、上司から命令されたから?」
「……おかしな事を聞くん――「ツベコベ言わずに答えなさい」――……あれは上司から命令されたからやったまでのことさ。本音ではリバーライダーなんてどうでも良かったし、わざわざ目くじら立てて殺すまでの事もないだろうにと思ったよ」
「では何故殺したの?」
「何故ってそりゃあ、上司の命令だったからさ。組織に属し組織に従う以上、上司の命令には逆らわず忠実に従うのが大原則ってもんだろう」
「なら貴方は何故組織に――クロコス・サイエンスに従うの?」
「何故従うかって?愚問だな、そんなの決まってるじゃないか……カネだよ、カネの為さ」
「お金……?」
玲はそれ以上に言葉が出なかった。ある意味予想し得た答えではあるし、このテの悪人にありがちな思考回路ではあるが、だからこそこいつはそれ以上の何かの為に組織に従い悪行に荷担しているのだと思っていた。
「(でも実際は違った……こいつは自分のやっている事を、単なる仕事としか考えちゃいない……)」
「まぁ社長にも良くして貰ったから彼女の傍らで臣下として役に立ちたいというのもあるんだけど、それをしたいだけなら住み込みで使用人でもしていれば満足なんだよね。わざわざクロコス・サイエンスで化け物の世話や殺し屋なんてしてるのは、単に報酬が高いからさ。僕にはカネが必要なんだ。それはそれは、普通に働いたってまず手に入らないような、莫大な額がね」
「……そんなにお金を稼いで何をする気なの?口ぶりからして単に最新型のコンピュータやゲーム機や車を買うってわけじゃないのは確かだろうけど」
「勿論、そんなことの為のカネを稼ぐんなら普通に働いて貯金するさ。僕がカネを欲するのは、大切なヒトの夢を叶える為だ」
「大切な人?」
「そう、大切な女性さ……この際だ。僕の口が動き、君の耳に言葉が届く内に話してあげよう。僕が如何にして今ここにあるのかを」
ファープは玲の返答も待たず勝手に自分の過去を語り始め、玲もそれに聞き入ってしまう。
「まず僕の出自だけど、そんなに変わったものじゃない。親も中堅クラスの内科医と司書だったし、まさに"どこにでもあるような普通の家"っていう表現がピッタリの家族だった。変わった所と言えば、もう一人家族として居候を住まわせてたってことくらいでね」
「居候?」
「あぁ。身も心も美しく非の打ちどころのない人格者で能力もずば抜けて高い、素晴らしい女性だったよ。何せ僕にとっては初恋の相手だったからね。歳の離れた姉弟みたいな関係で、色々お世話になったもんさ」
「へぇ……」
懐かしそうに語るファープの姿が、玲の目には信じがたいほど純粋に見えた。
「大学院を卒業した彼女は、各地から同志を募りある"計画"を進めていた」
「計画?」
「そうだ。"研究"とも言うのかな。相手は"メギマーティウマ・エクスティナクトール"。またの名を"カドヤトスジナメクジ"という、ある時を境に突如として大陸中の淡水域に異常発生し始めた水棲ナメクジさ。その名の通り背中に十本の筋を持つでかぶつで、身体は赤に近いピンク色で目玉は緑色っていう、馬鹿と冗談が総動員したような見て呉れのね」
「な、ナメクジ……変わった分野の研究ね」
「笑ってしまいそうになるが、これが実は洒落にならない問題でね。カドヤトスジナメクジは元々このエレモスに存在しなかった外来種なんだよ。まぁ外来種なんてそれこそどこの土地にでもある問題なんだろうが、このエレモスはあらゆる電波と税関や規制の厳しい物流、そして時たま流れ着く漂着物を除いて外部との関わりを持たない。国家レベルならまだしも、大陸レベルの陸生外来種なんて理論上は存在し得ないんだよ。しかもこいつの厄介なところは、その寿命と食欲だった。一匹が産む卵の数はそれ程でもないし産卵も年に一度なんだが寿命が長くて十年くらい生きるんだよ。その貪欲で、水の中にある植物質のものなら水草から苔から木材に段ボールまで食い尽くす、まさに破壊者」
「つまり、彼女はそいつらの駆除方法を探っていたのね?」
「そういうこと。まぁ駆除や防除は他にも試みた集団が多かったから、個体数は全盛期から見れば相当減ったかな。だが防除や駆除には限界があった。そこで彼女はカドヤトスジナメクジをただ駆除するのではなく、その食欲を逆手に取って無害化することを試みた。詳しくは省くが、水田の除草システムとして利用することを考えたんだ。だが周囲はそんな彼女に救いの手を差し延べようとはせず、計画予算は底をつき、それでも諦めずに突き進んだ結果彼女は過労で倒れ遂に逝ってしまった。その後計画は彼女の同志達が引き継ぎ世相の変化か世間の風当たりも少しはマシになったが、それでも彼らは危うい状況にあった。僕はその時から強く思ったよ。『カネがあれば彼女は死なずに済んだ』ってね。そしてそんな時だった、僕がヴァーミンの保有者に選ばれたのは」
「ヴァーミン?」
「異能の一種だ、詳しくは作者にでも聞くといい。ともあれ僕はヴァーミンに選ばれたんだ。ヴァーミンズ・セーミ スラッグ――ナメクジの象徴を持つ第七のヴァーミンにね。これは天命だと確信した」
「それでクロコス・サイエンスに?」
「そうだ。ある夏、両親と旅行中だった僕は運悪く生体災害に見舞われた。僕はスラッグの力でそいつらに立ち向かい何とか生き残ったが、両親は僕を庇って化け物に食い殺されてしまった……荒れ果てた大地でただ一人生き残り救助されるも自分の無力さに絶望する僕を拾ってくれたのが……」
「ハルツだったのね?」
「いや、流れ的にそう纏まると綺麗なんだろうが違うんだ。直に拾ってくれたのはクロコス・サイエンスの重役・柵木豊穣さんで、暫くお互いの生い立ちやなんかについて話した所で彼女は僕に言った――『力が欲しくないか』ってね。それで僕はクロコス・サイエンスに入り、暗殺や生体兵器の世話をしながら貰ったギャラを件の後継者率いる集団に寄付しているというわけさ」
「そう……」
「あー、退屈な話だったらすまない」
「いいえ、退屈なんかじゃないわ。ただ、話を聞いて少し心境が変わったから」
「心境が変わった?まさか今になって僕を殺すのに躊躇いが生じたなんて言うまいね?」
「躊躇いが生じたぁ?はっ、バカなこと言わないでよ」
挑発するようなファープの言葉に、玲は同じく軽い口ぶりで言い返す。
「心境が変わったってのはね、話を聞く前よりあんたを躊躇いなく殺せそうって意味よ」
「ほう、そいつはいい!」
かくして二人の戦い―否、殺し合いが始まるのである。
次回、スラッグの能力とは!?