第三百四十六話 戦うゲスト様-炸裂!信号紀和!-
信号って割に色変わってないけど
―前回より・CS社敷地内エントランスに繋がる通路にて―
あれから暫く戦う内、桃李と羽辰は紀和の操る"炸裂細胞"についてある程度の情報を得つつあった。
まず前回終盤にてその存在が言及されただけで詳細が不明であった"緑色の炸裂細胞"についてだが、赤の"爆発"と黄の"放電"に次ぐこれの有する効果を一言で言い表すならば"結晶"であった。即ちこれが何らかの物体に衝突(或いは紀和が炸裂を命令)すると、それらは一瞬にして緑色の透き通った鋭い結晶の破片へと変化しては周囲へ飛散するのである。その様はさながら"水晶の散弾"であり、結晶であるため衝撃には弱くすぐ砕け散ってしまうという弱点こそあるが、衝撃に弱い硝子や陶器の破損事故に於いては時に小片こそが周囲の者にとって脅威であることを考えると、これは(状況や解釈にもよると思うが)弱点らしい弱点とは言い難い。実際桃李と羽辰も目視が容易な大型破片より目視が困難である上に軽量故飛距離を出しやすい小片の方を脅威に感じていた。
続いて判明した情報は、炸裂細胞に関する制約である。先天的な破壊力に加え強化改造によって底上げされた紀和の動体視力と腕力もあってかなりの脅威に見える(そして実際、多くの相手にとって確かな虚位であろう)炸裂細胞だが、その生成には柵木の変化やレーザー光線同様ある種の制約が付きまとうのである。というのもこの炸裂細胞、同じ色のものを複数回連続で生成することはできず、また順序は赤、黄、緑でなければならない(お気づきの方も居るだろうが要するに信号機の逆である)。例外的に三色同時生成もできるが色のみの話であり、効果は三つの内の一つに限られてしまう。こう書くと欠点のように思えるかも知れないが、逆に考えればどの効果が来るか解らない為、ある種攪乱のように運用することもできる。
この生成順序に関する制約は、桃李と羽辰が取るべき炸裂細胞への対処をかなり楽にした。
「っでぇえぃ、さぇらぃ、はぅっしぇあらっ!」
上手、横手、下手――左手、右手、両手――様々な投げ方で多彩(というよりは不規則)に投擲されては爆破・放電・結晶散布を繰り返す炸裂細胞を、桃李と羽辰は自分達なりに避け続ける。
「(爆破は火力が絶大……然し範囲はそれほどでもなく、軽い跳躍で距離を取ればどうにかなる……)」
『(逆に放電は爆破ほどの火力こそない反面、範囲が洒落にならなず……)』
「(私の義手や義足から展開した特殊避雷針で受け流せる……)」
『(そして結晶片は桃李のローチ・フィルムを固めれば基本防ぎきれる……)』
「(基礎攻撃への対処はほぼ完璧)」
『(しかしそれでも尚真に恐れるべきは……その先に何が待ち受けているかということ……)』
経験上、こういった相手は俗に言う"切り札"のようなものの一つや二つも隠し持っているのだという事を知っている二人は、紀和と戦いながらそれらを兎に角警戒していた。自分達の俊足と霊体化で逃げ切れればいいが、逃げ道さえ塞がれる可能性さえ否定できはしないのである。
そして二人の恐れていた事態は、遂に現実となる。
「(投げても投げてもキリがない……些か早計かもしれないけれど、こうなった以上"アレ"に頼るほか無さそうね……)」
これ以上の炸裂細胞投擲を無駄と考えた紀和は、両腕を広げ自身の身体を大幅に"変形"させる。それは"反乱の四凶"が一人となるべく自らに施した強化改造手術によって得られた際限なき柔軟性あってこその成せる技であった。
腕の面積が広がり、首が伸び、頭の形が大きく変わり、両足は融合して尾のようになり―――そうして出来上がったのは、全長ゆうに4mを超えようかというゲルで象られた後ろ足のない細身のワイバーンか、翼のついた蛇を思わせる存在であった。更に青かったその身体が見る見るうちに―まるで紀和が生成する爆破型炸裂細胞のような―赤色になっていく光景は、状況が上手く飲み込めない二人を圧倒する。突如として大きく開かれた口の中には歯などなく、人参大にまで成長した線虫のような舌らしき器官が時たまぬらりと顔を出す。
「あぁ、何と言うことだ……まるで1985年のフィドゥキャッカ海峡が如し惨じょ――『放心状態気取ってギャグかましてる場合ですかっ!』
上の空を気取ったまま意味不明な妄言を口走る桃李を慌てた羽辰が抱えてその場から飛び退くのと同時に、紀和の口から赤いゲル塊が砲弾のように吐き出される(その様子は差詰め、竜種が炎のブレスを吐くかのようであった)。吐き出されたゲル塊は通路の床にべちゃりと叩き付けられるのと同時に床どころか通路そのものを分断しかねない勢いで爆発。これを見た二人は、吐き出されたゲル塊が炸裂細胞なのだと理解する。
「兄さん、どうします?流体種が竜種に変形したばかりかブレスまで撃ってきたんですが」
『どうしますってそりゃあ、殺るしか無いでしょうよ。どんな姿になろうと流体種は流体種なんですから、中身は繊維軟骨と頭蓋骨なんです』
「ですね。この先の展開を予想するに変色はあと二つ程残っていそうなので、不安と言えばそこが不安ですが……」
『不安に感じているんなら今にも死にそうな所でボケかますのやめてくださいよ……どうせちゃんと避けるつもりだったんでしょうけど、それにしたって心臓に悪いですって……』
「えっ、兄さん心臓あったんですか?」
『そりゃありますよ。これでも一応有機生命体ですし、生殖器以外の臓器は一通りね……っていうか、揃ってなきゃ困るでしょうが』
「まあそうですが」
かくしてゲルの飛竜と化した紀和と小樽兄妹の戦いは尚も続行されるのである。
次回、本格的に色が変わる!