第三百四十三話 戦うゲスト様-読む前に正体を予想してみよう-
尺は延びたけど、渾身のオチに驚いてくれたら嬉しい。
―第三百十六話より・中央スカサリ学園第二体育館内―
嘗て床や壁を色鮮やかな砂礫の流れが覆い尽くし、如何にも人体に有害そうな粉塵で満ち溢れていた体育館は、今や本来の床や壁面が水に濡れながら顔を出し、低温かつ多湿な大気で満たされていた。何故そうなっていたのかと言えば、それは単に少女聖職者アリシス・エルクロイドと彼女の使い魔の一柱である清楚な美女精霊"ウンディーネ"の尽力があったからに他ならない。
アリシスは自身が水で成される(或いは全身が美しい青色である)通りに流水を司る彼女の力を行使し体育館全域に水滴を降らせることで風に舞う粉塵を吸着させ空気中から消し去り、更に床と壁を覆い尽くす砂礫の流れへ魔力の籠もった水を浸透させそれらを操ろうとしたのである。結果、砂礫のコントロールを奪われることを恐れたハ・セゥによってそれらは引っ込められ、状況は今に至る。
「でいぁぁぁあああ!」
「―――………ンッ!」
イリアの振り上げたウォーハンマー(岩石に剣では分が悪いとの判断により持ち替える形でポイントにより矢に小型爆弾が仕込まれたコンパウンドボウ共々購入)がハ・セゥの深成岩から成る剛腕によって弾かれる。その反動と飛距離は凄まじく、寡黙な男の奇妙な身体に秘められた怪力を物語っていた。
「くッ、あいつ一体何なのよ?妙に細い胴体してる癖に腕力が出鱈目なんだけど」
「イリアさんさぁ、それ魔人の手下やってる一つ目一本脚な奴の前でも言える?」
アリシスは魔人の異名を冠する悪霊にして橘浪華の宿敵・摩甕喪主の配下(="妖将"なる八或いは十名から成る強豪妖怪の一人)である単眼単脚の一本踏鞴・単眼鬼タタラの名を挙げた。身長160cmにして上から75/65/84という体格に94kgの体重を納めた彼女は、可愛らしい見て呉れに見合わぬ怪力で金属製の頭部が自身の頭蓋骨にも匹敵しようかという大鎚を軽々振り回す破壊者にして、優れた鍛造工(武器工)でもある。
「タタラの奴はよく見ると筋肉がヤバいでしょうが。っていうか、問題はあいつよ。どうやって戦えっていうの?何かまた岩人形みたいなの作り出しちゃってるし、何かかなりヤバそうなんだけど」
イリアの指差す先では、ハ・セゥの術によって砂礫から成る使い魔―主に巨人や四足獣等―が作られつつあった。
「とりあえず岩人形をどうにかするのが先決でしょうね。アリシス、精霊達は何て言ってる?」
「イフリートは湿気の所為で火力が下がるし、シルフも風があんまり通用しないからパスだって。ウンディーネはさっきのでかなり消耗してるから休ませてあげないとだし、ラムウも湿気が多いとこっちにまで雷が飛ぶかもしれないからダメだって言ってた。ムーは学園に入ってから何か不調気味だし、アークにも今のままじゃ私に負担かけちゃうからって断られた。だからまぁ、ここは土には土でノームかなって思う。本人も珍しく乗り気だし」
『バハムートとナルは?』
「何か今はその子達に頼る時じゃない気がするの。どっちも相変わらず何考えてるのかわかんなくて話し掛け辛いし」
「よし、決まりだね。アリシス、ノームを召喚して岩人形を奴から遠ざけつつ駆逐してくれ。正面は任せろ、僕が護衛につく」
「わかった」
「イリアさんとエルさんはその隙に奴を鈍器と弓矢で挟み撃ちにして下さい。矢を買い足す分のポイントが無くなったら僕の分を使っていいですから、兎に角攻撃の手を緩めないようお願いします」
「了解」
『その辺は任せて』
かくして作戦は開始された。兄シルナスを護衛につけてハ・セゥより距離を取ったアリシスの要請により、どこからともなく巨大な泥岩塊が姿を現す。この泥岩塊こそアリシスの従える頑固者の精霊"ノーム"である。外見通りに土や岩石を司る彼は、自ら浮遊する小型の球や円柱に分裂してはハ・セゥ操る砂礫の使い魔を次々と打ち砕いていく。時たまアリシス目掛けて飛んでくる礫の弾丸を弾き返すのは、素早いフットワークと無駄のない手捌きで不死鳥の杖を巧みに操るシルナスの役目である。
無論ハ・セゥの魔力によって支えられている砂礫の使い魔はノームの打撃によって破砕こそされるが絶命はしない。だがそれでも修復にはある程度の時間を要するため足止めにはなり、その"足止め"が例え僅かに動きを遅らせる程度のものであろうとも、類い稀なる戦闘センスを持つイリアとエルシトラにとってはそれで十分なのである。
「私が正面から奴を叩くから、エルは背後から奴を湯やで攻撃して」
『それ、何か誤射しそうで恐いんだけど』
「大丈夫大丈夫、あたし薄いし細いから。あいつの影に隠れてたら大丈夫でしょ」
こうして駆け出すイリアを見送ったエル曰く『この時彼女の目にはほんのうっすらと、あくまで幽かに湿る程度に涙が浮かんでいたようないなかったような、真相の程は定かでないがそんな気がした』らしい。
ともあれ行動に打って出た二人は、再生しつつ向かってくる砂礫の使い魔達を時に回避し、時に振り払いながら攻撃を開始する。イリアは両手に持ったウォーハンマーでハ・セゥと激しく打ち合い、その隙を突いてエルシトラがコンパウンドボウにて爆弾つきの矢を放つ。弓という武器の性質上故に隙だらけのエルシトラは砂礫の使い魔やハ・セゥ自身からも格好の的として狙われたが、彼女は自らに備わる天性の戦闘センスにより動作に独自のアレンジを加えることで生じる隙を実質的に揉み消し、流れるような動作で矢を放っていく。
「(ぬぅ……これはいかんッ!)」
ハ・セゥはそれらを何とか防ごうと砂礫の使い魔達に盾役を命じたり、自らの魔術で岩の防護壁を作り出したりと尽力したが、イリアの殴打に気を取られ次々と直撃を許してしまう。そして度重なる爆撃を受けた彼の身体にも徐々に限界が訪れ、遂に深成岩で成されたその身体の一部が吹き飛んでしまう。
立て続けに接合が緩みぼろぼろと崩れていくハ・セゥの身体と砂礫の使い魔を目の当たりにした四人は、彼の死と勝利を確信した―――が、予想は思わぬ形で裏切られることとなる。
「(……何っ……?)」
「(嘘でしょ……)」
「(そんな……)」
「(こんな、ことが……)」
絶句する四人の視線の先にあったのは、つい先程まで彼らがハ・セゥの体組織だと思い込んでいた無数の深成岩と、その上に鎌首を擡げて佇む、全長2m程の細長く白いムカデのような生物であった。
「……よもや我が鎧を砕かれようとは……不覚……」
ゴーレム的なものだと思った!?残念、ムカデでした!