第三百四十二話 戦うゲスト様-皮さえ残らずとも、せめて名は遺していこう-
遂に決着の時!変化・光線・粒子化を使いこなす柵木にアンズはどう立ち向かうのか!?
―前回より・温室内部―
無限に等しい戦闘スタイルの派生を実現する"低燃費型変化魔術"に加えて、高い精密性と出力を誇る"レーザー光線"、和装とタウル骨格の動き難さを補うかのような瞬間移動を実現する"粒子化"を巧みに使いこなす柵木との戦いは壮絶を極め、アンズはただただ圧倒されるばかりであった。
然しながら彼女は幼少期より訓練に訓練を重ねた結果猛者揃いの郷里でも群を抜く実力者として名を連ねるに至ったほどの優れた忍者(即ちオリエントな技術を使いこなす暗殺者兼諜報員)にして、愛する主君(幼き姫君)を救い出すべく立ち上がり、数多の強敵や困難にもただ一人で立ち向かう勇敢な冒険者でもある。そんな彼女は今までの経験から柵木が正面から普通に戦ったのでは―例えカタル・ティゾルに来て以来未だ一切使用していない自身の切り札を使ったとて―到底勝てない相手であるとすぐさま判断。ひとまず攻撃の回避と相手の観察に専念することとした。
その結果として彼女は、柵木攻略の手掛かりになるかもしれない情報を幾つか入手するに至る。
「さてさてお次はなんに化けようかのぅ!獅子、虎、熊、象、鰐、犀、猩々、毒蛇、海豹、竜種と猛獣の類にゃー軒並み化けたし、虫は目が痛うなるけーそう何度も化けるわけにゃーいかんし、CSの生体兵器にも殆ど化けてしもーたからなぁ……こじつけりゃーテラーギガスをあと30パターンばかし残しとるが、この流れでテラーギガスというのも芸がねーんよなぁ……ま、戦いながら考えりゃーええか」
柵木は頭に落ち葉を乗せ、ミズヒキガニのような構造の小ぶりで素早いテラーギガスへと姿を変える。攻略の手掛かりたり得るかもしれない情報の一つは、先程のように変化の対象にバリエーションを持たせるべくあれこれと考え込む際大きな隙ができること――ではない。一度そうと考え悩んでいる隙に斬り掛かろうとしたことが四度ほどあったのだが、最初の一度は粒子化で逃げられ、残る三回は刀を素手で受け止められてしまう形でいずれも失敗に終わったのである。
「(だがあの変化、幾ら手頃とは言えどもそれなりに消費するようだな。遊びでそうしている可能性も高いが、どうやら姿を切り替えるには一旦元の姿に戻り暫くの間時間を置いて術を再発動せねばならんらしい。連続で複数の対象に化けるというようなことはできないと考えてもいいかもしれん)」
アンズはそれをあくまで仮定のまま留めているが、これは変化用の魔力を調整する必要があるために発生する変化魔術の欠陥であった(柵木が意図してそうしているわけではない)。またこの時彼女は気付いていなかったが、変化には『最長持続時間は一律四分三十三秒まで。質量が自身の七倍を超える対象への変化は三回に一回まで』という制約もあった(絶対的なものではないが、無視すると術の安定性が格段に落ちる、消費が倍増する等の弊害が生ずる)。そしてこの欠陥を補うべく柵木が攻撃手段として用いるのが尾から放たれる黄金色のレーザー光線である。
「(次にあの光線だが、あれなどは本当にわかりやすい成り立ちをしている。何せ九本の尾に蓄えた魔力をそのまま光線にして打っているのだからな。しかも一度打つと尾は色が落ち萎み、元通りに脹れ上がり色付くまで光線を打てなくなる。何とかして攻撃を促進させれば一定時間完封することも不可能ではないだろう)」
そうなると"攻撃を促進させる手段"が何であるかが重要になってくるわけであるが、アンズはこれについても見出しつつあった。
「(彼女は言っていた。『植物操作の攻撃をやめたのはお前が黙り込んでしまったからだ』と。その真意を深く読み解くなら、彼女は敵である私との会話を望んでいる筈。その証拠に私がこうして黙り込んでいると、自分の攻撃が一方的すぎて相手に精神的余裕がなくなってしまったのだと思い込みでもしたのか、攻撃の手を徐々に緩めてくる。この逆が有り得るなら、彼女と積極的に会話をしつつ回避に専念すれば攻撃を促進させることができる筈だ)」
仮説は的中していた。しかしそれでもまだ攻略すべき点は残っているが―――
「(但し、これで彼女の主立った攻撃を封じても粒子化で時間を稼がれる可能性もある。しかしそれもまた私の仮説が確かなら攻略可能な筈……そうと決まれば早速行動開始だ)」
行動に打って出たアンズは、柵木に対し如何にも楽しげな態度で様々な話題を振り続けた。それは戦闘関連のものに留まらず、例えば季節の事柄や身の回りでの出来事、過去の経験や趣味なども話題に上がる。一方の柵木はその事によりアンズに精神的余裕が生じたものと判断した―というよりは、会話の楽しさに浮かれて力加減を誤りでもしたのか、派手で巨大な化け物や戦車に化けてある程度暴れ回っては一度に2本や3本もまとめて光線を放つというような、派手な攻撃を繰り返す。当然変化の制約も無視しており、ともすれば急落した術の安定性を補うべく魔力の消費が倍増。変身に用いる分の魔力を使い果たしてしまい、格闘で牽制し距離を取りつつ光線で攻撃するような形へ戦術のシフトを強いられてしまう。しかしそれでも浮かれた柵木は『せめて殺す相手に派手でカッコイイ自分を見せてやりたい』という欲のままに攻撃を遂行。遂に九本の尾全てが限界レベルまで色褪せ萎んでしまう。これぞまさしく、アンズの狙い通りの展開であった。
「(来たッ!幸いにも先程次々と巨獣に変化しては暴れ回ってくれていた所為で温室内は大木が倒れてそれなりに狭くなっている。出入り口も封鎖されたのだから、"行き先"も完封されたろう!)」
アンズは柵木に狙いを定め自らの切り札を発動。彼女の忍者刀が瞬く間に巨大化し、広大な温室をあと少しで両断せんばかりの長さとそれに見合う幅で振り下ろされる。当然柵木は自身の身体を黄金色の粒子と化す事でその斬撃から逃れるわけであるが、これもまたアンズの狙い通りであった。
「(観察を続けたから解ったことだが、彼女は一度に全身を粒子化させることしか出来ないらしい。例えば腕に攻撃が当たりそうだから腕を粒子化、などという事はできないわけだ。更に粒子化からの肉体再構成は元居た位置からある程度離れていなければならず、またあれより小さくはなれない為動きを目視で追尾することも不可能ではない……と)」
アンズは郷里での修行にて鍛えた視力で粒子化した柵木の動きを追いつつ、狙われていることを気取られないよう戸惑っている振りをし続ける。
「(更に彼女は一度肉体の再構成を開始すると、それの完了まで動作の中断とその場からの移動ができない。但しこの間は全身が立体映像や幽霊に近い状態である為、刀で斬ることはできない。また、肉体の再構成が完了してすぐに再度粒子化をすることもできない。更に――)」
刀を元の大きさに戻し鞘に収めつつ、斜め後ろ(後方10m・右に50度)の辺りで肉体の再構成を続行する柵木に、アンズはあくまで気付いていないフリをしつつ背を向けてタイミングを見計らい続ける。
「(更に彼女は恐らく、あくまで推測に過ぎないことだが―――)」
その時が来た瞬間、鞘に収めた刀を後方へ振り抜き再度巨大化させながら、アンズは思わず思案していた事柄を大声で口走る。
「再構成完了直後の瞬間、微粒子が肉体へと変化しきったその"僅かな隙"を突けば、攻撃は必中するッ!」
叫び終えたアンズが次に見たのは、上半身と下半身を巨刀で分断されていながら何故か心底満足げな表情で此方に笑みを向けつつ崩れ落ちる柵木の姿であった。
「よう、見抜いたなぁ……流石じゃ、アンズよ……」
距離も相俟って聞こえるか聞こえないかのか細い声であったが―もしかすれば声など出て居らず、ただ唇が動いていただけかもしれないが―アンズは確かに、喜びに満ち溢れた柵木の言葉を聞き取ったのであった。刀により胴体を二分され絶命した彼女の顔は、死して尚心の底からの喜びに満ち溢れたかのような笑みが保たれいた。その笑みはどういうわけかアンズに"成長し大成した孫の姿を見た陽気な老婆"を思い起こさせた。
「柵木豊穣殿……このアンズ、貴女様の名は決して忘れません。天上の神よ、もし居られましたらどうか、彼女の魂が死後も尚祝福され続けますように……」
座り込んで祈りの言葉を捧げたアンズは、ポイントで購入した御手洗団子―会話の中で判明した彼女の好物(曰く『狐だから油揚げが好物だなどというのはあくまで俗説。油揚げも好きだが一番の好物ではない』との事)―を亡骸の前に供え、素早くその場から去っていった。
次回、T.O.R.O.四神が一人ハ・セゥが動き出す!