第三百四十一話 戦うゲスト様-狐らしさ-
柵木の言う"狐らしさ"とは……
―前回より・温室内―
「そんで出た結論がな、これじゃ」
刹那、彼女の周囲へと軽い音を伴った爆発が起こり、辺り一面が白い煙に包まれた。アンズは咄嗟に目鼻と口を塞ぎ、極力煙を吸わないように何とかやり過ごそうとする。幸いにも煙はごく短時間で跡形もなく消失したために、アンズは視界を取り戻すに至る――が、そこで彼女は驚くべきものを目の当たりにする。
「んなッ……まさか……」
視線の先に彼女が見たのは事も有ろうに――頭髪から衣類から瞳から、皮膚以外の全ての色が反転したかのような――所謂"2Pカラー"の自分自身であった。此方に怪しげな笑みと視線を向けているそれの存在感に、アンズの精神は恐怖と疑問と不安の入り交じったような得体の知れない感情によって蝕まれつつあった(幾らレズビアンの彼女とて、流石に色が違うだけの自分自身にまで欲情できるほど狂ってはいない)。『これは一体どういう事か』――必至で考えを巡らせるが、考えれば考える程に得体の知れない感情は肥大化していき、遂に刀を持つ手も震えだしてしまう。
「不安か」
ふと、"アンズに似た何者か(以下"偽者")"が口を開いた。その口振りは如何にも挑発的で相手を嘲り煽るかのようであり、さして含みがあるわけでもないシンプルな言葉であるにもかかわらず―寧ろ"シンプルであるが故に"とでも言うべきか―若き忍者の不安を掻き立てる。
「まあ、不安だろうな。そして恐く、わけが理解らないんだろう?」
余りにも的確な"偽者"の言葉に、アンズは負わず押し黙る。自分とまるで同じ声を発する自分でない存在による深層心理を見透かしたような薄気味悪い言葉は、彼女の闘争心や戦意を徐々に奪っていく。その様子を見た"偽者"は、歯を見せてにたりと邪悪にほくそ笑ま――ない。寧ろその顔は何とも残念そうであり、まるで自らの失敗を悔いているかのようであった。
一体どうしたのかとアンズが様子を伺っていると、"偽者"は盛大に溜息を吐き、項垂れながら口を開く。
「はぁ~……やってしもーた……」
落ち込み頭を抱える"偽者"の標準語らしからぬ喋りに聞き覚えのあるアンズの脳裏に、ある仮説が浮上する。
「(この偽者、まさか……)」
「……何か反応欲しゅーて化けたのにから、逆効果じゃーねーか……」
偽者が両手で側頭部を掻きむしるのと同時に、頭髪の一部が盛り上がって中から黄金色の三角形が二つ顔を出す。続いて尻の辺りが膨らみ、スカートの中からふさふさの尻尾らしきものが生えてくる。その様を見て、アンズは確信した。
「柵木……豊穣……」
アンズがその名を口にした瞬間、頭を抱えていた"偽者"の動きがピタリと止まる。続いて間接部の軋んだ機械のような動きで顔を上げると、どこか誇らしげで嬉しそうな顔で声高らかに言い放つ。
「ふっ、よくぞ見破ったな!いかにも、妾こそクロコス・サイエンス事務総長にして"反乱の四凶"が一人・柵木豊穣じゃ!」
最早分かり切ったことを堂々と名乗りつつ、"偽者"―もとい、アンズに化けた柵木はその変化を解除する。再び軽い音を伴った爆発が起こり、小規模だが真っ白な煙が発生する。煙はやはり異様に素早く晴れ、そこには和装に身を包んだ小柄な九尾狐のタウルが佇んでいた。
「さて、茶番も済んだところで早速種明かしと行こうかのう。とは言え、何から話しゃーええのやら」
「……とりあえず、貴女が何らかの術で私に化けたということはわかりました。頭に落ち葉を乗せて煙が出るという、昔話そのもののような動きでしたが」
「おう、そうじゃな。言うてしまうとあれは妾の産まれであるヤムタ東部で古来開発された魔術の一種でな。神話や童話、伝承の類で狐、狸、猫、川獺、蝦蟇やらが様々なもんに変化する話に因んで、それらの実現は可能かとの考えに由来するらしい。まぁ他の地方でも似たような話や術の類はあるらしいが、純粋な性能に関してはヤムタのもんが随一じゃろうて。聞くところによると余所のスタンダードは"自分以外を根底から変化させる"ことに特化しとるばーに時間と消費がでーれーかかるらしいが、あくまで本質残した状態で自身を変化させるようにすりゃーせーほどでもねーからな。そもそも元よりヤムタは他とちごーて再利用と倹約を優先する民族性故、魔術も低コストのもんがおいーんじゃ。因みに頭へ葉っぱ乗っけるんは妾の趣味であってやらんでもええ。単なる雰囲気付けじゃ」
「成る程。確かにそれは立派な"東の狐らしさ"で――――ッッッッ!?」
突如としてアンズの話を遮り耳元を掠める、黄金色の光線。アンズはそれの正体が柵木と遭遇した際に自身の顔面を掠めた光と同質のものであることに気付く。現に―一瞬しか見えていなかったので不確かだが―光線の発生源は柵木の尻尾であるかのようだった。
「せーでまぁ説明も終わったことじゃし、そろそろ仕切り直すとしょーじゃねーか」
柵木の声を聞いたアンズは応じるようにすぐさま身構えるが、視線の先に柵木の姿はない。
「おぅおぅ、どっち向いとんなら。そっちじゃねーぞ」
再び声がした方へ振り向くと、そこにはしたり顔の柵木が佇んでいた。下半身が黄金色の輝く粒子より再構築されつつあるため、厳密には"浮いていた"という表現の方が正しいかも知れないが。
「(変化のみならずレーザーに瞬間移動……楽に終われそうにないな、これは……)」
かくして戦いは尚も続いていく。
次回、アンズの観察眼が柵木の動きを暴く!?