第三百四十話 戦うゲスト様-多趣味老狐ませキ-
高性能婆ちゃん・柵木豊穣の力とは!?
―第三百十八話より・広大な温室にて―
通路にて勃発したレズビアン忍者・アンズと、クロコス・サイエンスの事務総長兼"反乱の四凶"が一人・柵木豊穣との戦いは、場所を通路から温室に移して尚続行中であった。
「そら行け!絡め取って潰すんじゃ!」
「くッ!またこの蔓かッ!」
柵木のかけ声一つで、温室内にて育てられていた麻縄ほどの太さをした植物の蔓がアンズ目掛けて襲い掛かる。アンズは持ち前の身体能力でそれらを華麗に回避しながら忍者刀で次々と切り伏せどうにかやり過ごすが(幸いにも植物にしては再生能力がさほど高くない種らしく、傷付けばすぐに引っ込んでしまうためどうにか対処は楽だった)、辺りが静けさを取り戻して尚、彼女の表情は曇ったままであった。
「(……次はどこだ?どこから何が来る?)」
「おうおうおう、そう恐い顔をするんじゃねー。ちーたぁリラックスせんかい」
険しい顔のまま周囲を警戒しつつ身構えるアンズに、柵木は(悪意のない純粋かつ無駄な厚意に基づく形で)言葉をかけてやるが、裏目に出たのか余計警戒心を強めてしまう。どんどん険しくなっていく敵の顔色を伺いながら、柵木は心中にて思案する。
「(……黙ってしもーた。そりゃあそこまでの攻撃を受けりゃー普通そうなるじゃろうが、実際に黙られるとなんとも複雑な気分じゃのう。例え殺すにしても面白そうな敵とは積極的に喋りたい系ロリババアじゃし、妾……やはり幾ら楽しいからといっても、これは自重すべきじゃったかのう……)」
柵木の言う"自重すべきだったこれ"とは、彼女の体内に仕組まれた小型機械による攻撃のことである。左手薬指の根元辺りに組み込まれているこの機械には特定の指の動きによってのみ作動するスイッチがついており、これが押されると社内の植物達の中枢ににある種の信号が送られる。その信号とは柵木の脳波や思考を組み替えたものであり、これにより彼女は温室内に限らずクロコス・サイエンス敷地内に存在するあらゆる植物を従え操る事ができるのである。
「(趣味が園芸っちゅうだけの理由で四凶になる時組み込まれたこのスイッチ……最初はなんとも思っとらなんだが、実際に扱ってみると楽しすぎてやめれんけぇなぁ。はぁ……せーにしたって何か言葉発してくれてもええんじゃねーかのう。合間合間にちょいちょい会話しーしー戦うの、漫画みてーで格好良うて好きなんじゃがなぁ……やっぱり割り切って殺すしかねーんじゃろうか?でもああいう面白いんは普通に殺すのが惜しゅうて敵わんでぇ……)」
―解説―
狐系禽獣種・柵木豊穣。147歳という"反乱の四凶"最年長の構成員である彼女は、元々ミルヒャ・ハルツの入社前よりクロコス・サイエンスに勤めている古株の事務総長である。現在の少女然とした霊長種寄りの容姿、九本の尾、タウル型の骨格などといった形質は強化改造手術の結果得たものであり、元々は黄金色が色褪せて尚―例えるならば、真面目で愛情深い飼い主によって育てられた健康な長毛種猫が如しとでも言うべき―至高の感触と極上の毛並みを維持し続けている最上級の毛皮に身を包む二足歩行の老狐といった容姿であった。
ただ、老婆とは言えどもそこは禽獣種。身体能力は我々ホモ・サピエンスの常識を遙かに超えており、学力やデスクワーク能力の高さもあり入社当初から文武両道の才女として一目置かれる存在であった。
そんな彼女の趣味は先程本人が述べた園芸の他、食べ歩き、創作料理、登山、釣り、インターネット上への動画・イラスト投稿、オンラインゲーム等多岐に渡る。そしてこういった趣味で彼女が目指す目的の中には必ず"他者との会話がしたい"という願望が含まれている。遠出も創作もインターネット上での活動も、全ては他人との繋がりを持ち会話を楽しみたいと思うが故であり、その会話願望は交戦中の敵が相手であっても変わらない。どころか寧ろ"敵であるからこそ会話してみたい"とさえ思っており、彼女の喋り好きは(年齢故の冷静さが加わって尚)凄まじいものと言えた。
―そしてこの社交性の高さもまた昇進に一役買ったのは言うまでもない―
「(むーん……名残惜しいがしゃーねーわ、戦術変えるか)」
「(あれ以降立ち止まったまま動かん……だと……?えぇい、柵木豊穣とやら、一体何を考えている!?次は何をしでかすつもりだ!?また蔦で絞め殺しに来るのか?どぎつい色の花から毒針を飛ばしてくるのか!?事ある毎に痛い攻撃ばかりしおってからに!もっとこう、快楽系の攻撃とかはできんのか!?エロ同人みたいに!エロ同人みたいn――「なぁ、女よ」――!?!?!?!?」
思案中唐突に声をかけられたアンズは、思わずその場で狼狽する。
「おう、落ち着かねーか。別に蔦や毒の花で攻撃しょーっちゅうんじゃねー。っちゅうかもうあの攻撃はやめにしたんじゃ、安心せぇ」
「……やめにした?」
「そうじゃ。ついやりすぎっちもーてから、おめーも黙り込んじまうけぇやめたんじゃ」
「……その言葉、本当ですか?」
「ほんまだとも。何なら証明として今ここで、種明かしついでに二度と植物を操れんようにしてもええぞ。ゆーて、妾自ら左手の薬指ぶち抜くだけじゃけどなぁ」
言いつつ薬指を引き抜こうとする柵木を、アンズは慌てて止めた。幾ら敵とは言え、自分好みの美少女が自ら指を引き抜くなどという蛮行は断じて許されない為である。『貴女の言葉を信じます。例えそれが嘘でも構いません。ですからどうか、ご自身でお身体を傷付けるような行為はやめて頂きたい』という具合に説得された柵木は『そうか。ほんならやめとかァ』と、あっさり承諾。本題を切り出しに掛かる。
「そうやー思いでーたんじゃけど、まだおめーの名前聞いてなかったよな。なんっちゅうんじゃ?」
「はい、アンズと申しますが」
「アンズか……花なら"はにかみ"や"疑い"、実なら"気後れ"……どうにもしっくり来ねーのう」
「……何のことです?」
「植物の方の"杏"が持っとる花言葉じゃ。あと"乙女んはにかみ"とかゆー『せーおめー"はにかみ"となんがちごーとるん?』なんて突っ込まんにゃおれんようなもんもあるが、そもそもおめーは"乙女"っちゅう柄じゃねーし」
「ちょっと、今何か地味に傷付いたんですけど」
「気にするこたーねー、どうせ言葉の定義やこ曖昧なもんじゃ」
「いや、そういう問題では……」
「そういう問題っちゅー事にしとけ。その方が気楽でええぞ」
自分から望んでいた会話を強引に終了させた柵木は、傍らに落ちていた広葉樹の葉を摘み上げながら言う。
「正直思ったんじゃ、植物操作なんて狐らしゅーねーってな」
「……?」
会話の流れを無視した柵木の言葉に、アンズは思わず当惑し――直後の行動を見て、驚愕の余り絶句する。
「せーで、じゃ。"狐らしさ"たー何かと考えたんじゃ。厳密にゃー"極東の狐らしさ"かのう」
そう言って柵木は拾い上げた木の葉を頭の上に乗せ、獣めいた両手で器用に印を組んだ。
「そんで出た結論がな、これじゃ」
刹那、彼女の周囲へ軽い音を伴った爆発が起こり、辺り一面が白い煙に包まれた。
次回、柵木が見出した"狐らしさ"とはやっぱり"アレ"のことで……