第三十四話 繁が何か主人公っぽい事に挑むそうですよ
但し何をするのかは不明!
―前々回より―
壮絶な魔術合戦は尚も続いていた。香織とクェイン、赤と青とで対を成す二人はどちらも古式特級魔術を習得する程の達人でこそあったものの、この手の戦闘に用いられるような『攻撃魔術』についてはからっきしであった。
しかしだからといって相手に攻撃を行えないという訳ではなく、方や常軌を逸した変形を続ける建物で、方や宙に浮かぶ雑貨や瓦礫で、相手に執拗な攻撃を続けていく。
「封獄式、六角触腕柱!」
香織の放つ魔術により変形した床材と天井から細い六角形の棒が無数に伸び、クェインの中枢を貫かんとする。
「効かぬわ!チョーク・バレットォ!」
それを巧みに避けたクェインは、箱入りチョークを空中で砕いて再結合させ、それを散弾のようにして放つ。散弾として放たれたチョークもまた香織操る不定型なテーブルによって防がれ、その脚が無数の鋭い針となってクェインに襲い掛かる。しかしその針もクェインは巧みに避け続け、体内に残った針は吐き出す序でに香織に放つ。
とまぁ、ざっとこんな流れがもうかれこれ出会って以降一時間半以上も続いていた。途中、多少ばかり長めの会話休憩(三十二話参照)を入れてこそ居たものの、それでも戦闘時間が長い事に変わりは無かった。
そしてこんなに長い時間をかけていながら、未だに両者一歩も譲らぬ拙戦が続いていた――『どちらが有利か』と問われたなら『一概に断定的な回答は出せそうに無い』という回答が精一杯なほどに。
兎も角二人の戦いには、よくある魔術師の持つ魔術そのものの『美しさ』だとか『健全な迫力』等というものはない。よくある変身や召喚を行うにしても『幻想的』である以前に『暴力的』であり、また『ユーモラス』である以前に『ショッキング』である為、児童向けアニメや少年誌にはまず向かないような戦いが繰り広げられていた。
―一方その頃―
遙か上の階で戦っていたのは、繁と桃李であった。
「お前のヴァーミンの正体はともかくとしてその姿は何だぁ!?」
突如姿が大幅に変貌――というより、全く別物とでも言うべき姿になった桃李に、繁は問う。然し、それに対する桃李の答えは実に暢気なもので
「あぁ、これですか?まぁ何というか、保有者が己のアイデンティティを自覚し始めた際の姿とでも言っておきましょうか」
「アイデンティティの自覚!?曖昧過ぎんだろ! つうかお前、霊長種と見せかけて実は擬態してた外殻種でしたってオチか!? あぁ!?」
珍しく取り乱す繁だったが、彼が取り乱すのには当然、明確な理由があった。というのも、現時点での桃李は『後頭部から緑色のポニーテールらしき毛の束を棚引かせた細身のゴキブリ型ヒューマノイド』とでも言うべき姿を取っており、以前の面影が殆ど無いに等しかったからである(あって精々声と頭部の体毛程度)。
「まぁいいや、お前のヴァーミンの正体についての目星はついてんだ」
「ほぉ……では貴方は、私のヴァーミンの象徴と能力詳細についてどのようにお考えで?」
「その姿から見るに、象徴はゴキブリで間違いあるめぇ。で、肝心の能力詳細だが……『温度』だろ? 際限なく油っぽいのをどっからか出すってのも確かに能力だろうが、あくまでオマケ程度のモンでしかねぇ。その本質は物体の温度を自在に操作して、燃焼や凍結を引き起こすことにある……違うか?」
「…流石ですねぇ、象徴は兎も角そこまで見抜くだなんて、やはり貴方は別格ですよ。私の『ヴァーミンズ・シェースチ コックローチ』は、ゴキブリの象徴を持つ第六のヴァーミン。厳密に言えばこの『ローチスリック』の量にはそれなりの制限がありますし、分泌も身体の一部に存在する油膜腺からしか生成出来ませんが、ほぼ正解と言って過言ではありません」
「ワイバーンや俺の足を止めたのも、その油か?」
「えぇ。ローチスリックは高い可燃性を持つ一方、冷却して凝固させるとポリエチレンテレフタラートにも匹敵する強度を得るという、奇妙な性質を持っています」
「PETか、どうりで硬いわけだ。ワイバーンが抜け出せないのも頷ける」
「それを抜け出す貴方はどうなんでしょうねぇ」
「気にしたら負けだ」
そう呟いた繁は、両腕を斜め下30度程に伸ばし、掌を背面に向け、右膝を僅かに曲げた。
「……一体何を始めるんです?」
そんな桃李の問に、繁は軽々しく答える。
「さて、何かねぇ。ただ一つ判る事があるとすりゃ……この構えはさっきお前が取った奴を、俺流にアレンジした奴だって事だ」
その時繁は、全身の血管が脈打つような感覚に襲われていた。
―一方その頃―
「ぎぃやっはぁああああああ!何でこんな事になってんのぉぉぉ!?」
学校などでしばしば見かける『廊下走るな』の掲示も無視して廊下を全力疾走するニコラ。そんな彼女の後を追い回すのは、極太の木材で尻の穴を掘られ怒り狂うラクラ―ではなく、ニコラの身長の倍以上程もある直径の、岩石球であった。
「一体何なのよこれはっ!?何!?古典的な防犯装置!?古典的過ぎるわぁっ!一体何処の古代遺跡よ!?」
如何なる原因によっても死ぬ事の無い不老不死であるニコラであったが、彼女の神経細胞はいつ何時とて正常に作用していた。つまり彼女の体質は『死にさえしないが、痛みはしっかり感じる』という厄介なものである。
とは言え、『嘗て自身の身体で人体実験を行ったニコラが何故死を恐れるのか』等と疑問に思う方も居る事だろう。確かにニコラは嘗て自身を用いた人体実験を、苦痛も含み存分に楽しんでいた。しかしながら彼女は、どういったわけか実験によるものでない苦痛を楽しめないのである。
これは彼女自身にとっても不明瞭な事柄であり、明確な答えは出せない。
さて、そうこうしている間にもニコラと岩石球との不毛な追走劇は続いていた。
「しかし本気で何なのよこの岩っ!?曲がり角減速無しに余裕で曲がるわ、上り坂だろうと平然と猛スピードで転がるわ、廊下に面した部屋に隠れても追って来るわ、突っ込んでも突っ込み切れないのよ!」
等と叫びながらもどうにか逃げ続けていたニコラであったが、ふと何かを踏ん付けて足が滑る。
「あっ」
ニコラがそれに気付こうとも、最早状況は手遅れであった。廊下に落ちていた惣菜パンの袋で大きく滑った彼女の身体は、忽ち岩石球によって潰され、そのまま張り付いてしまう。
結果としてニコラは、岩石球に張り付いた状態で再生しては潰され、また再生しては潰され、という悪夢の如し無限ループに陥ってしまった。
そしてそのまま、岩石球は転がり続ける。行く先に何があろうと、決して止まりはしない。
次回、繁に新たなる力が!