第三百三十九話 戦うゲスト様-両断サラマンドラ-
決着!決着!決着!
―前回より・サッカー場内―
「ぬふはハハハハははァっ!どうした小童共ォ!貴様等の実力はその程度かァ!?」
自らを守る合金の装甲を脱ぎ捨て、残る一生のほぼ全てに等しい莫大な寿命を代償として支払った神下が得たものは、他の追随を一切許さんばかりの凄まじい身体能力であった。その打撃は焼け焦げたサッカー場の地面や壁面を大きく抉り、スキップ程度で凡そ30mもの長距離跳躍を実現し、移動速度は肉眼での目視を殆ど許さない。それほどの身体能力で追い立てられながら、囮役である凛と結花は未だ彼女の攻撃を一切受けていなかった。だがそれでも、神下の猛攻は止まらない。
「我が醜悪なる真の姿に怖じ気付いたか!?逃げ回ってばかりでは何にもならんぞ!」
筋肉繊維の剥き出しになった神下の全身から血が滲み、黒くなったサッカー場の地面に湿った鉄臭い足跡を残す。身体から上がる湯気は更に濃度を増し、大気中からの酸素供給に特化した形態でありながら彼女の息は加速度的に荒くなっていく。元より安定性や整合性など度外視で設けられた急拵えの身体機能をフル稼働させたことにより、肉体へ度を超えた負荷がかかっているのである。
ともすれば神下は現在進行形で全身を莫大な致命傷によって蝕まれているわけなのであるが、それでも彼女は臆することなく眼前の獲物を追い回し続ける。この身体となって以来ずっと心に秘めていた"装甲を完全に脱ぎ捨てて思うまま好き勝手に暴れ回る"という生涯最大の願望が成就された今の彼女にとって"己の身体一つで戦う"という以外のことなどは最早どうでもよく、最早考えてすら居ないのである。
―同時刻・上空―
「(ふん……肉眼では捉えることもままならないあれを、ここまで鮮明に捉えられるとは……)」
上空にて飛行ユニットの翅で滞空するのは、装備と化したメガネウラのラガンを身に纏う聡子であった。その目元には前回終盤に登場したバイザーが展開されており、神秘的かつSFチックな身なりをより一層引き立てている。
【どうです聡子さん?あたいったらあんまり目が良くないもんで下の方がどうなってんだかまるでわかんないんですけど】
「あぁ、よく見えているさ。奴の向かう方向から手足の動き、更には筋肉や欠陥の細かな脈動までもな……流石の動体視力だよ」
緑色のバイザーによって原蜻蛉目の巨大な複眼に由来する優れた動体視力を得た聡子の視界には、サッカー場にて暴れ回る神下の姿がスローモーション映像のように映り込んでいた(一方のラガンは元々純然たる視力が低い部類だったので暗闇の中で神下の動きを捉えることは叶わなかった)。
暫く神下を目で追ってその動きに慣れた聡子は、滞空状態を維持したまま昆虫のような意匠のある狙撃銃を構え、狙いを定める。標的である神下の動作を見越しに見越した一発が放たれたのは、構えが取られてから僅か32秒後の事であった。
【(よし、行ったッ!)】
ラガンは心中で―標的を目視することさえできないにも関わらず―弾丸が脳天へ的中することを確信した。だがその"確信"は一瞬にして脆くも崩れ去ることとなる。
「―――ふんッ!」
湯気を上げながら疾走する神下の頭へ―聡子の想定と寸分も違わずに―直進する、狙撃銃の弾丸。如何にも神下の頭を撃ち抜き絶命させそうなそれを、しかし彼女は左手の一振りだけで塵のように払い除けてしまったのである。
「甘いわァッ!竜属種の五感と反射神経を舐めるでないッ!上空から狙撃したとて我が肉体に傷一つ付けさせはせぬッ!」
【嘘、弾かれた!?】
「狼狽えるなラガン。この程度のことは想定内に過ぎん」
弾丸を弾かれようともあくまで冷静な聡子は丁度尽きた弾丸を再度装填し、銃口を神下へ向けて引き金を引く。放たれた弾丸は連続で5発。その全ては一瞬にして神下に払い除けられてしまったが、それでも尚聡子は一切動じずに―まるで払い除けてくれと言わんばかりに―弾丸を装填しては神下を狙撃し続ける。一方の神下は凛と結花を追い回しつつ迫り来る弾丸を手足や尾の一振りで払い除け続けたが、ふとしたミスで一発を右肩へ受けた辺りで弾丸への対処に専念すべく立ち止まる。
チャンスとばかりに結花が掘削にも使った金属製の蛇型使い魔を複数放ち凛が雷撃の準備態勢に入るも、神下は後ろ手に全ての蛇型使い魔を掴み取り、合金装甲込みで成り立っていた発火装置の名残である発熱により瞬く間に溶かし、両者へ攻撃の隙を許さぬスピードで両掌に溜まった湯(この場合、融点を超えた高熱により液状化した金属のこと。本来は鋳造にて用いるものに限りこの名称を用いる)を二人目掛けて投げつける。
湯は液体らしからぬ銀色の塊となって凛と結花目掛けて飛来するが、二人は難なくこれを回避。続けて攻撃を試みるも、今度は聡子の放つ弾丸を両手で受け止めては溶かして攻撃用の湯として小分けかつ飛沫状にして投げつけてくるため、まともな攻撃の隙すらない。一見延々と続く泥仕合にしか見えない状況、神下は虎視眈々と逆転の機会を狙っていた――が、戦いはその機会を迎えぬままに決着する。
「(ふん、そろそろ頃合いか……どれ、ここいらで奴らを一気に仕留めて―――――み゛ッッッッ!?」
突如神下の背に走る、凄まじいまでの痛み。ふと見れば、眼前の空中に浮いていた女は狙撃をやめ地面に降り立っている。戦いを放棄したのか、或いは戦う必要性が無くなったのか―神下が考えを巡らせようとした途端、彼女の身体は左肩から左肩から斜め65度の角度で両断されていた。
「処分完了、っと」
背後から斬られた神下が絶命の寸前に聞いたのは、自らを斬った張本人―クアル・ハイル構成員の少女・エリニムの、余りにも無機質で事務的な一言であった。
かくして苦戦の末に神下を打ち破った四人は、ひとまずの休憩場所を探すべく焼け焦げたサッカー場を後にした。
次回、アンズVS柵木!