第三百三十八話 戦うゲスト様-捨炎サラマンドラ-
脱いだら凄かった!?
―前回より・サッカー場―
「見たかッ!?見てみろッ!これぞ我が真の姿!己の命をも一時の全力に捧ぐ、まさしく捨て身の構え也ッ!」
装甲を脱ぎ捨てた神下の"真の姿"は、その場に居た四人(及び一匹と一頭と三匹)を絶句させるに十分なほどおぞましいものであった。
勿論彼女の全体的な骨格構造こそは璃桜と同じような"翼を持たない竜属種"なのではあるが、問題はその外皮にあった。本来竜属種の外皮とは、ガランのような鱗かランゴのような甲殻か、或いは璃桜やデッドのような薄くも柔軟で強靭な皮や珍しいところでは羽毛・体毛等が普通なのであるが、この神下矢留という女にはそれらの類がまるで見受けられない。その外皮―否、"外皮"というより"体表面"といったような表現の方が適切だろうか―は、血塗られて脈打つ剥き出しの筋繊維と血管によって成されている。更にその随所には開閉する孔のようなものの列なりが幾つも見られ、それらはまるで各部位ごとに呼吸をしているかのようでもあった。
その恐ろしげな姿を簡潔に言い表すならば、拷問によって生きたまま皮を剥がれようとも決死の根性で生き残った竜属種の罪人とでも言うべきか。血で湿った身体からは目に見える形で湯気が立っており、彼女の体温が高いことを物語っている。
「恐ろしい―――否、おぞましいと言うべきか。まさか鎧の中がそうなっていようとはな」
「驚いたか!?驚いたろう!?驚いたであろうよ!驚かずには居られまいて!」
神下はオペラよろしく一言で済むような事を一々大声で何度も繰り返し、しつこいほどに叫ぶ。
「そもそも我は元々ノモシア北部の陸軍にて歩兵をしていた所を諸事情あって職を失い紆余曲折あってエレモスへ流れ着き!ダンパー理事長に拾われ中央スカサリ学園の北西流軍隊式格闘術部で実技講師として使って頂いていたッ!さして自慢にもならんがその頃は蛋白石のような輝きを放つキメの細やかな美しい鱗を持っていてなッ!酒の飲み過ぎでポックリ逝ってしまったのを機に四凶として蘇った後もその輝きは衰えなかった!」
「しかし、貴女はその鱗を失ってしまうことになった……と」
「そうだ!コトの起こりは四凶になって直ぐのこと!ふとした事故により火達磨となってしまった我は生来のしぶとさにより命こそ取り留めたが、全身の皮膚を失ってしまってな!如何なる方法を以てしても再生不可能であったその傷を覆うべく失われた外皮を金属装甲にし、嘗ての苦痛と恐怖を乗り越えるべく体内に内燃機関と発火装置を組んで頂くよう頼み込んだのだ!序でに耐熱性も強化して頂いた!これで黒点ならば大陽へ丸一週間漬かっていても難なく耐えられる!流石に十日目を過ぎると装甲が柔らかくなり始めるので危ないがなッ!」
余りにも法螺めいた話を聞いた一同は『大陽まで行ったのかお前は』等と問いかけたくて仕方なかったが、必要以上に話を長引かせたくはないために断じてそれを口には出さなかった。
「だがこの金属装甲には欠点もあった!というのもこの金属装甲、分厚く重く硬いのだ!それは確かに我に弾雨にも耐える耐久力や大岩をも砕く打撃力を与えてはくれた!だがその代償として、敏捷性や柔軟性は奪われてしまっていた!格闘士であった我にとってはそれが何より残念でならなかったのだ!」
その割には焼くのが好きと言っただろとか言ってはいけない。
「故に我は何とか装甲を脱ぐ口実を考えた!医者は脱げば余命が二時間にも満たなくなるとは言ったが!火炎が無力化された際の!ここぞという時の切り札としてもう一押し必要なのだと頼み込んだ所隠された皮膚に無数の呼吸器を備えてくれてな!一度外して外気を取り込めば飛躍的に身体能力を向上させられるというカラクリよッ!」
言い返す隙も与えぬまま、神下は尚も喋り倒す。
「ずっと心に決めていた!この学園に仇為す者は何であろうとこの炎で焼き殺すと!そして決意していた!仮にこの炎が封じられたのなら、命を賭けてでもこの姿になって殺して見せると―――なあッッ!」
跳び上がってからの神下は、まさに圧倒的と言うに相応しい身体能力と、そこから繰り出される素早く隙のない打撃で四人へ向かっていく。聡子の弾丸を滑らかに避け、凛の雷撃を散らばった金属装甲を盾に難なく受け流し、結花の蛇型使い魔やエリニムの刃物をも無駄なく防御していく。
―以下、神下と交戦しながらの通信―
「あいつ、あんな素早かったっけ?」
【いや、全然】
【寧ろ動いてさえなかったよな】
【辺りを燃やすコトばっかり考えてたみたいだもんね】
「真の姿とか言い出したらやばくなるのはよくあることよ。私もそんな吸血鬼を知ってるわ」
「それにしたってインチキ過ぎじゃあ……」
【避けることに専念し過ぎてこっちからの攻撃も当たらないしねぇ】
【最早泥仕合確定でやんす。もう素直に寿命でくたばって貰うのを待つしか――「いや、そうでもないぞ」
諦め混じりなラガンの言葉を淡々と遮ったのは、何やら有効な策を思い付いたらしい聡子であった。
【そうでもないって、一体何をするんで?】
「ああ、狙撃銃と飛行ユニットに次ぐ第三の装備を使うんだ」
【第三の装備?そんなのありましたっけ】
「何だラガン、把握していなかったのか?まぁいい、この際だから実際に見せてやるとしよう」
聡子が腰にある数字キーに素早く装備展開コードを入力すると、彼女の目元へ透き通った緑色のバイザーが展開される。無数の六角形が敷き詰められたようなそれは、色も相俟ってそれこそ"眼鏡"にも例えられるトンボの複眼を思わせた。
「よし。これさえあれば大丈夫だ。ひとまず凛と榊原は奴を引きつけ、エリニムは二人の対角線上に陣取る形で奴の背後をキープしてくれ。私の予想が外れなければ、寿命を待つまでもなくあの騒がしい女を効率的に始末できるだろう」
かくしてサッカー場の戦いは漸く最終局面へ突入する。
次回、遂に決着!