第三百三十六話 戦うゲスト様-暑苦しいが故の-
ラガンさんのコレじゃない感がパネェ
―第三百十六話前半部より・焼け焦げたサッカー場―
「ふンむ!これはこれは!火炎とは燃え盛る様こそ至高だが、さりとて燃え尽き焼け焦げた風景というのも中々に悪くない!いや寧ろ、風情があっていいとさえ思えて来ようぞ!」
あれから後、兎に角派手好きで騒がしい矢留の性格をありありと反映するかのように広範囲へ無差別に放たれた火炎という火炎は、強固で高い耐熱性を誇るはずの特殊合金と樹脂で形作られたゴールの枠組みを跡形もなく溶かし、高い生命力を誇る常緑の天然芝や理論上は誘導弾の衝突にも耐えるとされたゴールネットさえ実質消滅したに等しいほどに焼き尽くした。
大士を除く"チームさとてん"の三人(及び彼女らの装備である五名のネオアース民)とエリニムは、実に無差別かつ傍迷惑極まりない矢留の火炎攻撃に圧倒されるばかりであった。途中、何とか気転を利かせ飛び道具持ちであった聡子・凛・結花の三名と、刃物による接近戦に秀でるエリニムとで分担して遠近両方から矢留を責め立て仕留める作戦に打って出てもみたのではあるが、無差別な火炎噴射は遠距離からの弾丸や電撃、蛇型使い魔の群れをも焼き尽くし、熱せられた合金の外皮は刃物も通さないほどに強固であり、結果として作戦は失敗に終わってしまう。
その後の戦況はまさしく矢留による独壇場或いはワンサイドゲームの一言に尽きた。出力減退がないまま広範囲へ及ぶ火炎攻撃は聡子と凛に迂闊な飛行を躊躇わせ(当然ながら脱出も不可能に思われた)、場内に充満する凄まじい熱気は熱心なバンド・ギャルとしての活動で培われた結花のスタミナをも奪っていく。幼くして"クアル・ハイル"に所属し様々な作戦をこなして来た敏腕構成員であるエリニムもまた例外ではなく、寧ろ他の三名より若く小柄であるが故その苦しみは計り知れない。
四人はせめてもの抵抗として散り散りになってサッカー場内を逃げ回りどうにかこうにか逃げ延びていたが、火炎攻撃の外れ方は妙に不自然なようでもあり、矢留による"実力軽視"や"容赦"を臭わせた。
そして現在、熱により体力を消耗し、熱気を吸い込んでしまった事により軽度の気道熱傷(高温の気体や煤を吸い込んでしまった事で上気道や気管に負う火傷)にまで陥った四人は、焼け野原となったサッカー場にへたり込んでしまっていた。
「……ぅ……ぁぁ……熱、い……い、たい……」
「………ンの、鉄トカゲ……生きてる事、後悔させてやる……」
「痛みで、救うんじゃ……ないの……?」
「いや待て、結花……こうまでされれば、救う気も……失せよう……」
【四人とも、あんまり無茶して喋らない方がいいわよ】
【そうですよ。気道熱傷は軽度のものでも下手すれば窒息などに繋がりかねません】
【その上君らは一種の熱中症も併発してしまっているからね】
【いや、熱中症よりももっと酷えだろこりゃ。まあ何にせよ、やむを得ない状況以外じゃこの場で安静にしとくしかあるめぇ……ミューズ、注文の品はまだ届かねえのか?】
【もうちょっと待って。今さっきジーンお姉ちゃんが転送してくれたから、もうそろそろ届くと思う】
ハッチーの言う"注文の品"―もとい片腕一抱え程の紙箱四つが転送されて来たのは、その直後のことであった。
【さて、聡子さん。いっそ眠るぐらいの気持ちで身体の力を抜いて下さい】
「……何をする気だ?」
【皆さんを治療するんですよ。その為にはモノを物理的に掴める生身の身体が必要になりますので、貴女の身体をお借りしようかと】
「そうか……だが待てラガン、その程度の事ならば、お前の手を煩わせるまでもない……私が何とか―――ッッッッッッ……」
言葉を言い終える間もなく、脳が高熱で激しく煮える(或いは長時間に渡り蒸される)ような感覚が聡子を襲う。彼女は外傷こそこの場の四人の内最も軽い。だがその反面、最も体温上昇に苛まれているのもまた、彼女であった。ふらつきや立ちくらみなどというレベルではない、自らの意志で起き上がる程度の事さえ困難な彼女の容態は、熱中症というよりある種の熱病が如し有様ですらあった。
【ああもう、言わんこっちゃない……真面目なのはいいことですけどね、無茶して取り返しの憑かないことになったらどうするんですか。いいからここはあたしに任せて下さい】
「……すまん」
たった三字の一言を残し、聡子は意識をラガンに委ねる。一方のラガンは、未だ正式名称すら決まっていないこの装備システムに香織が搭載した新機能の一つを実行に移す。データ状の魔力と化した自身の一部によって装備対象の脳や中枢神経へ介入し、一時的に肉体の支配権を借り受けるのである。
無事に聡子の肉体を借り受けたラガンは、早速作業に取りかかる。紙箱を開いて先ず取り出したのは市販の酸素缶に似たサイズの黄色いスプレー缶。これを自ら吸い込む形で一本丸々聡子に処方し、続いて他の三人にも同じようにする。
「今のが気道熱傷の治療薬です。傷の具合にもよりますが、完治までに時間はさほどかからないでしょう。幸い気道以外に火傷は見られないようですし」
続いてラガンが取り出したのは、縦20cmに横12cm程度の薄平たいキャップ付きパウチであった。聡子の身体を借りたラガンがこれを軽くへし曲げると、パキリという軽快な音がして青い樹脂製の表面へ途端に水滴が生じ始める。ラガンにより同じようにへし曲げられたパウチを手渡された三人は、その表面が途轍もなく冷たい事を知る。
「熱中症への対処と言えば水分と塩分の補給です。この容器の片面にはそれぞれ硝酸アンモニウムと水が別々で入ってまして、へし折るとそれらが混ざり合って吸熱反応を起こし急激に冷えるんですよ。中身はスポーツドリンクを更に人体へ適合するように改良したものらしいです」
ラガンは自ら口に含む形で聡子へこの飲料を飲ませ、それに続く形で他の三人にも飲料を優しく飲ませてやる。幸いにも矢留は無抵抗な相手など張り合いがないとでも思っているのか、休憩中の聡子達には目も暮れず何やら貪っている。これならば十分な休息が取れるだろう。
そう思いつつパウチ二つを空にしたラガンは、借り受けていた肉体の支配権限を本来の持ち主である聡子に返上した。
因みに熱傷(火傷)には傷の度合いに応じて四通りの分類がある。最も軽い"1度"はヒリついて赤くなり一時的な色素沈殿があるもののすぐに軽快するレベルのもの。続く"2a度"では痛みと赤みが強まり24時間以内に水泡が形成される。治療により上皮化し色素沈殿などを引き起こすが、長くても半年程度で消失する程度である。これら二つの治療には市販の軟膏を塗布する程度でよく、長くても二週あれば完治する。
ただ、2度言えどもaとbでは別次元。"2b度"は潰瘍を形成、上皮化にも長期間を要し瘢痕を残す。治療としては軟膏で済む場合もあるが、間接部位などの場合は例外的に早期の植皮が必要になってくる。
これを上回る3度(或いは4度)になると黒色の瘡蓋が形成される。余りの重傷っぷりに神経が仕事をしなくなり、知覚が失われ痛みを感じなくなる。約1~2週間で範囲が限局される。狭い場合には上皮化もするが、痕は確実に残ると考えた方がよい。仮に上皮化が起こらない場合、植皮が必要になってくる。