第三百三十一話 戦うゲスト様-たまにはヒーローものっぽく爽やかな締め括りを-
どうも、お待たせしました!
―前回より・中央スカサリ学園敷地内の高等部第三理科実験室―
「ふゥ……やっと出られた……」
「やっとっつっても飲み込まれて十分も経っちゃいねぇが……確かに体感としちゃそんぐれーか」
浬の体内より脱した兄妹は、彼の魔術の一切が綺麗さっぱり消え失せ荒れ果てた実験室に立っていた。
「しッかし、長引いた割には大した事ねー戦いだったな」
「一時は本当に死ぬかと思ったけどねー」
「だが現実、俺らこうやって生きてる。ベルセルスーツは穴だらけになっちまったしお前の綺麗な肌にも傷がついちまったが――俺らは生き残り、奴は死ん――「だァれが死んだッてェ!?」――ッ!?」
背後から響き渡った声からその主を即座に判別した健は思わず絶句し、続けてあかりがある一方を指差し叫ぶ。
義妹に示された方角を見れば、胴体の中程から一対の腕が生えた灰色の大蛇といった風体の蛇系有鱗種―もとい、元中央スカサリ学園高等部の専門魔術科教師兼現T.O.R.O.四神が一人・三入浬が何食わぬ顔で佇んでいた。
「お久しぶりです、兄妹殿」
「て、てめぇッ、引き篭り野郎!?」
「嘘でしょ……さっきので死んでないなんて……」
「敵だからと言って勝手に殺さないで下さいなお嬢さん。私はこの通り生きているんですから」
「何をどうしやがった……あかりのルナフラッシュをあんなモロに喰らって無事だなどと……」
「信じがたいことでしょうが、これもまた事実ですのでね」
睨みの視線を維持し続ける健の問い掛けに答える浬の口ぶりは、やはり慇懃で丁寧なものであった。
「先程そちらのお嬢さんが手元から放った光―大方あの極太光線を球状の波動としたものでしょうが―確かにあれの威力は凄まじいものでした。現に内部からあれを受けた我が下半身は修復が不可能なレベルにまで破壊されてしまいましたし、下半身の内部へと身を納めるべく拵えた接続管や胃壁細胞の衣も吹き飛ばされてしまいました……しかし――「『逆に考えれば、それだけで済んだとも言える』ってか?」
「如何にも。正直不安ではありましたが、どうやら上手い具合に胃壁細胞の衣だけが吹き飛んでくれたようでしてね。こうしてかつての姿に戻れたということですよ」
「ヒッキーにしちゃあしぶてぇ野郎だ」
「しぶといのはお互い様でしょうが。普通ならば海域の時点で凍死していてもおかしくはないと言うのに――ごぅが、ぁ゛、え゛う゛ッ!?」
突如、咳込みむせ返るような声を上げた浬の大口からカップ麺の大型容器一杯分もありそうな赤黒い血反吐が吐き出された。見れば浬の懐へ飛び込んだあかりによって、彼の両腕の付け根辺りへハーレーレイピアが突き刺されている。
「ッが、ごァボぇ……っヴぇエッ!?」
「っ――ふッ――はッ――っツぇイ!」
あかりは姿勢を維持したままレイピアの刃を浬の胴体へと食い込ませつつジリジリと前進し、遂に浬を壁へ桀にする。途中吐き出された血反吐が容赦なく降り注いだが、それでもあかりは気にせず叫ぶ。
「お兄ちゃん!今よ!これでこいつはダメージを負ってて動けない!ベルセルキックでトドメを刺して!」
「おっしゃ任しとけィ!あと少しでエネルギーが溜まる!それまでどうにかやり過ごしてくれッ!」
「解った!任せtぐっ!?」
意気揚々と『任せて!』と言い切ろうとしたあかりの首を掴んだのは、力無く垂れ下がっていた浬の右手であった。
「あかり!大丈夫かッ!?」
「……ふぅん、騙されてくれたようで何よりです」
「てンめェ、ンの死に損ないが!義妹に何しやがったぁッ!?」
「別に大したことはしちゃいませんよ。彼女に刺し貫かれた所で盛大な吐血を演じ、あたかも圧倒されているように見せかけ、隙を見て彼女の首を掴む……ただそれだけの事です」
「演、技……?そんなッ……私は、確かに……心臓と……肺をッ……」
「刺し貫いたと思ったのでしょう?ですが残念でしたねぇ。私の心臓と肺は貴女が刺した箇所より上にあるんですよ」
「じゃあ吐血はどういうカラクリだ?」
「三入家の者には代々、威嚇や死に真似に用いるべく体内で血糊を生成・貯蔵する特殊な臓器が備わっていましてね。丁度パンパンに膨れていたので存分に使いましたとも。正直そう簡単に溜まるものでもないので無駄に出し惜しみしていたんですが、思わぬところで役立ちましたよ」
浬は鱗に覆われた右手であかりを持ち上げ、首を掴む指へ―少女を苦しめる様を周囲へ誇示するかのように―ゆっくりと力を込めていく。
「っぅ……く……」
「さて……少々古臭い手ではありますが、これで彼女は我が手の内――つまり、貴方が必殺技で私に止めを刺そうものなら彼女を道連れにすることも容易――い゛っ!?」
浬の上半身―見た目からは首に見えるが、その実"胸"である部位―に、突如として死ぬほどに激しい痛みが走り、口内へ生暖かい鉄の味が広がる。
「ッぐ、がふ……ェ、げアっッッ!?」
浬の胸に突き刺さり無数の刃物によって掻き回され刔られるかのような激痛を引き起こしているのは、風変わりな形をした小振りなチェーンソー―則ち月読あかり(ルナトーズ)のクレセントチェーンソー―であった。
「ごフ、ぉぁっ――ぐぇ、ゲっ、ふぎっ……そンな――う゛ぁが、な、ァぇぅッ、く゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!」
浬は再び盛大に吐血する。演技ではない。本当に心臓と肺を負傷したが為のものである。致命傷を負った為に両腕は力無を失い、首を捕まれたあかりは直ぐさま自力で脱出する。
「……バ、バカなっ……首を捕まれながら、抜け出すなどッ……」
呼吸器を損傷した浬に最早まともな発音は不可能であったが、それでも浬は喋るのをやめない。そんな彼の言葉を理解しているのかいないのか、健とあかりは嘲笑うように浬へ事の真相を言い聞かせる。
「残念だったなぁ、トリックだよ。全ては打ち合わせ通りって事だ」
「そういうこと。あんたをハーレーレイピアで壁に串刺しにした瞬間から、こっそりとクレセントチェーンソーを生成してたのよ」「テメェみてぇなのが危機的状況になっても諦めずに敵を道連れにしようとするってなァ、|変身ヒーローや魔法少女ン中じゃお約束だからな」
「ま、元々はカウンター狙いだったから、吐血が演技だったのにはちょっとびっくりしたけど、正直作戦にはあんまり差し支えないレベルだったし」
「コトは俺らの想定通りに進んだって訳だ。さて、そういう訳だからよォ――」
思わせ振りに首を数回転させた健は、屈み込んで必殺技の構えを取る。
「最後もお約束通り、派手にキメさせて貰うぜッ――とゥぁ!」
垂直に跳び上がった健は、浬目掛けて跳び蹴りの姿勢を取りながら、自らの代名詞的な大技の名を叫ぶ。
「ベ、ル、セ、ル、キィィィイイイィィィァ――ック!」
凄まじい闘志を象徴するが如しエネルギーが青年の全身に推進力を齎し、一瞬にして彼の蹴りを急加速させる。その時速はゆうに390km――流星の与えたもうた力は今、この一瞬に限り彼を身長178cm、体重63kgのハヤブサへと変えた。
「は゛っ゛、ぁ゛あ―――ああ゛あ゛あ゛あ゛ー!?」
圧巻の光景に最早頭が混乱した浬は、言葉を発する事さえ忘れ血反吐を吐き散らしながら騒ぎ暴れる。
そんな浬の胴体を健が背後の壁ごと半ば強引に通り抜けるのに要した時間は、一万分の一秒にも遠く及ばない。背後の壁は丸ごと倒壊し、浬の身体は不規則な形をした無数の肉片と成り果てる、
「勝った、第331話完ッ」
蠱毒成長中の次回更新にそんな期待などせずにお待ち下さい!