第三十三話 私が侍女を始末しますから貴方は感染症対策をお願いします
待たせたか!?一週間ぶりの更新!
予告どおり、クブス一派の過去話だぜ!
嘗てケニーギ・スプリングフィールドが現代魔術の基礎を築くより遙か昔、カタル・ティゾルに一人の魔女が居た。
小夜子というその霊長種は実に美しい才女であり、あらゆる分野に通じていた。しかし彼女は、その性分が災いして周囲からは快く思われていなかった。
というのも、小夜子は産まれながらにして酷く淫乱だったのである。
温帯域の海にぽつりと突き出た岩の小島に建つ、古びた館に従者と二人きりで住まう彼女は、しばしば島に流れ着く漂流者を助けては丁重に持て成していた。
しかし助けられた者は皆彼女の魔術に心身を侵され、性による快楽に執着する哀れで不毛な存在へと成り下がってしまうのが常であった。
はっきりした自我が保たれ正常なように見える者であっても、その内面は必ず性欲で染まっていたし、異常な性癖を植え付けられ人格を歪められてしまった者も居た。
このような哀れな者の末路というものは火を見るよりも明らかで、抑止の利かない欲故に見境無き強姦魔に成り下がる者など、総じて悲惨な末路を辿るばかりであった。
『快楽の権化』を自称する小夜子の魔手は人伝に大陸を超えて伝染し、それは同時に各大陸へ凶悪な感染症を媒介する事にも繋がった。
この事が災いし、報道機関や通信機器に該当するものが明確に備わっていなかった時代にありながら彼女の名は広く知れ渡る事となる。
そして感染症による怒りや憎悪に駆られた一握りの者は度々小夜子の暗殺を試みたが、謎めいた尖耳種の従者・太刀川の持つ凄まじい力はそれを良しとしなかった。
しかしながらある時、この太刀川を巧みに打ち倒す強者が現れた。男の名は黒沢健一。ノモシア辺境地の地方自治体に所属する中堅管理職員の男である。
管理職員とは言えどその戦闘能力は凄まじく、翼を持たない痩躯の嘴太鴉系羽毛種としての身体能力を生かした槍術と宮廷魔術師に匹敵する強力な魔術を織り交ぜた連携は、民間人らしからぬものであった。
学生時代は頭脳明晰な秀才として名を馳せた黒沢であったが、太刀川との戦いでは策も何も無い単純明快な戦術で勝利を勝ち取った。というのも彼は、総重量約1kgにも及ぶ諸装備を身に付けたまま沿岸部から島までの約3kmをクロールで泳いで渡ったのである。
更に島へ上陸するや否や、館の周囲で無数の爆竹を鳴らし、様子を伺いに外へ飛び出てきた太刀川に恋文らしきもの(とは言っても内容は『五年前に貸した花澤●奈の写真集さっさと売ってこい。今プレミアがついてて大変な事になってるから』という支離滅裂かつ意味不明なもの)を渡した上で決闘を申し込んだのであった。
結果として勝利を収めた黒沢の武勇伝はこの後、彼の部下であり格闘術の達人でもある手長猿系禽獣種・大喜多大志によって仲間内に広められ、以降一部で伝説として語り継がれたという。彼の仲間達はこの話を聞いて、最初大喜多の法螺とも思ったらしい。しかしながら同時に仲間達は、黒沢の臣下を自称し、彼の為ならば死も辞さない性格の大喜多に限ってそんな事を言うはずも無いと考え、話を信じることにした模様。
また、大喜多の話を聞いた仲間達は、黒沢の彼らしからぬ戦いぶりを知って、仲間内のリーダー格である自称・禽獣種の男を思い浮かべたという。ちなみにその男、恋人らしい立場の蜘蛛系外殻種共々今も尚好評行方不明中である。
一方、臣下太刀川を殺された小夜子はというと、タッチの差で転移術を用いて黒沢の攻撃を館ごと回避し、予め予定していた通り亜寒帯の辺境地に逃げ延びていた。
逃げ延びた先で小夜子は、魔術によって彼女の下僕となった者達に新たなる術を施した。
下僕達は術の効果により、高い身体能力と魔術的才能、そして快楽を捨てなければ決して老いることのない肉体を得るに至った。
また彼らは欲を相手に気取られぬよう覆い隠す術を学び、鍛錬の末性行為によって相手の精気を吸い取り自らの魔力に変換する『夢魔式四十八手』という魔術と体術を併合した技法を習得した。
更に下僕達は同類と愛し合い繁殖を繰り返すようになっていた。下僕達の能力は世代交代の度に高まっていき、その類い希なる力を見た小夜子はこれを『クブス一派』と命名し、活動を開始する。
世界を犯し、自らの『血』を繋ぐ『種』を地に満ち溢れさせるという目的のために。
更に、クブス一派の力を以て『耐える事なき快楽に包まれた世界の中枢に立つ事』を夢見た小夜子は、呪術により自らの子宮を捨て不老不死の肉体を手に入れる。
その後、クブス一派は各大陸で影ながらに猛威を振るい続け、力を増す毎にその名もまた広まっていった。
そんなクブス一派の前にある時、総勢18名の風変わりな集団が現れた。
その集団というのは禽獣種や羽毛種等複数の種族によって構成される集団であり、『ラビーレマの飯屋がきっかけで集った烏合の衆』と名乗った。最初小夜子はこの『烏合の衆』を、さして気にも留めていなかった。自ら烏合の衆と名乗る程卑屈なのだから、きっと己に自身のない弱者なのだろうと高を括っていたのである。
しかし、小夜子はその翌日『烏合の衆』の信じがたい力を目の当たりにする。ノモシア東部に潜伏中だったクブス一派の者が皆、僅か半日の間に全滅したのである。
更に混乱する間もなく、小夜子の元へ次なる報せが舞い込んできた。
その知らせによれば、ノモシア西部と北部に潜伏中だったクブス一派の一部が突如謎の光線によって変死したかと思うと、突如ゾンビのような姿となって残りの者を襲い始め、現地の部隊は瞬く間に全滅してしまったという。
この他、『突然壁に引きずり込まれた』『突如何かに怯えだし、わけもわからぬままに死んでしまった』『転がる度に肥大化する球体に押し潰されてしまった』等の報告が相次ぎ、六大陸に潜伏中だったクブス一派の関係者は悉く殺されていった。
小夜子は高を括った己自身を悔いたが、既に手遅れであった。
烏合の衆を名乗る集団の筆頭である烏賊軟体種の男はいつの間にか小夜子の私室に現れ、恐れおののく彼女の頭蓋骨を細い触手で叩き割って殺した(因みに軟体種とは、禽獣種の水棲無脊椎動物版とでも言うべき種族である。但し形質の中に節足動物は含まれていない)。
始祖である小夜子が殺害され、構成員もほぼ絶滅した事で、クブス一派は実質的に壊滅。
こうして人々の暮らしはまた、平和に戻っていった。因みにこの『クブス一派壊滅』が起こったのは、繁がカタル・ティゾルにやって来るより30年ほど前の事。
薬師の老婆トリロは最初の恋人であった漁師の青年を小夜子によって奪われ、更に姉もまたクブス一派によって殺された為、クブス一派に対し激しい怨みを抱いていた。そしてその怨恨は師から弟子へと受け継がれ、香織もまたクブス一派を凄まじく嫌っているのである。
次回以降、戦闘激化!