第三百二十二話 戦うゲスト様-賭博-
風間少年に課せられた恐るべき"賭け"とは……
―第三百五話より・中央スカサリ学園内柔道場―
「さて、待たせたね」
作戦会議を終えたザトラは、攻撃するでも使い魔を嗾けるでもなく、あくまで普通に(とは言っても、身なりの時点で普通ではないが)大士へと歩み寄る。
「ッ……んだ、てめェッ!」
「おいおい、そう身構えるもんじゃないよ。我々に君らを攻撃しようという意図はないんだ……少なくとも向こう5分余りはね……」
【そう言って油断させようってハラだろうが。見くびんなよオイ、騙されねぇぜ】
「……この流れで君ら油断させるなんて、そんな気すら起こりはしないよ。いいから話を聞いてくれ」
「……わかった」
【……しゃあねえか】
「ン、君らが物分かりのいい人種で助かったよ。さて、それで本題だが……実はね、ルールを変更しようと思うんだ。君らと我々との、戦いのね」
「ルール変更だと?」
「そう。より正確に言うならば『仕様変更』と言った所かな。普通にやり合ってもつまらないし、ここは趣向を変えてみようかと思うわけだ」
ザトラは何処からか長さ2cmm、直径4mm程の小ぶりな円柱五つ(それぞれ白・青・黒・赤・緑に色が塗られたもの)を取り出し、右の掌上で転がしながら言う。
「『五素』という粉末状の魔術薬を固形化させたものだ。使用者の思念を読み取り、それぞれの有する属性のままにそれを成すようになっている。まぁ、それなりに単純なものでなければならないが……例えばそう――」
固形五素を乗せた左手を握りこんだザトラは、その手を大きく振りかぶりながら言う。
「――"破壊"とかが好例かな」
防御の隙も与えぬままに、ザトラの拳が鎧で武装した大士の腹へ叩き込まれ―――ない。
「【!?】」
ザトラの細腕は、まるで可視霊体が壁をすり抜けるかのようにして大士の体内へと到達しており、鎧や体には傷一つついていない。
「驚いたかい?"トランス・ゴースト"という魔術でね。世辞にも効率的とは言い難いが、小体積の物体へ短時間に限り他の物体を摺り抜ける能力を付与できるんだ」
【……テメェ、小僧に何しやがった!?】
「そう怒るもんじゃないよ。仕様変更の一環で"破壊"の思念を込めた五素を彼の体内に送り込んだだけさ」
「何だと……?」
「破壊の思念を込められた五素は君の体内でそれぞれ五体の根本―両肩、両股関節、喉の五箇所へ移動しそこでそれぞれの属性を放出する時限爆弾になるのさ」
【な、何ィッ!?】
「それぞれの五素は一つずつ、私の定めたタイミングに爆発するようセットできる」
「つまり……俺の生死はお前の意のまま……」
「そういうことだ。だが私は――【てンめ、汚えぞ!仕様変更とか言っといて、圧倒的にテメェが有利なルールじゃねぇか!】
「……話の腰を折るんじゃないよ。確かに私は彼を意のままに殺せる。だが当然、私はそんなつまらない真似などしない」
【じゃあどうしようっつーんだぁ!?】
「どうするって?……そうさな、言ってみれば"賭け"かな」
「【賭け?】」
「そう、賭けだ。これより君らには、自分達の五体を賭けて我々と勝負をしてもらう。此方の定めた制限時間以内に勝てれば、体内に仕組まれた五素の何れか一つを打ち消せる"対抗薬"をあげよう」
「負けた場合は?」
「時間切れを含め、その時点で何れか一つの五素が炸裂し五体のどれかを完全に失うことになる」
「喉元を賭けて負けりゃ、その時点で死ぬ訳か……」
「そうなるな。だが心配には及ばない。喉の五素は勝負の最後に持って来よう。最も、四肢欠損の状態では文字通り手も足も出まいし、片方の手足が失われただけでも致命傷……まして機関銃やハンマーを振り回す事など到底できまいがな……」
「……つまり俺はお前らに一敗もできやしねえって事だろ?元より負ける気なんぞ毛頭ねえから丁度いいわ」
「言うじゃないか。では早速勝負に入ろう。対戦相手はカトルとロキシャ、賭けて貰うのは左腕。負ければ左肩から先が赤の素により発火し灰と化すぞ」
「面白え。勝負の内容は何だ?」
「初回だし、簡単なものにしよう。そうさな……では、彼らと闘って貰おうか。制限時間は25分」
「ストレートにバトルか……」
【闘えだあ?オイオイ、そんな簡単でいいのかよ?】
「簡単……ねぇ。言ってくれるじゃないか」
「おいオッサン、蓋空けもせずに簡単なんて断言すんなよ」
【何だ坊主、ビビってんのか?蓋ならもう空いてんだろ、相手はちっこいサルとバッタだぜ?パワーと頑丈さなら右に出るものなしの俺らが負けるような相手じゃあ―――!!??】」
ジャールの言葉を遮り轟く、恐るべき破壊の音。その根源とはつまるところ、柔道場内に突如として現れた二つの巨影に他ならない。
それぞれ岩石と金属から成るそれらの高さは見上げる程もある。柔道場の天井にこそ届いていないが、外観も相俟って威圧的であることに変わりはなかった。
『サァテ、準備完了ダゼエ』
『この素晴らしきボディをとくと見ろぉ!』
【坊主よ】
「何だオッサン」
【さっき『あいつ等は俺らが負けるような相手じゃねえ』っつったよな】
「ああ」
【こう言うとアレだが、ありゃ嘘だ。本気でやらにゃ爆弾云々以前に死ぬぜオイ】
「んな事ァ言われるまでもねえよ」
「どうだね、我が親愛なる使い魔達の力は。カトルとロキシャはそれぞれ魔術で巨大な鎧を作ることができてね。白い岩で出来た悪魔のような方がカトルで、黒いロボットのような方がロキシャだよ。君らの勝利条件は彼らを打倒しその鎧を完全に破壊することだ。とは言えその鎧、構造が中々複雑で破壊には―――
『それなりのコツが必要でね』
そう言おうとしたザトラの言葉を尽く遮ったのは、岩石と金属の崩落に伴い発生したものであろう凄まじい轟音であった。
「――勘弁してくれよ」
控えの使い魔達が唖然とする中、ザトラは眼前の光景に呆れ果ててしまった。
無惨に崩れ去った二つの巨像。その中央で仁王立ちする鎧姿の大士。無抵抗のまま呆然とするリスザルとキリギリス。
「そら、これで勝ちだろうが。早く抵抗薬寄越せ」
早ァァァァァァ!?