第三百二十一話 戦うゲスト様-やっと一区切りついた……-
唱道者組と吸血鬼二人が遭遇したのは……
―CS社敷地内・屋内巨大人工池―
「ピェゲアェェァァアアアアァァォワゥッ!」
クロコス・サイエンス社敷地内にある巨大な円形の人工池に、竜種とも爬虫類ともまるで異なる(勿論哺乳類や鳥類のものでもない)巨獣の咆哮が響き渡る。咆哮の主はある種の円形闘技場をも思わせる人工池の中央に鎮座する、巨大な有尾類(即ちイモリやサンショウウオなどと呼ばれる両生類のグループ)が如し化け物であった。全長は電車一両半程もあろうか。全長の1/5をも占める頭部には円錐形をした鋭い歯が生え揃い、この化け物が純粋な筋力により獲物を無差別に破壊するタイプの(即ちワニやある種の大型肉食恐竜に似たような)捕食者である事が見て取れる。
両生類故に毛も鱗も外骨格もなくぶよぶよしたヘドロのような暗緑色の身体に蛍光オレンジの簡略化された人面にも見える斑点が並ぶその化け物は、名を"ドラゴマンドラ"という。名前通り竜種のような有尾類であるこの生体兵器は、言わば中央スカサリ学園で言うところのスミロドゥス・ギルティアに相当する存在であり、スミロドゥス同様この世に一頭しか存在しない。
無論変温動物である為動作はスミロドゥスに劣り緩慢で、水棲傾向の強い種を素体としているため乾燥には滅法弱い(とは言うものの英語圏でのサラマンダーとは有尾類の中でも陸生傾向の強い種を指し示す単語であり、水棲傾向の強い種はニュートと呼ばれることが多いのだが)。
しかしこと筋力・耐久性・生命力等に於いては此方の方が圧倒的に上であり、更にはスミロドゥスと違って(詳しくはその都度追って解説するが)様々な特殊能力や独自技能を併せ持つなど、最強の称号は確かなものでもあった。因みに性別は雄であったりする。
◆◇◆◇◆◇◆◇
【デケェ。あとキメェ】
遠目にドラゴマンドラを目にしたダカートの第一声は、何とも彼らしいストレートな一言であった。
「そこはもっと捻ろうよ」
【捻れだぁ?無茶言うなよ、アレを見てデケェとキメェ以外に何て言えっつーんだオイ】
「いや、そりゃ僕もそんな語彙力ないからさほど洒落た言葉は出ないけど、曲がりなりにも君使徒精霊でしょ?ねぇスーザン団長、どう思います?」
【いやぁ、そこで私に振られてもどう反応していいのか困るんだけど……】
「こう、ワイン一口の味を色々な比喩とか使いまくって情景豊かにややこしく表現するような、そんなノリで一つお願い出来ませんか」
【えッ、何で私があれを見た感想をそんなどっかの色黒筋肉囚人よろしく言う流れになってるの!?】
◆◇◆◇◆◇◆◇
【何ッか、少しでも気を抜くとSAN値をゴッソリ持ってかれそうな外見よね……】
ネオアースの夜道を照らす灯り役・ミツクリエナガチョウチンアンコウのイライジャがドラゴマンドラを目にして述べた感想は、ある意味深海生物らしいものであった。
【失礼、意味がよくわからないのですが】
「私も……"サンチ"って何ですか?山地?産地?三戦?」
【三戦じゃなくてSAN値よ、SAN値。アルファベットでSANでSAN値】
【ほう、SAN値……ですか】
【そうよ。SAN値ってのはね―【サンディエゴのIATA都市コードでしょう?】―いや、違うけど……】
「んもぅ、セレイヌったら。そんなんじゃないでしょ?SANと言ったら南アフリカ海軍の事じゃない」
【それも違うわね】
「え、違うんですか?じゃあ……ストレージエリアネットワーク?」
【全然違うわ】
【スチレンアクリロニトリル?】
【違う】
「洞結節?」
【違うったら】
【サンスクリットの言語コード?】
【違う、掠りもしてない】
「え、じゃあ一体何のことなんです?」
【SAN値ってのはね、分かりやすく言えば正気度のことよ。つまり気持ち悪くて正気失いそうってこと】
◆◇◆◇◆◇◆◇
「あー……同じクラスになりたくないタイプだわ……」
風の唱道者・シャアリンの感想は、まさしく学生である彼女らしいものであった。
【うん、正直近寄りたくないよねああいうタイプには】
【というか同じクラスって何だね。あれと同じ学校に通うというシチュエーション自個人的には有り得ないんだが】
【え?ネオアースじゃ日常茶飯事なんじゃないの?生き物なら人間も鳥も動物も虫も皆対等なんでしょネオアースって】
【確かに対等だがあの手合いは御免被るね】
「キキミミでネオアースへ招き入れるわけにはいきませんか?」
【竹槍で戦闘機を撃墜する以上の無茶を言うのはやめてくれないかな。第一そういうのはスーザン団長とかの管轄だろう?】
【でもアパートの大家さんなんでしょ?】
【あまり関係ないよ。そもそも生体兵器の言葉はノイズが混じり過ぎて聞き取り辛いんだ。まともに交渉できるかどうか……】
「となるとやっぱり……戦うしかないのね」
◆◇◆◇◆◇◆◇
「璃緒さん、璃緒さん。聞こえます?」
『聞こえてますよ、エルマさん』
上記九名とはそれぞれ別の方角から人工池への潜入に成功したエルマと璃桜は、通信機で連絡を取り合いながら襲撃のタイミングをうかがっていた。
「良かった。この辺りって遮蔽物が多いからちゃんと繋がるかどうか不安だったんですよ」
『その点はご心配なく。元々濃密な電磁波の壁をも乗り越える事を目標とした通信機ですので』
「相変わらず変なところで発達してますね、この世界の技術……それで、これからどうします?あの巨大ヤモリ、幾ら実力者揃いな唱道者の皆さんとはいえ一筋縄では行きませんよ?」
『ヤモリではなくイモリですよ、エルマさん。もちろんドラゴマンドラが強敵である事は言うまでもない事実ですから、我々は彼らに加勢せねばなりません。というかその為に拠点を放置してここまで来たんですし』
「拠点を放置してまでって……いいんですか?」
『いいんですよ。どうせろくな戦力なんて殆ど残っていないんでしょうし、最終決戦のためにも仕上げに取り掛からなければ』
かくして強敵・ドラゴマンドラを相手取った戦いの火蓋は、自らが切って落とされるのを静かに待ち続ける。
次回、かの少年が力強く駆ける!