第三十二話 Slime&Pharmacist
更新復帰!(でも以前のように毎日は無理かと思われ)
ひとまず香織VSクェインの魔術対決!
―前回より―
「いやぁ……お強いですなぁ、清水さんは…」
「いえいえ……クェインさん程じゃありませんよ…」
講堂で妙に穏やかな雰囲気のまま語らい合う、二人の影。
一方は、深紅の長髪を棚引かせる霊長種の女・清水香織。
方やもう一方は、本件の首謀者であるホリェサ・クェイン。
「しかし驚きましたよ。まさか事件を引き起こしていたのが、クブス一派出身の流体種の方だったなんて。失礼でしょうけど、流体種はともかくとして、クブス派なんてとっくに滅んでいたかと思っていましたから」
ホリェサ・クェインは、カタル・ティゾルに存在する知的生物の中でも特に風変わりな種族に属している。
流体種と呼ばれるそれは、その名の通り半個体状の肉体を持つ種族であり、一説には刺胞動物に近い系統に属するとされる彼らの体組織は凡そ九割が水分で構築されている。生活形態も多種多様であり、生涯水中で生活を続ける者も居れば、クェインのように陸上で難なく活動できる者や、中には極地や乾燥帯に住まう変わり種も居るという。
ただ全てに共通しているのは、身体が非常に柔軟であったり、身体の至る所からエネルギーを摂取できるという事。
そして柔軟である反面、一部水棲種を除いては水分蒸発を防止するために薄くもそれなりに強靭な外皮が全身を覆い、体内には肉眼での目視が不可能な程に細密な神経系と軟骨の絡まり合った繊維が通っているため、余程の例外でもない限り大がかりな変形は不可能であると言うことだろう。
更に外皮・神経系・軟骨等は柔軟に伸び縮みし、損傷しても即座に再構築される。
この為、流体種を物理的な攻撃で殺害する事は殆ど不可能であるとされる。そんな流体種の本質を担うのは脳を内包する小さな球状の頭蓋骨であり、各種神経と軟骨の行き着く場所である。
普段、感覚器官や発声器官が体外に露出している流体種であるが、有事ともなれば頭蓋骨に備わった臨時の感覚器官や発声器官を用いることもある。
その上時には肉体を捨て、頭蓋骨のみで活動する事もあるという(但し死の危険性が極めて高い)。
この為、理論上流体種を効率的に殺害するためには頭蓋骨を破壊してしまえばよい。但しこの頭蓋骨というのはかなり強固であり、刃物や銃弾、高温や高圧力にも耐え、一時的にだがあらゆる上級魔術の影響を受けないという記録も存在する。
その上頭蓋骨は柔軟に伸び縮みする繊維組織と流体状の体組織によって体内を反射的に素早く動き回り、本人の意志とは無関係に危機を回避しようとする為、捕らえたり射抜く事さえも難しい。
現に香織も、先程からクェインを一撃で仕留めようと機会を伺ってこそ居たわけではあるが、狙いが全く定まらないというのが現状であった。
「世間には必ず例外というものがついて回るものです。そして例外は時に万人の思惑から外れ、あらゆる常識を破壊する。例外ありきの世の中だからこそ、私達は生き残ることが出来たのです」
「そうです、か。確かに私も、自分自身はそういった例外の一人であろうと自覚していますから、貴方の言葉には納得せざるを得ないように思います。それで、事件についてですが……やはり祭品確保が目的ですか?」
「えぇまぁ、そんな所ですがしかし、それなりに惜しいですな」
「と、申されますと?」
「私達の最終目的は、祭品の確保ではない……という事です」
その言葉を耳にした香織は、一瞬身構える。
「まさか……」
「そう、恐らくはそのまさかです。私達の目的は、クブス一派の再興。
その為には上質な少年の精子と精気とを、母としての高い資質を持ったクブスの淑女に蓄えなければならないのです」
「やはり……という事は、居るのですね。貴方以外の、クブスが」
「ご名答。精子と精気の貯蓄量は既に満たされようとしています。故に、ここであなた方三人を始末した上で更なる回収作戦を続ければ、自ずと準備は整う筈だ。あとは彼女が新たなる眷属を産み出し、あらゆる生物をクブスのもたらす甘美な快楽によって隷属し続ければ、一年足らずでカタル・ティゾルは我等クブス一派のものになるでしょう……。そうなれば、あの忌々しい軟体動物の手に掛かり散っていった我等が同士達にも顔向けできるというもので――んっ!?」
クェインの言葉を遮るようにして、講堂の天井が一部巨大な四角錐に変形して彼の居た場所を指し貫いた。
「大した自信ですね、クェインさん……否『腐臭の肉塔王』ホリェサ・クェイン…」
「その名で呼ばないで頂けますか?私としましてはその異名……些か不愉快でしてね」
四角錐から退避していたクェインが、何処からともなく這い出つつ言った。
「最初からそう呼ばず、あくまで初対面の他人として敬語で接して差し上げただけでも有り難いと思って頂かなければ此方としても何とも言えませんねぇ」
「まあ、割り切るしか無いのでしょう」
清水香織とホリェサ・クェイン。
共に高い魔術的才能を持って産まれ、あらゆる高等魔術を操るに至った二人の戦いが、再び始まろうとしていた。
とは言ってもこの二人の戦いは、繁と桃李(及び羽辰)のような『異能に武装や奇策を織り交ぜフル活用する接近戦』ではないし、ニコラとラクラのような『ルール無用のぶつかり合い』でもない。
お互い魔術師である二人は己の知恵と術に全てを託し、可能な限り手早く相手を倒そうとする。即ちそれはある種の『勝負』でもあったがしかし、彼らは騎士道や武士道のような気高き精神を持ち合わせているわけではない。
よってこの壮絶な勝負は、一方が投了を宣言したとしても終わる事は無いのである。
終了の基準は原則としてただ一つ――一方或いは両者の死亡のみである。
次回、クブス一派の実態が明らかに。