第三百二話 戦うゲスト様-源玲の奇妙な遭遇-
一方クロコス・サイエンスでは……
あるところに、我々が暮らすそれとはまた違った別の世界があった。
その世界の根底は我々の暮らすそれとさして違わないものであったが、そこでは本来空想のものである筈の妖怪変化怪異怪物幻獣といった魔物の類がれっきとした"生物"として存在し、時にヒトを襲いもする人外魔境でもあった。
その世界に生まれたある少女は、それら魔物の類と戦うに値する強大な力を有していた。更に言えば少女は、戦士であった父から自由を奪い、兄を殺したであろう魔物共を―恐らくは行動を共にする仲間の誰より激しく憎み嫌っていた。
自由を奪われた父を、殺されたであろう兄を追う形で魔物と戦う戦士となった少女は、今日も"猿"に例えられる身体能力に練り上げられた生体エネルギーを絡め、魔物共を撲殺し続ける。彼女がその"果てのない憎悪"から解放される日は、恐らく来ない。
―夜間・CS社敷地内―
「んふっ、ふふふっ♪」
「クゥー、カゥヮー」
桃太郎伝説の猿に例えられもする対鬼人特殊部隊次鋒・源玲が年相応に少女らしい笑みを浮かべ手に抱いた小動物と戯れる姿を見た者の多くは(詳細な予備知識を持たない限り)彼女こそが冒頭で述べた"魔物を憎悪する少女"であるという事実に驚愕することと思う(仮に予備知識があって驚く場合、それは作者が図らずも引き起こしたキャラ崩壊や文章スキルの無さに対するものである)。
「出会って一時間も経ってないのに、まぁよく懐いたもんねぇ」
「刷り込みって奴かしらね。話だけは有名だけど、まさかここまでとは……」
「きっと玲ちゃんの純粋さに惹かれたんだねー。動物の感覚って鋭いらしいから」
「いや、鋭かったら寧ろ怖がるんじゃないかのぅ」
「言ってやんなよ……」
元は生体兵器の飼育施設だったであろう人工的な(しかしそれでいて"生体兵器の活動しやすい環境を整える"という意図の元に擬似的な自然の整えられた)空間にてピクニックシートなど広げて野外夕食など洒落込みながら、玲と奇妙な小動物(その姿はさしずめ"カモノハシとスッポンモドキのキメラ"といった所か)との出会いを思い返す。
―回想―
そもそもの発端はざっと一時間と少し前、狭い社内にもかかわらず執拗に追い回してくるテラーギガスの群れを食い止めんと単身立ち上がった高雄(部長の五十嵐)と対鬼人特殊部隊桃太郎組の面々(理華、玲、麗及び彼女の愛機ガリバーハンド、イオタ、聖羅及び彼女の臣下犬丸)が別れて暫く経った頃にまで溯る。
上司の助けもあり無事テラーギガスの群れから何とか逃げ延びた桃組の隊士達は、迫り来る生体兵器や反乱軍のメンバーを次々と撃破しつつ複雑に入り組んだ構造へと作り替えられた迷路のような社内を進んでいた。
理華の刀・鬼斬がクライムパラサイトに寄生されたゾンビ社員や反乱軍のメンバーを悉く切り殺し、玲の短刀を交えた体術はそれらの心得などまるでないマウソルジャーの五体を悉く破壊し、麗のガリバーハンドはステルス・ビーストの擬態や反乱軍メンバーの各種異能・魔術の類も意に介さずと言った具合に無差別かつ強力な正拳や張り手を繰り出していく。
イカヅチカラダコ、ブラドロップ・アント、クロコスウミジラミ等の地上性小型生体兵器や高い飛行能力を有する反乱軍メンバー、対空状態で地上を見張り道教に伝わる妖怪・三尸よろしく同僚へ敵の情報を伝えて回る巨大蝿のセキュリティ・フライ等というような前述三名の手に余る敵の対処を受け持つのは、音術の使い手であるイオタや犬神使いの聖羅をおいて他にいない。聖羅の率いる犬神軍団の中でも取り分け強力な犬丸はいつぞやの時と同じく時たま現れるタウロークスやオリバー・クラッカーを相手に大立ち回りを演じる。
そしてそんな流れが三十五分ほども続き、近辺から生体兵器の気配が殆ど消え失せた頃。男女共用の厠に差し掛かった五名及び一機と一柱は、そこでふと二匹の生体兵器が何らかの理由で争っているのを目撃する。
外野そっちのけで争う二匹は争うのに夢中な余り敵の出現・接近さえも眼中になかったようで、イオタの音術によってあっさり木端微塵に弾け飛んでしまった。
周囲に他の敵が存在しない事を十分に確認した一行は、トカゲとネズミの肉片が散らばっている辺りへ恐る恐る近づいていき――そして二匹の争っていた原因である"それ"を見つけるに至る。
盛り上がった水生植物の中にあったのは、弾性がありかつ粘り気のある白い殻に覆われた、長径50cm程もある何らかの動物の卵であった。死亡した二匹はこの卵を巡って争っていたのであろう――恐らくは、食物として。幾ら独自の言語を発達させた生体兵器とは言え、どちらも根底はあくまで獣でしかない。大きな卵と言えば栄養価の高い食物ぐらいにしか考えないのは至極当然の心理であろう。
だがそれはあくまで獣の話であり、ヒトともなれば―その生い立ちや置かれている状況によって若干の差異こそあろうが―見慣れぬ卵を見れば、程度の差こそあれそれの親が何なのか気になるのは至極当然の心理と言える。有する力の割に庶民派な(?)対鬼人特殊部隊桃太郎組の面々も、それぞれこの巨大卵の親が何なのかについて意見を述べはじめた。
理華が鳥だと言えば、玲はそれに付け加える形で水鳥との考察を述べる。しかし麗は大きさから恐竜のような大型動物のものだと言い張り、かと思えばイオタが亀である可能性を示唆。聖羅は亀というより蛇だと言い、犬丸はクロコス・サイエンスの社内にあるのだから何らかの生体兵器が親だと主張する(具体例としてリザドロンかテラーギガス)。
そんなこんなであれこれと話し合った結果、誰が言ったか"そんなに気になるのなら孵化させてみればいい"という流れに至る。とは言え戦闘部隊の対鬼人特殊部隊桃太郎組、卵を"割る"達人ならば腐るほどいるが、"孵す"ことのできる人材など存在しよう筈もない。そもそもこの肌寒い中に長時間放置されてしまったであろう卵が孵化する可能性は皆無なのではないか。
一行が諦めのムードに包まれかけた、その時。淀んだ流れに一石を投じた隊士がいた。機械の巨腕・ガリバーハンドを操る桃太郎組の中堅である若き富豪・天王寺麗である。
麗は言う。"気の根源が生命力であるならば、玲が練り上げた気を卵へ注ぎ込めば卵の細胞が活性化し孵化するかもしれない"と。最初はどうにも胡散臭い考えだと思っていた他の面々であったが、持ちうる力の新たなる可能性に興味を抱いた玲は熟考の末この案を実行、見事気による人為的な受精卵の孵化を成功させる。
そして玲の気により孵化に至った卵から産まれたものこそかの"スッポンモドキとカモノハシのキメラが如し愛らしい獣"であり、この獣は刷り込みにより玲を母親と認識。
かくして物語は冒頭に戻り、格闘士の少女と珍獣という奇妙な義理の親子が誕生するに至ったのである。
次回、珍獣の秘密が明らかに!




