第三百話 戦うゲスト様-食人蓮の秘密:前編-
所変わって学園サイド
―前々回より・中央スカサリ学園・成人の足首辺りまで浸水した廊下―
「イフリートッ!シルフ!力を貸してッ!」
「ゲピョロゴァッ!」
「ピギフシィィィ!」
中世英国の豊かな大自然に由来する精霊達の力を借りたアリシス・エルクロイドの火炎攻撃(イフリートの炎にシルフの風で支燃性ガスを送り込み威力を倍加させたもの)は、両生類型故高熱や乾燥に弱いプロテウス・デパンダン二匹を悉く焼き殺してしまった。
「おほぉ、出力ちょっとだけなのに見事に燃えたっ。あのプヨプヨした奴の身体に油が含まれてたからかもしれないけど、これは大発見!火と風を組み合わせるだけでこんなにパワーが上がるなんてッ!」
幼さ故に戦いへ積極的なアリシスは、その後も次々と迫り来る生体兵器―酢に弱い両生類プロテウス・デパンダンの他、ヤツメウナギのようなモルダキア・モーディカや魚のように動き回るウミウシのイプセルドーリス・ディアファヌマ等の群れを次々と焼き殺していった。
◆◇◆◇◆◇
「凄いわね、アリシスちゃん。化け物の群れの中に居るってのに、それを何とも思わずに戦い続けてるなんて」
『そうね……特にあのプロ何とかダンって奴はあの中でも筋金入りにヤバい奴なのに、アリシスちゃん本当凄いわ』
「プロテウス・デパンダンですよ、エルさん。まぁ戦闘中のあの子は実質九人の大人数ですから、どんな場所に居ようと大抵心細くないそうなんですよ。曰く『どんな時でも精霊達がついていてくれるから安心』だそうですし」
「ふぅん……やっぱり心強い仲間がいると案外大丈夫なのかしらねぇ」
『っていうか、かえって怖がらないのかもね。小さい子は大人ほどややこしく考えないから、かえって勇敢に戦えるのかも』
「クワピゲァァァァァッッ!」
片手間に失声症患者用の携帯型発声装置を操作しながら、エルシトラは頭上から飛び掛かってきた巨大ヤモリのウルプラトゥス・ヴィヴィドを剣で両断した。
―同時刻・初等部の浅い屋内プールにて―
「ルナフラッシュ!」「『「フボゥバベァーッ!」』」
「な、そんな構えがびゃらばぁぁぁぁぁっ!」
ルナトーズこと月読あかりの必殺技・ルナフラッシュ―某世界的に有名なバトル漫画を代表するビーム技の構えから放たれる魔術らしからぬ大技―の威力は凄まじく、不特定多数のクストディとそれらを率いていたコウモリダコの下半身を有するT.O.R.O.隊の女性メンバーをも殲滅した。
「ふぅ……これにて一件落着?」
「セぁッ―「フボガッ!」―っと、まぁそんな所だ、なッ―「ウゲブギッ!」―っし……二度と起きんな魚野郎」
腹への回し蹴りから側頭部踏み付けで残ったクストディを始末したベルセルカーこと戸田健は、スーツについた魚の血を膝ほどの嵩しかないプールの水で洗い流す。
「それ――で、こんなもんでこの辺りは大体制圧したってことになるのかな」
「まぁな。動く奴はいねぇし、あのネルンボ・スカザーリアっつーデカイ花も近付かねー限り襲っては来ねぇし――「ねぇねぇお兄ちゃん」――ン、何だ?」
「これ、何だと思う?水に浮いてたんだけど」
そう言ってあかりが差し出してきたのは、直径50cm程で柔らかな質感の球体であった。その色は微かにピンクがかった白色であり、質感もあってかさしずめイチゴ味のマシュマロを思わせる。
「ん、何だこりゃ……」
「マシュマロ……じゃあ、ないよね」
「まぁそうだな。レンジ入れたマシュマロが膨らむっつー話はよく聞くが、こんなところにんなもんあるわきゃねーし……いや、待てよ?」
健の脳裏に、そこそこ昔に見たとある映像が過ぎる。確か五人組の男性歌手が東北の山間部で擬似的な村営をやるといったような、バラエティ番組の一コーナーであっただろうか。そのコーナーにも確か、水上ではなく山の中だが、このような物体が登場していた筈だ。健は曖昧な記憶を辿りながら、その物体の名称と正体を思い出そうとする。そして――
「おぉ、そうだ!」
「あ、何か分かったの!?」
「おう、思い出した。オニフスベっつーキノコ、あれによく似てる」
―解説―
鬼燻(鬼瘤とも)。Calvatia nipponica Kawamなる学名を持ち、地方名では藪玉、藪卵、狐(天狗)の屁玉、埃茸、馬勃などとも呼ばれるこの奇妙な菌類は、担子菌門ハラタケ目ハラタケ科に属する、我が国特産のキノコである。夏から秋にかけて、庭先や畑、雑木林、竹林などの地上に大型の子実体を一夜にして生じる。
これだけならば普通のキノコと大差ないが、子実体は白い球体であり、直径は20~50cmとキノコにしては信じがたいほど巨大であり、その様は天然のバレーボールである。
幼菌内部は白色で弾力があるが、次第に褐色の液を出し紫褐色の古綿状になるとされ、これがグレバと呼ばれる乾燥した菌糸組織(弾糸)と担子胞子から成る胞子塊である。
この後更に成熟しきると、申し訳程度の外皮さえ剥がれ落ち、中の胞子塊があらわれ異臭を発つようになる。風に吹かれ次第に弾糸がほぐれて胞子を飛ばし、やがては跡形もなく消滅してしまうという。これが屁玉だの埃茸だのと呼ばれる所以であろう。
―解説終了―
「き、キノコ?……まぁ確かに、オニフスベってなんかあったけどさ、でも水の中や上にキノコって生えるもんなの?」
「さぁな。俺は知らんが自然界はわけわかんねーことだらけだ。それに俺達の今いるここは、異世界だぜ?山口県の裏にある俺らの"けいむ市"だって変なことばっかだってのに、まして異世界だ。水の中や水の上にキノコが生えたっておかしかねぇだろ」
「まぁ、それもそうだけどさ」
因みに健はこう言っているが、水中キノコというものは地球にも存在する。2010年にアメリカのオレゴン州南部のローグ川で発見され後に新種登録されたPsathyrella aquaticaというナヨタケの一種がそれであり、この種は川の中で生え育つとされている。
「それよりこのオニフスベってよ、なんか聞いた話だと食えるらしいぜ。味のないハンペンみてーな感じらしい」
「へぇ、食べられるんだ。ちょっと捌いてみる?」
そう言ってあかりが取り出したのは、エメラルド色に輝く細剣・ハーレーレイピア。ルナトーズの有する武器が一つである。
「ははは、いいかもなぁ。ちょっと待ってろ、まな板になりそうなもん取って来――「きゃああああああああああ!?」――!?」
健が謎の球体キノコを持ったあかりから目を離した刹那、彼の耳をあかりの悲鳴が劈いた。
「あ、あかりッ!大丈夫か――って、何だぁ!?」
咄嗟に振り向いた健は、そこで信じがたい光景を目の当たりにする。
「ひ、あ、お、お兄ちゃんッ!そいつら、そいつら早く何とかしてっ!」
「キゥゥ」
「プゥフ」
「コポー」
盛大に尻餅を搗きながら泣き叫ぶあかりの指差す先では、投げ捨てられ内側から突き破られてしぼみつつある謎の球体キノコの中から、赤いドロドロした液体や白い破片が流れ出るのと同時に透明な小さいナメクジのような何か―この時の義兄妹は知る由もなかったが、それはウミウシ型生体兵器"イプセルドーリス・ディアファヌマ"の幼生であった―が次々と這い出していた。
その光景はけいむ市に暮らす中で常軌を逸した様々な存在と対等に渡り合うようになっていたことで図らずも様々な形での精神鍛錬を強いられていた健でも思わず嘔吐しそうになるほどにグロテスクであり、まして耐性のないあかりにとっては泣き叫んで当然と言える代物であった。
「(こいつは……一体……)」
次回、ネルンボの恐るべき"役割"が明らかに!




