第三話 可愛げゼロの王女
下手に出る繁を相手に強気に振る舞うコリンナだったが……?
―前回より―
異世界カタル・ティゾルはエクスーシアのテリャード城にて、コリンナと辻原はひたすら向かい合っていた。
お互い黙り込み、微塵も動かないまま数分間も睨み合っていた二人。
その沈黙を打ち破ったのは、辻原の方だった。
「初めまして。名も何も知らぬ異国の美しき姫君よ」
柄にもなく――というより、上役や遠い親戚などを相手にするような声色で――馬鹿丁寧に話を切り出す。
「私は辻原繁。嘗て倭或いは大和と呼ばれし極東の矮小な島国に産まれた、取るに足らない庶民です。本日はお許しもなく貴方様のお城へ侵入してしまったこと、深くお詫び申し上げます。ひいてはこの城の出口を教えて頂きたいのですが、宜しいでしょうか?」
辻原の芝居がかった挨拶を受けたコリンナもまた名乗る。
「此方こそ初めまして、辻原。私はコリンナ。コリンナ・テリャード。
このテリャード城城主にしてこの国の国王、ジェローム・テリャードの一人娘よ」
「コリンナ……良いお名前ですな」
「有り難う、辻原。それと城の出口についてだけど、心配要らないわ」
「何故です?」
辻原の問いに、コリンナは声高らかに言い放つ。
「何故って?決まってるじゃない。貴方はこれから私の下僕になるからよ。
下僕である以上、私の言うことは何でも聞いて貰うわ。城から出るにしても私の許可が無ければ駄目よ。でも有り難く思いなさい。このエクスーシア王国……いいえ、ノモシア大陸一の美少女であるこの私の下僕で居られるんだから」
黙り込む辻原に、コリンナは更に付け加える。
「あぁ、それと……貴方が産まれ育ったって言うそのワとかヤマトとかいう国だけど、帰ろうなんて考えないことね。だって死んでも無理だもの。貴方に使った召還魔術、この世界で扱えるのは私達神性種の中でも特に優れたエリートだけなの。そもそもこの城に、その魔術を扱えるのは私と私のお父様しか居ないわ。だから貴方が元の世界に戻る事は、絶対に無理って訳」
あくまで優雅ぶって平静を装うコリンナだが、その口ぶりからは微かにだが慢心が滲み出ていた。
「あ、そういえば世界とか何とか言われても、何のことだかさっぱりでしょ?良いわ、教えてあげる。特別サービスよ、感謝なさい」
大仰な動きで歩みながら、コリンナは言葉を紡ぎ出す。
「この世界の名は――「カタル・ティゾル」――!?」
突如話を遮られたばかりか、決して知り得る筈のない情報を軽々語り出す辻原に驚いたコリンナは、思わず言葉を失った。
しかし辻原は、尚も話し続ける。
「それぞれに文化・技術等が大きく異なる6の大陸から成る世界。その根底に存在するのは、自然界に起因する二つのエネルギー理論とそれを昇華させた技術。魔力からなる魔術と科学からなる学術。
これら二つの影響により生態系は日々多様化の一途を辿り、優れた生物学者は中堅貴族と同等の身分を得る事もある。ただ、身分の高い者には圧倒的に魔術関係者が多い」
コリンナは、本来知っているはずのない情報を淡々と語り続ける辻原に気圧されていた。
「(何故……?何故なの……?何故この男が、カタル・ティゾルの事をこんなに知っているの…?)」
「文明を形成する生物の種族・形態も多種多様であり、一口に人類と言いくるめる事は難しい。神性種は数ある"カタル・ティゾル民"の中でも特に希有な存在であり、総じて王族・貴族に属し社会的地位も高い。魔力・魔術の才能にも長け、主要な魔術関係者はどこかで神性種と繋がっている。
名前の由来は主要な出身地であるノモシア大陸の大国・エクスーシア王国に伝わる神話に起因。神性種はその神話に於ける造物主の眷属を自称し――「ちょっと待ちなさいよ!」
淡々とした説明を遮るようにして、コリンナが怒鳴る。
「神性種がトゥマージョーの祖先にして眷属である事は紛れもない事実よ!
創世の神トゥマージョーとその妻である記憶の女神インディクリストとの間に産まれた子供達……その末裔が私達神性種なのよ!?
それを自称ですって?ふざけるのも大概にして!
もう良いわ、今日から貴方は下僕なんかじゃない。私の奴隷よ!
死ぬまでペット以下の扱いでコキ使ってやるわ!
有り難く思いなさい!これから貴方は――「黙れクソガキ」――んなっ!?」
騒ぎ立てるコリンナの言葉を遮り、辻原は本音を口にした。
「こっちが態々下手に出てやってるからってな、調子こいてベラベラ喋ってんじゃねぇよゴミクズが。つか目障りだわ、お前。ハッキリ言わせて貰うが、一度死んだ方がいいんじゃねぇか?
つうかお前みてぇのは一度ぐれぇ本気で死ぬべきだろ。いや、冗談抜きで」
思いも寄らぬ毒舌に、コリンナは言葉が出なくなった。
明らかに先程までとは態度が違う。本当に同一人物なのかと疑いたくなるほどに。
愛と友情に生き、親しい者を思い敬う事を美徳とする辻原。しかしその本性とは、そんな彼の設定を根底から覆すものである。
彼はある一面に於いて卑劣で狡猾なサディストであり、敵と看做した相手を破滅させる為にはどんなに卑怯な手段や姑息な真似も厭わない。
その上ある意味で独善的な考えを持っており、動機が家族や友人など親しい人々への愛によるものであり、尚かつ違法でなく表沙汰にならなければどんな事でもやって良いという考えの持ち主である。
更にそれらの動機が含まれていない悪行も「生物は生きるに当たって必然的に罪を犯してしまうものだ」という言葉で弁明しその殆どを完全に正当化してしまう。
斯様に何とも悪質な男というのが辻原繁の本性の一つであり、例えるならばホンソメワケベラとアンボイナガイの中間といった所であろうか。
ホンソメワケベラとは掃除屋として名の知れた魚であり、魚の歯に詰まった食べカスや体表の寄生虫を啄むことで広くその名が知られている。
一方のアンボイナガイは、猛毒を含んだ針で魚を毒殺し丸飲みにしてしまう恐るべき巻き貝であり、この毒は人も殺せる程に強力である。
同じ環境に棲みながら悉く正反対の性質を持ったこの二種類こそは、まさしく辻原の性根を表すに相応しかった。
暴言は、まだまだ続く。
「つか、お前は正直なところアレだな。テンプレの塊だな。要するに面白みの欠片もねぇ。今日日萌え豚全盛期……作家・アニメーターは勿論企業商店地方自治体観光地、果ては教育機関や寺院まで萌えに走る時代だ。
そんな時代だからこそ、スタンダードな萌え属性は使い古されつつある。信者や新参の根強い指示があって廃れこそしてねぇがな。だがそれは逆に言えば、テメェみてぇな奴なんぞ何処にだって居るって事になる。貴族・金髪・ツインテール・貧乳の時点でもうカブりまくりだっつの。要するに、テメェみてぇな奴の代理なんぞ腐るほど居るんだよ。
そもそも異世界召還自体、近代ライトノベル界隈じゃ腐った先に森が出来るぐれぇの数になってやがる。しかもその殆どがティーン男のハーレム物語だ。ふざけんじゃねぇぜ、ド畜生めが。
何か自分で言ってて腹立ってきたしよ……とりあえずお前、殺すわ」
辻原は恐怖の余り硬直して動けないコリンナの首筋を掴み彼女を睨むと、その口を大きく開けた。
開かれた口の中から現れたのは、無数の太い針の束。
その先端部から、若草色の霧が勢い良く噴射された。
繁が吐き出した霧の正体とは!?