第二百九十七話 戦うゲスト様-近付く決戦-
森を抜け、町へ!
―作戦開始より十五日後の朝・学園班拠点内部にて―
『ぁー……お早うございます――っと――作戦開始より早半月が過ぎましたが、皆様如何お過ごしでしょうか』
翌朝九時。スピーカーから場内に響き渡ったのは、相も変わらずやる気があるのかないのかわからない香織の演説であった。
『はぃ、我らがアダーラ大隊の調査に寄れば中央スカサリ学園の残存戦力は当初の三割程度にまで衰退したと推測されます。これも単に皆様のご協力あってこそと言えるでしょう。本当に有り難う御座います』
―同時刻・企業班拠点内部にて―
『"扉"は予定より二十五日も早く山を抜け、現在ロディア市内に滞在中です。予期せぬトラブルの元となりかねませんので、有事を除き外出には正式な許可が必要となります』
同じようにして放送で語りかける璃桜の喋りは、香織のそれと対称的にハキハキとしており健康的な雰囲気を醸し出していた。
『尚、現在"扉"は時速40kmでロディア市内を移動中です。目的地であるクロコス・サイエンス社屋前には本日夕方16時頃の到着予定となっており、随時アダーラ大隊を派遣。見取り図の作成と配布が終了次第、随時作戦へと移行する形となっております』
かくして二つの班は、ほぼ同じタイミングで両勢力の拠点へと至る。
―同時刻・中央スカサリ学園地下の一室―
「……すまんが、もう一度言ってくれんか。歳の所為か耳が遠くてなぁ……」
「だから言ってるじゃないですか、理事長。俺ァ戦争なんか認めない。真実を知った以上、何が何でもこの事実を白日の下に晒してやりますよ……」
剣術部副将・屋伝王将。ウデムシ系外殻種という恐ろしげな外見の割に根っからの正義漢である彼は現在、鋼鉄製の土木用ワイヤーで椅子に括り付けられたまま中央スカサリ学園理事長ガロン・ダンパーと対面していた。
「(……ふん、所帯も持てず酒も飲めぬ小童如きが抜かしおる。こんな筈ではなかったのだが、何処で教育を間違えたかなぁ……)」
「(俺がすんなり従うと思ってダラダラ話すってのがそもそもバカ丸出しなんだよ。そろそろ認知症がキてんじゃねぇか、クソ爺めが……)」
事のあらましを例の如く箇条書きで述べると、以下のようになる。
・"生体災害が危険域にまで達したため"との理由で閉鎖される学園。そして生徒達には自宅待機・外出禁止令が出される。
・多くの生徒達はこれをすんなり受け入れたが、諸々の不審な点を察知していた王将はどこか余所余所しい学園側の動きを訝しんでいた。
・しかし早計な判断で動くことを躊躇った王将は、幼馴染みのセルジスに相談がてら連絡を入れる。小さい頃からお互い何時もそうしてきたからだ。きっと何時も通り的確な判断を下してくれるに違いない。そう思っていた。
・だが彼の予想とは裏腹に、幼馴染みの態度はどうにも煮え切らない。"落ち着いて行動すべき"とは言うものの、その口ぶりは"今お前が動くと不都合だから余計な事はするな"という本音を覆い隠しているかのようだったのである。
・かくして動き出した王将は誘い込まれるように学園地下へと入っていき、そこでエリスロの"特秘業務"を目の当たりにする。王将はその余りにおぞましい光景に逃げ出そうとしたが、そこで運悪くダンパーに見付かり魔術で椅子に括り付けられてしまう。
・そして地下室に連れ込まれた彼は、ダンパーからありとあらゆる真実を聞かされた上で学園への協力を持ち掛けられる。
・しかし当然王将は持ち前の正義感からそれを拒否するに至る。
「そうか。それは残念だが仕方ないなぁ。本学園はあくまで生徒を個人の自由意志のままに導くことを方針としている。君の意志を蔑ろにはできないからね」
「(……ありゃ、何言ってんだこの爺……何か怪しいがまぁいいや……)お心遣い感謝します、理事ちょ――「そして、恐怖に臆さず自らの意志を貫き通した君に褒美を取らせよう――来いッ!」な、褒美、って――!?」
ダンパーに指示されるままに彼の背後から現れた人物を見た王将は、まるで声帯が止まったかのように言葉を失った。
「セル……ジス……?」
そう。ダンパーの指示を受けて地下室に現れたのは、よりにもよって彼の幼馴染みである同級生のセルジス・ズィリャ・プロドスィアだったのである。
「お呼びでしょうか、理事長」
「あぁ、少しそこで待っていなさい……屋伝君、紹介しよう。我が親愛なる同士の――「セルジスに何をしたァッ!?」――おいおい、落ち着かんかい。他人の話へ割り込むもんじゃない」
「五月蝿ぇ、黙れクソ爺!何で……何でセルジスがお前なんぞに従ってんだよッ!?」
「何故従っているかだと?借金の肩代わりに決まっていようが」
「借金……だと……?」
「ん、そういえばこれは公表されていなかったか……何、簡単な話だよ。この娘の親は大変な浪費家でな。様々な金融機関にそれはもう、庶民にとっては天文学的と言える程の借金があった。自らの過ちを悔いた夫婦はせめてもの思いで幼い娘を親戚に託し、家財はおろか自らの肉体までも―それこそ臓器から羽毛、皮膚から骨という血肉の全て―を売り払い、自らの命を絶ってまで借金の返済に充てんとした。だがたかが羽毛種二人の血肉如きで多額の借金が返せるわけもない。借金は娘を通じて親戚に降り懸かった――そして私は、そこに目を付けた。借金を帳消しにするついでにこの娘を我が学園へ入学させたのだ。学費免除の特別待遇でな」
「その肩代わりが戦争の手伝い……言葉だけ聞くとどうにも割に合わない話みてぇだが、そんな取引で大丈夫か?」
「大丈夫だ、問題ない。借金を帳消しにする方法を変えた事で、寧ろ我々にとっては釣銭が万札で来るほどの取引となりえたからな」
「方法……まさか……」
「お察しの通りだ。幸いにも夫婦は正規の銀行なんぞにゃ金を借りてはいなかったのでな、娘の両親が金を借りていた貸金業者を身内ごと生体兵器の材料や素材としてやったのさ。大規模な公的機関ともなると手出しは面倒だが、民間業者なら関係者を鏖にしてしまえば組織として成立しなくなり、借金のデータも意味を成さなくなる。連中の死は我等が兵士達の糧となり無駄は出ず、悪質な闇金融やら高利貸をあらかた殲滅できれば善良なる民衆が道を踏み外す確率も減少する。借金帳消しと学費免除の恩恵も考慮すれば、何とも良いことずくめなのだよ」
「だがセルジスは兵士としての生活を強いられた!」
「借金地獄よりはマシであろうが。幸福の代償と見ればその程度安かろう?」
「……」
「論できんか、或いは言い返す気も失せたか……まぁどちらでも良いわい。貴様が我等に逆らう以上、処遇は決まっておるのでな……」
「(拳銃……俺もここまでか……)」
ダンパーの懐から取り出された拳銃の銃口が自身に向けられるのと同時に、王将は自らの死を悟り生を諦める。
「ではの、屋伝王将。死まで半日を切ったのだ、精々いい夢を見るがよいわ」
ヒント:セルジスの名前を和訳