第二百九十一話 戦うゲスト様-半魚人の大トロ握り(ではない)-
作戦開始から数日後のこと
―前回より数日後の夜間・中央スカサリ学園某所―
「コーノンッ!コーノンは居るかッ!」
「お呼びでしょうか、ダンパー理事長」
ダンパーの呼びかけに応じ四足歩行で馳せ参じたのは、中等部教員にして生体兵器の指揮・管理を担う袋猫系禽獣種の男・コーノン。
「君は相変わらず行動が早いな」
「お褒めに預かり光栄です。して、用件は何です?」
「うむッ、では単刀直入に告げよう――大至急"T.O.R.O.隊"に出動要請をかけてくれ」
「と、T.O.R.O.隊にですかッ!?」
「そうだ。私も最初は躊躇ったのだが、かの集団が有する力は推測される人員数に反比例して極めて高い。その少数精鋭ぶりは、最早通常の生体兵器が追い付かないレベルへと達している。さりとて学園敷地内の警備を手薄にするわけにもいかん。只でさえ"アレ"に反逆され厄介な状況にある以上、秘宝だけは何としても守り抜かねばならん」
「しかし理事長、T.O.R.O.隊の恐ろしさはご存じでしょう?"枷"を失った彼らの理性は完全に失われる……それも、擬態されたままにッ!」
「勿論だとも。解き放たれた彼らが生きたまま正気に戻らないことも、当然把握している。だがだからこそ、T.O.R.O.隊は解放されるべきなのだ。この状況を覆せるのは彼らしかいない」
「確かに、ここであいつ等動かさなきゃ、わざわざあんなド変態のクソ共をVIP待遇で世話して色々吸い出すべく尽力した祖母ちゃんの努力を無碍にする事になっちまいますし」
「ははは、ド変態のクソ共とは手厳しいな。あんなのでも一応正式名称があるんだ、そっちで呼んでやったらどうだ?」
「いやぁ、似合わないでしょ。クブスなんて名前、洒落すぎてる」
―同時刻・湖の流れ込む洞窟にて―
※ここからは生体兵器の言語を地球人向けに翻訳してお贈りします。
〈という訳で、戦況を危うく思われた我等が救世主コーノンは、此方の戦線へ新たに強力な援軍を派遣して下さるとの事だ〉
立ち上がってそう語るのは、"蓮守"こと"サルミヌス・クストディ"の筆頭―俗にいう"長"たる黄金色の個体であった(クストディの通常個体は緑色)。
〈援軍ですか、それは心強い〉
〈正直あの変な奴らにやられっぱなしだったものねぇ、私達〉
〈全くよな。他より知恵で勝る我等とは言え武力は並〉
〈援軍……嬉しい……〉
東西南北それぞれにある湖で一族を纏める四匹(それぞれ青、赤、白、黒)の半魚人達は、逼迫した状況に差し込む一筋の光に希望を半ば肺と化した浮袋を膨らませた。
〈それで族長、援軍の方々は何時来られるのです?〉
〈ぬっふっふ、そう慌てるでないタン・ギマよ。心配せずとも援軍は此方へ向かっておる。お主の管轄である東の池にならば、遅くても明日の昼前には到着するであろ――〈族長ッ!ピス・ワン族長ッ!〉
黄金色の族長ピス・ワンの発言に割り込むように響き渡る声の主は、伝令と思しき小柄な通常個体であった。
〈どうした、一体何事だ?〉
〈はッ!敵襲ですッ!偵察班によれば、件の者共である可能性が高いとの事ッ!〉
〈人数と主な特徴は!?〉
〈人数は四人。体格や装備等からの推測が確かならば、数日前西の湖を襲撃した者共と思われ―〈西、だとゥ!?〉
伝令の言葉を掻き消す大声の主は、西の湖の管轄である大柄な白い個体であった。因みにこいつの名はトイ・ルコ。
〈伝令、その情報は確かかッ!?〉
〈あ、あくまで推測の域は出ませんが、少なくとも七割方は―〈あいわかった!報告御苦労ッ!〉
トイ・ルコの怒号にも等しい声に気圧された伝令は、思わず卒倒しそうになる。背後で南の沼を統べる赤い雌のスック・ボダが咄嗟に支えて居なければ、本当に卒倒していたかもしれない。
〈ちょっとトイ・ルコ、落ち着きなさいよ。伝令の子がびっくりしちゃったじゃない〉
〈すまぬな。だが許せスック・ボダ……数日前、我等西の一派が受けた屈辱は凄まじいものだったのだ……特に憎きはあの滑空する小娘だ。軟弱そうな面構えの癖に、我が一派を次々と……〉
〈まぁ気持ちは痛えほどわかるがよ、俺ら派閥長は理性的でなきゃ―――あ゛ア゛ァ゛ァ゛ア゛ッ!?〉
刹那、タン・ギマの首筋へ刃物によるものであろう切れ込みが入り鮮血が吹き出す。幸いにも斬られたのは静脈であった為か出血量自体は少なかったが、発痛物質でも仕込まれたのか凄まじい形相で苦しみ悶えている。
〈タン・ギマッ!〉
〈ッ―ぁ゛ぉ゛うあ゛ッ、ぎぅ、ぅ―俺の事はいいッ!――敵襲だ、早く逃げ―ッぐぇぁぁぁぁああっ!〉
喋る隙さえ与えずに撥ね飛ばされるタン・ギマの首。膝立ちの状態で暫く血の噴水と化した青い半魚人の胴体は、やがて力無く崩れ落ちた。
〈……たッ、タン・ギマぁぁぁぁぁぁぁ!〉
〈えぇい、何と言う事を!卑劣漢めが、名乗り出いッ!〉
腹の底から絞り出されるトイ・ルコの叫び。闇に潜む敵がそれを言葉として理解することは到底不可能であったが、流れを察しでもしたのであろうか、二人の人影が半魚人四匹の眼前に姿を現した。
「あーらら、殺っちゃった……相変わらず手が早いわね。正直ヒくわ」
「ふん……私の本職は護衛だ。敵を迅速に仕留めて何が悪い……」
『ちょっと二人共ォ、仲良くして下さいよ。異世界活動なんてそうホイホイできるわけもないんですから、出来ることならいい思い出作らないと』
半魚人達の眼前に現れたのは、中世西洋の将校を思わせる身なりに騎士風の兜を被った長身痩躯の男と、革のような質感の黒い装束を着込む、曲がりくねった角のように纏められた横髪が特徴的な金髪の少女であった。
二人の後に聞こえたのは三十路過ぎと思しき男の声で、どうやら通信機越しに話しているようだった。
〈こいつらが……タン・ギマの仇ッ……〉
〈哺乳動物の若造と小娘めがぁ……〉
〈敵は……殺す……〉
〈ぬぅ、これ以上死人は出したくないが……致し方無しか……〉
かくしてサルミヌス・クストディの幹部格四匹と謎の男女二人による壮絶な戦いの火蓋は切って落とされたわけだが、半魚人達は自分達と相対する"哺乳動物の若造と小娘"及び"通信機越しに話す男"の恐るべき正体を、まだ知らない。そして、永遠に知ることもなく死んで行くであろう。
その名は"クアル・ハイル"――痛みに救いを見出さんとする狂人達の集まりである。
次回、"クアル・ハイル"とは一体何なのか!?