第二百九十話 戦うゲスト様-刑事二人、夏の夜に氷塊見る:後編-
刑事二人の目指すべき道とは……
―前回より・CS社襲撃班拠点内部の食堂―
「しっかしまァ、実際に遭遇すっとは思ってなかったぜ」
「あぁ、全くだ。警察も動いてるって話だきゃ聞いてたんだがな」
「しかも驚くべきは、彼らが捜査三課所属だという事ですよ」
『公僕の事情には詳しくありませんが、死人が出る程の事件ならば一課や特殊部隊が動くべきでしょうにねぇ』
「彼らの話を聞く限り"点数稼ぎ"とやらに夢中の上層部は、そういった厄介事に介入したがらないのでしょうね」
エルマからの報告を受けたリューラ達の計らいでクロコス・サイエンス襲撃班の拠点たる異空間に招かれた高宮と真壁は、そこでお互いに持ちうる情報を交換し合っていた。
二人は捜査三課の刑事である自分達が生体兵器―もとい"未確認超存在"を追って捜査を進めていること、最初は過酷だった捜査に慣れる余りそれが一種の"娯楽"と化してしまっていること、テラーギガスに囲まれていた所をエルマに救われたことを話し、生体兵器がクロコス・サイエンスと中央スカサリ学園によって人為的に産み出されていること、二つの組織が嘗て引き分けに終わった二国間の抗争に"自国の勝利"という形での結末をもたらすべく国家の代行者として暗躍していること、自分達の話している相手がかの"ツジラジ"関係者であること、"ツジラジ"が異界民を引き入れ戦力を増強した状態で二つの組織を潰しに掛かっていることを聞いた。
情報交換の時間は両者―特に高宮と真壁の側にとってとても有意義なものであり、二人の刑事はすぐにでもこの場で得た情報を公表し、影で蠢く二大組織の陰謀に止めを刺す事で事件を解決に導きたいと思っていた―――が、そんな矢先のこと。
「時にお二方、一つ質問しても宜しいでしょうか」
そう言って話を切り出したのは、自身を含む作戦参加者達がそれまでに用いた膨大な量の食器類全てを洗い終えた璃桜。思わせぶりな喋りに何かを察した二人は『構いませんが』『何でしょうか』と返す。
「ではもし差し支えないのならば――来客の心中を見透かす無礼を承知でお聞きしたいのですが――」
「はい、何なりと」
「俺らにゃ答える義務がありますんで」
「では――もしやあなた方は、ここで我々から得た情報をそのまま公表し、事件を解決へ導こうとお考えではありませんか?」
「……はい、まさしくそのつもりですが……」
「何か問題でも?」
さも当然のように答える二人に、璃桜は『重ね重ね無礼を承知で申し上げますが』と言って、思わぬ言葉を紡ぐ。
「大変失礼ながら……あなた方のその考えは法の下に民衆を落ち着かせる役割を担う"警察"にあるまじきものかと思います」
「……ほう、何故です?迅速に根源を潰して事件を解決に持ってくのが警察の仕事なのは常識でしょうに」
「確かにそれは根元的な正答と言えましょう。然しながら、警察関係者の答えとしては些か誤答でしょう。そもそも警察の仕事とは民衆を落ち着かせること。ならば事件の解決も『民衆に受け入れられる形』でなければならない筈です。違いますか?」
「確かに一理あります……が、その場合もみ消しや隠蔽を正当化する事になってしまうのでは?」
「勿論もみ消しや隠蔽を正当化するつもりは毛頭ありません。情報は開示されるべきです。私が言いたいのは―粗のある意見とは思いますが、情報を手に入れた"過程"の事でしてね」
「過程?」
「そう。"如何にして手に入れたか"という"過程"です。この場合あなた方は、異界民を擁する諸国を荒らし回る劇場型犯罪者集団との会談という"過程"によって情報を得ている。このような経緯で得た情報を、果たして民衆が受け入れられるでしょうか?」
「まぁそれをそのまま晒すのは愚行でしょうが、その――「『その過程を好きなように言い換えて公表すればその問題点は無いに等しい。そもそも過程など公表しなければいい』とお思いかも知れません。しかしあなた方の立場を考えると、そういった取り繕いは塞ぎきれないほどの"穴"を産み、"修正の余地無き綻び"の起点になりかねない。故に―これはあくまで私個人の考察ですが―情報の公表には民衆の圧倒的大多数をほぼ確実に納得させることのできる"ごく自然な過程"という"口実"が必須と言えます」
「つまり、私達に何をしろと?」
「はい―これも私の個人的考察なのですが―既に答えが手の内にあるのですから、今度は警察がそれを得られる"ごく自然な過程"を実際の行動によって確立させれば何とかなるかと。行動に移すことでその過程を経たという確証を得られますし、もしかすれば新たなる情報を得られるかもしれませんから」
「もし仮にその過程が見当たんなかったらどうすりゃいいんで?」
「受動的に過程の確立を待てばよいのです。言わば『先に結論を述べる文章』のようなものですね。単純な正答Xはさして特秘されるべきものでなく、それだけでは大した意味を成しません。それが如何にしてXに至ったかという、過程Yが付与されてこそ答えは真の意味を成すんですよ」
「つまり今の私達がすべきは付与されるべき過程Yを探し出すことですね」
「計算問題集の回答写す時、回答欄に数字だけ書いて赤丸付けりゃいいわけじゃねーのと同じですね。問題の途中経過とかも写して、それを自分なりに理解してこそって奴だ」
「行為の是非は兎も角、的確な例えですね。まさしくその通りです」
かくして捜査の方針を改めた二人の刑事は捜査の為山を降りる事となり、その護衛をエルマが受け持つこととなった(移動手段は本来作戦参加者がポイントによって購入できる商品の一つである山林用小型無限軌道車。大型生体兵器との戦いでかなりのポイントを稼いでいたリューラやバシロから買い与えられた品である)。
―夜中の山道―
「いやァ、凄ぇなッ!憧れちゃいますね、こういうの見てっと!」
「本当よね!私ら二人揃って魔術も学術もろくすっぽやり込んでないから、ほんと憧れだわッ!」
「お二人共買い被り過ぎですわ。我が一族ではこの程度序の口ですし」
エルマに護衛されながら山中を進む二人の周囲で起こっている光景は、まさしく"神秘"と呼ぶに相応しいものであった。扇情的かつ攻撃的な身なり―本領を発揮する際の、言わば"戦闘形態"―へと変じたエルマの魔術により次々と絶命していく、大小様々な生体兵器達。その死因は何れも"氷雪"や"低温"に纏わるものであったが、勿論単純に凍死しているだけという事はない。
例えば常に二足歩行するエリマキトカゲのようなリザドロンや同じく二足歩行する巨大なクマネズミたるマウソルジャー、死人を操るクライムパラサイト等といった比較的小柄な生体兵器はそれこそ漫画のような"氷漬け"になって死んでいたし、これがウィドラクネやタウロークス系列等の中型サイズになると機関銃弾が如し勢いで氷矢や氷弾で射殺され、大型のステルス・ビーストやオリバー・クラッカー、テラーギガスともなれば鋭い氷柱や冷凍液の詰まった氷塊といった大規模な攻撃魔術の出番となる。
「今夜は月も明るいし、絶好の教育日和ねッ!」
百戦錬磨の任侠も思わずたじろぐようなエルマの視線と物言いは、彼女のサディスティックな本性を大気中へ惜しみ無く放出するが如しものであった。
さる異界に生まれし昼行性吸血鬼貴族の令嬢兼次期当主である彼女の力は不安定ながら凄まじく、また大変に興味深い性質を有するのであるが――その詳細は本日中に更新予定の解説にて詳しく述べる事とさせて頂く。
かくして無事に山を出た高宮と真壁はエルマに別れを告げ、それぞれの自宅へ戻っていった。
次回、新型生体兵器登場!?




