第二百八十八話 戦うゲスト様-少年激昂:後編-
エルクロイド家の秘密とは?
彼が"それ"を宿していたのが何時からの事なのか、或いはそれが彼の代から始まった事なのか、詳しい事情の多くは定かでない。ただ、それが"時に死の危険をも伴う恐るべき力である"ということだけは確かに断言できる。
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宣教師ルシフェル・エルクロイドは"堕天使の長"を意味するその名と数多の活躍から『悪魔の名を持つ聖職者』の名で広く知られ、生ける伝説として大衆から英雄視され、また恐れられていた(ものと思われる。あくまで推測の域を出ない考察であり公式の見解はないがここではそう表記させて頂く)。しかし彼の"悪魔"という聖職者にあるまじき不名誉な称号は、単にその名だけを意味するものではない。
というのも彼は聖職者でありながら、地獄の長ともされる恐るべき堕天使・ルシファーを身に宿していたのである。その力を人々への献身に用い続けた彼は聖なる意志の下内に宿る魔王を消し去り、また自らも果てていったという。
そしてその"力"は彼の血を引く子供達にも確かに引き継がれており、覚醒に至ったシルナスは天使とも魔王とも称される邪悪な神格・盲目赤蛇をその身に宿している。彼自身はこれを"我が力にして忌むべき罪"と称し決して表沙汰にしたがらず、抑圧された力を能動的に行使することは皆無に等しい。だが今回は様々な要因(猿への嫌悪、イリアへの愛、件の映像を見た際のトラウマ等)が折り重なった結果その抑圧に綻びが生じてしまい、本人の意志と無関係に悪魔の力が暴走。侵食によって少年の言動を狂わせるに至ったのである。
しかしながら―如何なる原因かは不明だが―幸か不幸か、彼の身体にサマエルは降りてこなかった。代理とばかりに(半ば強制的な形で)取り憑いたのは、嘗て世界をマタに駆け悪行の限りを尽くした指名手配犯にして元アサシンバグ保有者でもある蛇舅母系有鱗種の男、スキンク・ラケーリーであった。死後霊として漂っていた所をシルナスと出会い図らずも憑依してしまったこの狡猾な爬虫類は、愛故に荒れ狂ったシルナスの心を狂気の渦から救い出し、一時的な助言役として彼に付き従う事としたのである。
―前回より―
「(スキンク!?スキンクって何!?サマエルじゃないの!?)」
状況の飲み込めていないイリアは、内心混乱しながらも逆さ吊りからの脱出を試みていた。しかし依然として大猿の腕力は凄まじく、幾ら抗っても掴まれた足は1μmさえ動きもしない。イレピドゥスはそんな彼女を嘲笑うかのような声を発し、下半身の"内臓"に突き刺さったジャベリンを引き抜こうとした――が、猿の指が伸びた途端槍は一瞬で液状化し突き刺さった穴から"内臓"の内部へ入り込み、その片方を内側から凄まじい力で木っ端微塵に破裂させてしまった。黒に近い褐色や、白や赤の飛沫や肉片が辺りに飛び散る。
「ブォごアぁッ!?ヒッギ、ガォあッ!?オご、ブぉ、こホォヒィッ、オ゛オ゛オ゛オ゛ァ゛ァ゛ァ゛!」
厳重に"保護されるべき部位"であるが故に痛覚神経が集中し、軽い打撃を受けただけでも数分は動けなくなる"内臓"。その片方を内側から粉々に引き裂かれたとあっては、幾ら刺突の痛みに耐える胆力を持ち合わせたイレピドゥスと言えども悶絶せずには居られない。緩められた猿の手から抜け出たイリアは即座にシルナスの背後へ逃げ込み、匿う構えを取ったシルナスは後ろ手に無言で恋人の頭を優しく撫でつつ眼前の獣に言い放つ。
「誰が触っていいと言いましたか。醜い獣の分際でそれに触ろうなど、身の程知らずにも程がある……」
「し、シルナス……?」
「大丈夫ですよ、イリアさん。貴女は僕が必ず守ります……スキンクさん、失礼ながらもう少しばかり力を貸して下さい。彼女を攫ったあの猿は、徹底して殺さねば気が済まない……」
「もう少しばかりどころか存分に貸してやるよ、力ぐれぇ。まぁ近場で交戦中だった保有者二人から適当に拝借したもんで、俺の力じゃねぇがな……扱いはさっきと同じようなもんで大丈夫だ」
「お世話になります」
愛用する金属杖(通称:不死鳥の杖)を腐葉土の地面に突き立てたシルナスは静かに祝祷の構えを取る。そして少年の身体に起こった"変異"を目の当たりにしたイリアは、驚愕の余り絶句する。
背より飛び出す、六対の翅。眉より生えるは、一対の細長い触角。黒やグレーの衣類は光沢を放つ外骨格へと変化し、露出された皮膚をも包み込む。
そうした工程の末に成されたのは伝承に伝わるサマエルが黒い羽虫の形質を得たかのような姿であり、言わばそれこそ彼の"破殻化"であった。
「上手いこと行ったようだな」
「はい、僕も内心驚いてます。でもこれで、あの下等生物を罰する準備が整いましたよ……」
激痛から立ち直りつつある大猿を見据えながら、シルナスは地面に突き立てた不死鳥の杖を手に取った。
「まぁこれなら真面目に戦っときゃ負けはねぇ。だが気をつけな、その姿を維持できんのは4分6.73秒の間だけだ。それを過ぎたら破殻化は強制解除されちまう。カタぁつけんなら迅速にやれ。戦況がヤベェとなったら彼女さん連れて即逃げろ!」
「わかりました!」
「ブォゴァァァァァァッ!ボガォォォォン!」
怒り狂ったイレピドゥスが鼻息荒く四本の剛腕で胸板と腹筋を打ち鳴らし重厚なドラミングを奏で、同時にシルナスが身構える。
更には大猿の咆哮とドラミングに本能でも刺激されたのか、周辺より様々な生体兵器―毛のない犬頭の小人カニス・セルウス、オオトカゲのヴァラヌス・コエピ、色鮮やかな大ヤモリのウルプラトゥス・ヴィヴィド、羽毛のないドロマエオサウルスのようなヴェロキニクス・ダンパル、巨大スズメバチのヴェスピナエ・ドライシセス、騒がしい怪鳥ファルコニフォルメス・オプシア―が各数匹から十二、三匹程現れてはシルナスとイリアを取り囲む。
「くっ、生命の危機を悟り同族を呼び寄せましたか……」
シルナスは頭を抱えた。幾らヴァーミン二つを一時的に保有している身の上とは言え、イリアを守りつつこの数を四分で殺し尽くすなど不可能に等しいからである。
「(かくなる上は逃げるしかないか……)」
シルナスはイリアを小脇に抱えその場から飛んで逃げようかと考えを巡らせる――が、
「ねぇ、シルナス」
「何です?」
「まさかあんた、この場から逃げようってんじゃないでしょうね?」
「……他にどうしろと言うんです?この数に僕一人の正攻法なんてとても通用しませんよ?援軍を呼ぶにしてもそれまで持つか―「だったら私も行くわ」―え?」
「だから、私もあんたと戦うって言ってんのよ」
「そんな、イリアさんッ、でも―「いいから!何か武器になりそうなもん貸しなさい!その杖か、それが駄目ならさっきの槍でもいいから!」
「……わかりました。ではまずこの不死鳥の杖を渡します。武器の調達には少し時間がかかりますから、始めはこれで凌いで下さい」
「わかった。やってみる」
かくして始まった樹海の乱戦は、少年修道士と少女騎士の見事な連携により約4分程度で決着した。浮遊霊スキンクはシルナスに別れを告げ何処かへ去って行き、同時に異能の返還された保有者二人の腹痛もあっさり消え失せたという。
華々しい活躍をした二人の少年少女には莫大な数のポイントが贈られるに至り、二人は妹や親友も招き豪華な夕食を堪能したという。
そして時は経ち、夜。
多くの作戦参加者が日中の疲れを癒し思い思いに過ごす中、そんな中でも―否、"夜だからこそ"と嬉々として野外へ向かう参加者達が居た。
次回二百八十九話以降で描かれるのは、そんな"夜の部"での戦いである。
次回、蒸し暑い夜中の山中で生体兵器が氷漬けに!