第二百八十七話 戦うゲスト様-少年激昂:中編-
Q.マジキチクソアスペの蠱毒がまたダラダラやって尺を伸ばしやがりました。
この程度のことも満足にできない奴に小説書かせていいんですか?
A.まぁ社会不適合者のゴミなんで仕方ないと思います。
シルナス・エルクロイド。若干15歳にして聖職者の資格を持つこの少年は、"獣でありながらヒトに近い姿に嫌悪感を覚える"という理由からか猿を蛇蝎のように忌み嫌う。取り分け"人"と数える学者までいるほどあらゆる面で極限までヒトに近く、分類学上ヒト科として扱われるチンパンジーなどは、見ただけで発狂してしまう程だという。
―召喚初日・異空間の資料室―
作戦についての説明会を受けたシルナスは、一人資料室で学園側の生体兵器について調べていた。恋人のイリアや妹のアリシスなどは『化け物の情報なんて端末で確認できるから学ぶまでもないだろう』と高を括っていたが、生真面目なシルナスは集団の役に立つべく可能な限りの努力をしようとの心がけから敢えて資料室へ向かったのである。
「成る程、この"ネルンボ・スカザーリア"という花へ迂闊に近寄れば瞬く間に食べられてしまうのですね。水辺を歩くときには気を付けないと……。此方の"イプセルドーリス・ディアファヌマ"というのは湖のウミウシで、対処法は氷か冷たい水。"モルダキア・モーディカ"なるウナギは大きな音に弱く、この"プロテウス・デパンダン"にくっつかれると……あぁ、想像しただけで寒気が……お酢をかければ剥がせるのが幸いですね。それからこっちは……」
紙媒体の資料を粗方読み終えたシルナスは、続いて映像資料の消化に取りかかる。アダーラとその親戚達が持てる限りの機能をフル活用(潜入・張り込み・幽体化からの時間跳躍等)してかき集め、見やすく編集した珠玉の代物である。映像資料に思わず見入ったシルナスは、遂に残り一本という所まで資料を見尽くすに至る。最後の一本は飾り気のないパッケージに入っており、白地に赤いペンで『破棄予定 過激内容につき上映禁止』とだけ書かれていた。
それは過激な内容の為に破棄が決定していたにもかかわらず度重なる手違いにより未だ放置状態にあった映像であったのだが、幽霊への恐怖心に負い目を感じていた彼は敢えてそれを見ることで恐怖を乗り越えた上で知識を得ようとした。
だが、その判断がいけなかった。
映像に写されていた生体兵器は"パピオ・イレピドゥス"――よりによって彼の大嫌いな猿の姿をした生体兵器だったのである。否、それだけならまだ良かった。イレピドゥスならば既に資料の段階で目を通している。本当に問題だったのは、その内容であった。
「こッ……これはッ……!」
その内容というのは、イレピドゥスの生殖行為を克明に写したものだったのである。
無論、単なる生殖行為ではない。以前何処かしらで述べたかと思うが、二つの組織が擁する生体兵器は総じてどういうわけか(恐らくはあらゆる行為を攻撃に転ずべきとの意向により)脊椎動物―取り分けヒトとされる種族の異性を利用し繁殖を行う。その事はシルナスも説明会で聞き及んでいたが―否、聞き及んでいただけに、襲い来る不快感は凄まじいものであった。
被害者は霊長種の若い女性であった。それ以上の事は語るまでもないが、無編集・無修正の過激映像を見てしまった少年は、不快感の余りトイレの個室で胃の内容物を盛大に吐き戻してしまった。そしてそれ以後、彼は『かの映像の被害者が自分の愛する者に置き換わるのでは』という恐怖と不安に苛まれる事となる。
―前回より・樹海―
「四本腕……猿……猿……猿ッ!」
譫言のように繰り返すシルナスの顔面には目視可能なレベルで青筋が浮き出、その目は充血した白目の状態で見開かれていた。
「お、お兄ちゃん?一体どうし―「クぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!」―ひッ!?」
獣ような叫び声を上げたシルナスは、妹の声にも耳を貸さぬまま何処かへ走り去ってしまった。
「お兄ちゃん……一体何が……」
「……」
ただ呆然と立ち尽くすばかりの二人は、一先ず拠点に連絡を入れ状況を報告した。
―連れ去られた先―
イリアを連れ去ったイレピドゥスは、自身の縄張りの中でも特に気に入りの場所へ座り込むと、少女の華奢な手足を四本の腕で掴み背面座位の構えに入る。一方のイリアはただただ怯えたような声を上げるばかりで、それがイレピドゥスを余計に興奮させる。
そしてイレピドゥスが欲望の赴くまま行為に及ぼうとした、その時。
「ウゴァ!?」
イレピドゥスの下半身―それも"さる内臓"の片方に突き刺さる、一本の投擲槍。その突き刺さりようはまるで釘か杭のようであり、常軌を逸した激痛の余り大猿は悲鳴を上げて慌てふためき、思わずイリアの手足を放してしまう。
「!?」
わけも解らぬまま解放されたイリアは一目散にその場から逃げ延びようとした―が、あともう一歩の所でイレピドゥスに捕まってしまった。
「この、不細工猿ッ!放しなさいッ!っとにッ!」
意識を取り戻した少女はその腕から何とか逃れようと必死で抗うも、大猿の腕力はそれを良しとしない――と、その時。インナー姿で逆さ吊りになったイリアの視界に、よくよく見慣れた人影が映り込んだ。
「くッ、ふッ、ゥら――ん?」
「フゴォ?」
樹海の植物を掻き分けて現れたその人影は普遍的なシルエットの割に異様な気配を放っており、それは感覚の鋭敏な獣にとってかなり不愉快であるらしい。イレピドゥスは怒りと不快感で醜悪さと恐ろしさが水増しされたような面構えで怪しい人影の人物を睨みつけ、対する人影の人物はそんなイレピドゥスを柄にもなく嘲笑うかのようであった。
そして大猿に捕まったイリアはその人物と普段から大変親しい間柄にあるにも関わらず―否、親しい間柄にあるからこそであろう―"彼"から滲み出る凄まじい違和感を感じずにはいられなかった(そしてその違和感故に本来ならば歓喜・安堵すべき"彼"の到来を素直に喜べずにもいた)。
そして"少年"と"獣"による睨み合いが少しばかり続いた辺りで遂に前者が言葉を発し、少女が恋人に感じていた違和感はピークに達する。
「さァて、着いたぞ少年。あれに見えるがお前の彼女と、それを攫ってきゃあがったクソ野郎だ」
その姿こそは紛れも無く、聖職者シルナス・エルクロイドその人でしかなかった。他の誰とも言いようはない。だというのに、その声と喋りがどう考えても容姿と一致しない。
「(……まさか!?)」
イリアの脳裏をある"恐ろしい仮説"が過ぎる。もし仮にシルナスが"あの力"を使ってしまっていたとしたら?彼の肉体を乗っ取り言葉を紡ぐ存在が"あれ"でないことは確かであるにせよ、逆に"あれ"より更に厄介な代物であったとしたら?
彼と彼の父親をよく知る彼女の恐怖はいつの間にか"自分を捕まえた大猿とこの後に待ち構えるであろう堪え難い結末"に対するものから"己が身を削った恋人に憑依した得体の知れない存在"に対するものへとシフトしていた。
しかしながら、そんな彼女の不安を余所に状況は思わぬ展開を見せる。
「全くよう、若ぇんだから大人を心配さすもんじゃねぇぜ。呼ばれたもんでひっ憑いてみたら、いきなりトチ狂った野犬みてーに走り出しちまうんだものよ、びっくりして尻尾飛ぶかと思ったじゃねぇの」
「申し訳ありません、つい感情的になってしまって」
「(え……何……?どういうこと……?)」
イリアが面食らったのも無理はない。なぜならば彼女の記憶する"あれ"の下に於いて本来ならば失われるであろうシルナスの自我は、しかし憑依している何者かのそれと共存していたからである。
「でもだからこそ改めてお礼を言わせて下さい。ありがとうございます、スキンクさん」
次回、エルクロイド家の秘密が明らかに!