第二百八十三話 戦うゲスト様-可憐な狩人達-
今回は話が今一かも
―前々回より・山中の浅く広い池にて―
「OK、それじゃ状況を整理するわよ」
黒のボディコンに裾の短い白衣という身なりの少女・天王寺麗は、全長2.5m程の空中浮遊する巨大な機械の腕―自身の相方であり武器であり騎乗物である愛機・ガリバーハンドにもたれ掛かりつつ、若干疲れ気味の表情で言う。
「まず部長と聖羅さんに指揮と拠点防衛を任せて、私達四人で外に出た。暫く歩いてたらゾンビに囲まれたんでどうにかしようと思ったけど出遅れて、でもイオタが音術でまとめて吹き飛ばしてくれたからどうにかなった」
「でもそれを中から操る白いミミズ――確かなんとかサイトとかいうのだったかしら、兎も角それは潰せなかった……」
淡々と語るのは、不規則に渦巻くような(若干青みがかった)灰白色の頭髪と不自然なほどに赤く眠たげな瞳、そして左目を覆う洒落た眼帯が特徴的な少女・蘭羽イオタ。手持ちのギターから発せられる音波を操り対象物を破壊する"音術"の使い手である。
「あぁ、いいのいいの。クライムパラサイトだっけ?あんなの引きずり出しちゃえば動き回るうどんみたいなもんだし、潰し損ねてもどうってことないから。それで理華、その後どうなったんだっけ?」
「えっと……確かその後、この沼に差し掛かった辺りで二本足で歩く豚みたいなのが襲ってきたんだよね。確か、なんとかブーリンっていう奴。最初見たときは岩か何かかと思ったよ」
麗に促され状況を説明するのは、赤いツインテールと腰に差された太刀が印象的なベージュ色のコートを羽織った少女・秋山理華。
「タウロークス・ブーリンね。イオタもだけど怪物の名前くらい覚えなさいよ、学園班のより遙かに安直な名前してんだから。んでまぁ、そいつらの群れもこうやって何とか全滅させたわけだけど……」
麗が改めて辺りを見渡せば、本来濁りのない湧き水で満たされ鏡面のように美しい森の風景を写していたであろう池のあちこちには、類人猿と猪のキメラである丸っこい体つきの化け物―もとい、クロコス・サイエンスの作り出した生体兵器が一つ"タウロークス・ブーリン"の(少女四人の個性豊かな攻撃により見るも無惨な肉塊と成り果てた)死体が散らばっている。
流れ出た獣の血液により水は濁り、平坦であった筈の水底はこれでもかと言わんばかりに踏み荒らされている。
「……問題なのはここからなのよね」
麗に次ぐ形で話を切り出したのは、黒のポニーテールを棚引かせスタンダードなブレザーを着こなす少女・源玲。彼女の視線が指し示す先にあったのは、凄まじい力で叩き折られたであろう太めの落葉樹であった。
四人は叩き折られた落葉樹に目を遣り、二秒で目を背け先程の出来事を思い返す。
タウロークス・ブーリンの群れを全滅させ達成感に浸っていた所へ襲来する、姿無き敵。恐らく生体兵器と思しきその相手は凄まじい怪力と爪の持ち主であり、咄嗟に玲が察知出来ていなければ今頃四人揃って簡易調理用骨付き肉に加工されていた事であろう。その姿を視覚によって捉えることは叶わず、ただ何処からか得体の知れない気配だけが漂っている。
管制塔に援軍を頼もうともしたが、そちらもどうやら別件で動けないらしく、この場は四人だけで切り抜けねばならないようだった。
「本当に何者なの、あれ……」
「知らないわよ……クロサイ座学だかが作ったっていう生体兵器じゃないの」
「玲、あんたまで……最早クロしか合ってないし……あんた達説明会真面目に聞いてたの?
……まぁいいわ。兎も角今奴について解ってる事と言えば、巨大で怪力で、尚かつ姿が見えないって事くらいね……イオタ、反響定位で奴の位置を探れる?」
「今やってるけど、少し問題が」
「何があったの?まさか探れてないってんじゃあ……」
「や、そうじゃないの。寧ろ探知は成功よ。あの化け物がどこに居るのか、はっきり割り出せてる。ただ……」
「ただ、何なの?」
「……私達四人は今現在、その化け物を初め複数のでかぶつに囲まれてるみたいなのよね。薄暗い所為か目では全く見えないけど、恐らく巧みに擬態してるんでしょ。気配から察するに、此方が隙を見せた瞬間に襲い掛かろうという算段なのかも」
イオタの口から出た衝撃的な一言に三人は絶句する。実際彼女の探知は正しく、池の周囲は複数の超大型生体兵器によって取り囲まれている状況にあった。
「だ、だったらさ、麗のガリバーハンドで空飛んで逃げちゃえば?ねぇ麗、ガリバーハンドの馬力なら上なら空に逃げるくらい簡単だよね?ね?」
理華は麗の愛機である白い機械の右腕・ガリバーハンドを指差しそう提案する。しかし、持ち主にして操縦者である麗の反応はどうにも芳しくない。
「飛べるもんなら飛びたいんだけどねぇ……」
「え?」
「どうしたの?」
頭に疑問符を浮かべる理華と玲に、麗は黙って上を向くよう促す。
促された通りに真上を見上げた二人は、驚愕の光景に絶句した。
「どうよ、あんな状態でもまだ"飛んで逃げよう"なんて言える?」
麗が指差す先に広がっていた光景は、まさに恐怖の一言に尽きるおぞましいものであった。
尻から出した太い糸の束で張り出した木の枝からまるで果実のようにぶら下がる、軽乗用車ほどもある巨大な蜘蛛の群れ。生半可なホモ・サピエンスが迂闊に生身で近付こうものならば、抵抗する間もなく雁字搦めにされ、体外消化によって食い殺されてしまうだろう。
「という事は、やっぱり……」
「戦うしかないのね……」
気疲れしたかのような表情で、それぞれ愛用している日本刀と匕首を抜き身構える理華と玲。
「そうそう、その調子よ。私達桃組の仕事は元々こういう"化け物退治"なんだし、カッコイイとこ見せなくちゃ」
「あのスカした二人組は気に食わないけど、ポイント溜めたらワイヤレスのエレキギター買えるみたいだし……頑張ろうか」
―前回後書きより―
「大佐ぁ、生きてたのか。何だよ、ヴァーミンの気配を感じたもんで辿ってたらドエライもん見付けちまったよ」
「巫山戯るな!この期に及んでまだ茶化す気――「そんで、そっちの竜属種っぽいワスプの保有者は何モンだよ?やっぱりお前の彼女か何か?」
「そんなわけがあるかァッ!この御方こそは私の上司、元ルタマルス陸軍上級大将の――「ランゴ・ドライシスだ。まぁオップス君の彼女のようなものだと思ってくれればいい」―ど、ドライシスさん!?」
「何だい?」
「いや、"何だい?"じゃありませんよ!それでいいんですか!?」
「僕が彼女じゃ不服かい?」
「いや、不服ではありませんし……寧ろ、願ったり叶ったりですけど……」
「ならいいじゃないか。そういう事で」
「ま、まぁ……そうですね……」
「んン?何かなし崩し的にカップル成立してね?まぁ爆発しろなんてクソみてぇな事ぁ言わんが、仮にも敵の前で愛の告白は緊張感ねえだろ」
「というかだね、折角恋人同士になるんだからお互い立場は対等と行かないか?いや寧ろ、男性である君の方が支配的であったっていいくらいかと思うんだが」
「喋りはこうでも軍を抜け出した時点で私達の立場は対等じゃないですか。それに昨今は支配力のある女性も多いと聞きますし」
「うーん……確かにそういう話は昔から聞くけど、女性という立場に甘えて好き勝手に横暴を働いてるみたいでどうも格好悪いイメージがあってねぇ」
「……え、何?俺、帰った方がいい?折角一部読者が心待ちにしてたであろう伏線を回収できたってのに、それ以上の進展も無いままでも帰った方がいい?」
場の流れを察してその場からから立ち去ろうとする繁だったが、二人はそれを引き止める。
「いや、帰るなツジラ。一つ聞いておきたい。お前の目的は何だ?」
「目的だぁ?んなもんラジオ収録に決まってんだろ。ラジオの電波はエレモスにも及んでんだ、今更言うまでもねぇだろ」
「それはそうだが……」
「なら質問の内容を変えよう。君らは今回の収録で何をするつもりなんだい?」
「そいつは明かせねぇな。作り手である以上必要以上のネタバレはしたかねぇ」
「なら質問内容を再度変更だ。中央スカサリ学園の新任教師・小藪智和はお前だな?」
「確かにその通りだが、何故それを知ってる?」
「実は僕らもあそこの職員でね。ちょっと変わった部署で仕事をしてるんだ」
「変わった部署ねぇ……化け物を飼い慣らす部署か?」
半ば冗談交じりの発言であったが、それを耳にした途端二人の表情が明らかに変わったのを、繁は見逃さなかった。
「……話が早いな。もうそこまで知っているのか」
「図星かよ」
「ダンパー理事長は私達にとって命の恩人でな。これも大義の為だ」
「軍人も所詮は殺し屋って訳か」
「そういう事だ……さて、改めて問おう。ツジラよ、お前は学園の敵か?それとも味方か?」
オップスの静かな問いかけに、繁はあっさりとした一言を返す。
「敵だ」
「そうか……ならば好都合だ、学園の敵は我々の敵。ここで死んで貰うぞ、ツジラ」