第二百八十話 戦うゲスト様-義兄妹の場合-
ゲスト召喚編の筆頭はけいむ市民と相場が決まっているのだよ。
―前回より・白昼の樹海にて―
「ヴェイ!」
「ヴェイヴェイ!」
「ヴェヴェイ!」
「へッ、早速お出ましか。言葉も喋れず集団でご登場たぁ、何ともありきたりな雑魚キャラが来てくれたもんだぜ!」
群れを成して現れた毛のない犬頭の小人―中央スカサリ学園が産み出した生体兵器"カニス・セルウス"に囲まれながらも余裕で軽口を叩いて見せるのは、茶髪と赤いパーカーが印象的な長身痩躯の青年・戸田健。名前通りに生粋のモンゴロイドである彼の腹には、まるで特撮ヒーローの変身ツールを思わせる重厚感溢れるベルトが巻き付けられている。
「ま、序盤はこうでなきゃなぁ。初日一発目は軽い肩慣らしに限るぜ……変身!」
かけ声と同時に健は派手なモーションで自身オリジナルの"変身ポーズ"を取る。対するセルウスの群れはいきなり何事かと動揺しつつそれでも直ぐさま彼目掛けて襲い掛かろうとしたが、その隙も与えぬままに彼の身体が白い光に包まれる。白い光は獣達から視界を奪い、青年に彼が持つべき"力"を与えた。
「流星戦士ベルセルカー、推参ッ!」
変身を終えた健の姿は、その喋りや所作の通りに典型的な"特撮ヒーロー"然としたものであった。
赤を基調に所々へ白・灰銀・黄色のパーツが散見されるそのスーツは"流星"の名に恥じぬ直線的な力強さを感じさせる。不可視の力強さを覚ったのであろうか、セルウス達の間に動揺が広まる。
「ヴェ!?ヴェヴェヴェイ!」
「ヴェヴェイ!?ヴェイヴェイ!?」
「ヴェッヴェ!ヴェヴェヴェー!?」
「……ったく、何話してんだか全ッ然わかんねぇなぁ。やっぱ大学でドイツ語とかハングルと取っとくべきだったなぁ―「ヴェェェェェェェイ!」―セイッ!」
「ヴェボァ!」
四方八方から迫り来るセルウスの群れを、健は豪快な徒手格闘で悉く華麗に退けていく。
「ヘッ!話にゃ聞いてたがとんだ雑魚だなこいつら!暗黒戦士団のブラックトゥルーパーよりずっと弱ェし――よッ!」
「ヴェギブゴガッ!」
最後の一匹を頭への回し蹴りで吹き飛ばした健は、一旦変身を解除し左手首の腕輪型端末―正規品の最新型インスタント・スコアボード―を確認する。
「お、中々貯まってんな。次はもっとデカいのを狙――っぐぶ!?」
再び歩き出そうとした健の顔面に、突如樹上から降ってきた何かが覆い被さりしがみついた。その正体はヴァラヌス・コエピ。中央スカサリ学園が計画の初期段階で産み出した全長1.2m程のマッシヴなオオトカゲである。このトカゲはその普遍的な外見同様特殊な要素など無いに等しいが、一般的なモ・サピエンスの成人男性を捩じ伏せる程度の腕力くらいは持ち合わせている。
「(クソっ……まるで歯が立たねぇ!腕と首に尻尾が絡み付いて身動き取れねぇし……まさかこんな所で……)」
早くも訪れた危機的状況に、健は先程の行動を大いに悔やんでいた。あそこで変身を維持していれば、こんなトカゲくらい何と言う事は無かったろうに。だが、健が自身の命を諦めかけた刹那。遠退く意識で微かに機能する彼の耳に、聞き慣れた声が響き渡る。
「てりゃあぁっ!」
少女の声に続いて聞こえたのは、何かが空中を回転しながら飛来する音と、電気ノコギリのそれに似たモーターかエンジンの稼動音。
「(この声にこの音……まさか……!)」
健が声の主と音の正体に気付いた直後、飛来する"何か"が彼の頭上を勢い良く通り過ぎる。同時に長い尾で健の両腕と首を締め付けていたコエピが、力無く樹海の地面に崩れ落ちた。
コエピの拘束から逃れた健は間一髪の所で危機を脱するに至り、この樹海で安易に変身を解除する事の恐ろしさを腹の底から思い知ることとなった。
「確かこのトカゲ野郎もあくまで雑魚なんだよな……はぁ、先が思いやられるぜ……」
再度ベルセルカーに変身した健は、思わず溜息を吐いて木の根に座り込む。
「……っと、そんな事よりあかりだ。あいつ何処だ?」
立ち上がって背後の大木に突き刺さった何とも奇妙な形の小型機械―三日月型をしたチェーンソーを引き抜いた健は、それをまじまじと見つめながら思案する。
「(こいつを投げたって事はそう遠くにゃ居ねー筈だが……――「お兄ちゃーん、大丈夫~?」
健の独白に割り込む形で歩み寄ってきたのは、中学生程度と思しき体格でセーラー服に蒼いベレー帽を被り籠手無しの鎧を着込んだ茶髪の少女――もとい、健の義妹・月読あかりである。
「(――居たか)おう、俺は大丈夫だ。ほれ、クレセントチェンソー。お前がこれ投げて助けてくれなきゃ、俺ぁ今頃このトカゲ野郎に喰い殺されて腹ん中だ。本当助かったよ、あんがとな」
「いいっていいって、義理とはいえ兄妹なんだから助け合いでしょ?」
「そうだな。一つ屋根の下に暮らす家族だし、これからもお互い助け合って行こうや。まぁ礼だ、帰ったら俺のポイントで好きなもん食わせてやるよ」
「え、本当?いいの?じゃあモンスターいっぱいやっつけないとね!」
「そうだな。あんなイヌ頭やトカゲみてぇな雑魚なんかじゃ足りねぇ、もっとすげぇデカブツを一気にブッ倒して――「シゲェァアアアアアアアアア!」「クガァァァアァァァァ!」
甲高い叫び声を伴い樹海から咄嗟に現れたのは、全長4m程の茶褐色をした羽毛のないドロマエオサウルスのような姿をした生体兵器であった。群れを成して行動する習性でもあるのか、その数は一頭や二頭という生やさしいレベルではなく、二人は瞬く間に肉食恐竜の群れに囲まれてしまった。
「噂をすれば何とやら……呼ぶまでもなく出てきてくれたみたいだね、お兄ちゃん」
「そうだな……データベースによるとこいつの名前は『ヴェロキニクス・ダンパル』。チリュウシュとかいう恐竜みたいな奴らの死体を使って作られたそうだぜ」
「強さは?」
「さっきの奴らよりは格段に強ェとよ。こんだけの数を一気に倒せりゃ、パイもクレープも食べ放題だ」
「本当?じゃあ、頑張らなきゃね。折角清水さんに頼んで満月の夜じゃなくても変身できるようにして貰ったんだもん、暴れられずにはいられないよ」
かくして変身ヒーローと魔法少女という組み合わせの戸田・月読兄妹の戦いが始まった。
次回、唱道者と忍者が入り込んだ"白昼なのに暗い森"の真実とは!?