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ヴァーミンズ・クロニクル  作者: 蠱毒成長中
シーズン2-ラビーレマ編-
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第二十八話 彼女と毒物と権威主義社会の愚者達




戦闘開始の前にちょっと一休み。小樽兄妹の過去話をどうぞ

 今でこそ六大陸で最も住み心地がよいとされるラビーレマですが、一昔前は他の大陸と相違ない程に荒れた大陸でもありました。

というのは、原初より学術が主流であるラビーレマも昔は権威主義の名の下に、多数派や親の代から力を持った人々が優遇される傾向にあったからです。

 その上今と違って排他的な思想で唯我独尊を地で行くような政治体制だったため他の大陸とも仲が悪く、特に魔術至上主義で代々指導者の気が荒い傾向にあったノモシアとの関係は最悪の一言でした。


 そしてそんな時代柄の中、その二人は生まれてしまったのです。



 権威主義が主流であった当時のラビーレマに住まう科学者にしては珍しく温厚な性格だった小樽夫妻はある時、双子を身ごもりました。

しかもその双子というのは珍しいことに、一卵性にして男女の兄弟だったのです。

 通常、何から何まで同じである一卵性双生児は同じ性別で産まれてくるのが常であり、理論上その性別が異なると言うことは有り得ない筈なのですが、希にある例外に引っかかったようでした。


 ただ、双子には少々問題がありました。

 というのも、双子というのは母体内で背中合わせに育っており、二人の左腕と右脚とは歪に結合していたのです。

 これは現実に結合双生児とかシャム双生児とか呼ばれている双生児の事で、決してフィクションに限った出来事などではなく、発生率は5万分の一から20万分の一程と言われます。


 生後の生存率は低く日常生活も困難ですが、夫妻は男児に羽辰、女に桃李と名付け、出産を待ちました。

 特に妻の決意は凄まじく、夫は病弱な妻を労り中絶も考えましたが、妻の覚悟を知ってからはそんな事など考えなくなっていました。


 そして時は巡り、待ち望まれた出産の時。


 帝王切開で産まれた双子の羽辰と桃李。駄目もとの上最悪死を覚悟した末の出産でしたが、子供は産まれ妻も無事生存。

 誰もが喜びに沸き立ち、小樽家を祝福する―――筈でした。


 しかし現実とは、全く予期していないときに酷いことをしたりします。

 そのまま元気に産声を上げるかと思われた桃李と羽辰でしたが、桃李が産声を上げた途端、突然羽辰の身体が灰になり、桃李の左腕と右脚は最初から存在しなかったが如くに消滅してしまいました。

 その場の誰もが悲鳴を上げ取り乱す中、立て続けに二人を産んだ妻までもが徐々に弱り始め、入院中に息を引き取ってしまいました。

 この件については今も学会で論争が続いているようですが、誰もが納得できる説は未だ出ていません。


 生き残った夫は妻と息子の死を乗り越え、一人になったとしても必ず娘を育ててみせると決意しました。

 しかしそんな夫もまた、不慮の交通事故により死んでしまいました。


 独りぼっちになった桃李は父親の姉である富豪の未亡人に引き取られました。

 桃李には最新鋭の義手と義足、そして出身地でも選りすぐりの教育機関でトップクラスの教育を受けられる権利が与えられました。

 桃李はそこで多くのことを学ぶ内、科学へ興味を持つようになっていました。

 桃李が特に生物学や化学に興味を持っている事をしった周囲の人々は、彼女をその当時ラビーレマで最も研究が盛んだった遺伝学や薬学の道へ進む事に期待していました。

 しかしその頃の桃李は既に、遺伝学や薬学などよりもっと好きな分野を定めていました。



 それは「毒」の研究でした。

 特に生き物が持つ毒に興味を持った桃李は、色々な動物や植物、更には細菌の持つ毒など、色々な毒の研究に興味を持ちました。

 勿論桃李は生き物に由来しない毒にも興味を示し、色々な毒の研究についての学術書や論文を読んだりしました。

 家族同然の伯母や従兄弟達、親しくしていた学校の先生はこれを評価してくれましたが、身の回りの人すべてがそうとは限りません。

 現に同級生の殆どは、桃李を嫌っていました。


 何故なら、血統書つきのトイ・プードルよりヤドクガエルを可愛いと言うからです。

 何故なら、大陸を超えた人気のアイドルグループよりクサリヘビを美しいと言うからです。

 何故なら、人気の男優よりも大きなサソリの方が格好いいと言うからです。


 そして桃李を嫌う同級生達は、同時に彼女を恐れても居ました。


 その理由は主に彼女の左腕と右脚にありました。

 合金と樹脂で作られた最新鋭の義肢である彼女のそれは、謎めいた技術により桃李の成長に伴ってサイズを変え、先端に鉤や吸盤のついたワイヤーを射出したり、一瞬で文房具や調理器具に姿を変えたりするからです。


 またそういった同級生の実家は、遺伝学や医学などその頃のラビーレマで普通とされていた分野を専攻する人ばかりでした。

 産まれながらにエリートとして育てられていた同級生達は、自分よりも優れた才能を持つ桃李に嫉妬し、同時に自分達と相容れない存在である桃李を忌み嫌ってもいたのです。


 しかしそういった同級生達は、年月を経る毎に様々な理由で桃李の周囲から消えていきました。


 そして大学生になった桃李は、差別を受けるでもなく平和な日々を送っていました。

 優しかった伯母は亡くなり、従姉妹達とも音信不通でしたが、桃李は平穏な日常に満足していました。


 しかし桃李は大学生活を送る中で、再び知ってしまいます。


 世の中というのは、『普通』が正義であり『異質』は悪なのだ と。


 毒について研究したいと思う自分の考えは、所詮差別され爪弾きにされてしまうようなものなのだと、覚ってしまったのです。

 そしてまた桃李には、別の危機も迫っていました。


 亡くなった伯母の遺産を狙う親戚から、相次いで執拗な攻撃を受けるようになっていたのです。

 連日自宅の郵便受けには剃刀の刃を入れた封筒が届き、町中で在らぬ言い掛かりで大勢から追い回され、時には実験中に燃え盛る油が迫ってきたり、フィールドワークの最中野生の四足竜が襲い掛かってきたこともありました。


 そして親戚からの攻撃が過激になった頃、桃李の夢に奇妙な男が現れました。

 その人は細くて背が高く、瞳や髪の色は桃李そっくりでした。


 男は言いました。


「やっと会えましたね、桃李」


 しかし桃李は男の事なんて一切知らなかったので、一体何者か聞きました。

 すると男は驚くべき事に、桃李が産まれた時に死んでしまった兄羽辰を名乗ったのです。

 何でも羽辰が死んだのは、肉体を消滅させて幽霊のような存在として桃李の体内に潜み、内側から彼女を支え続ける為だったというのです。


 最初は混乱していた桃李も、考えの末に兄を受け入れる覚悟を決めました。

それからというもの、羽辰は妹の危機に乗じて体内から部分的に姿を現し、霊体と生命の中間的存在として桃李を助け続けました。

 そして三年生になった今年の春―ツジラジ第一回より少し前―、権威主義に嫌気の差した桃李は死を装って大学から姿を消し、偶然出会ったホリェサ・クェインに見初められ、彼の臣下として東ゾイロス高等学校での活動を開始します。


 人から精気を吸ってその力を高める力を代々受け継ぐ他種族派閥・クブス派最後の生き残りである二人に桃李が協力する理由は不明です。

 しかしながら彼女の動向の根底には、政権交代によって成し得た民主主義的自由社会の中にあって未だ一部で猛威をを振るう権威主義に対する敵愾心があることだけは、確かなのです。

ハブられるって辛いけど、でもアイデンティティを捨てるのはもっと辛いよね。

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