第二百七十七話 とある単眼の激動半生
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メサ・エレモスと彼を慕う者達によって開拓され、1500年余りで急激な進化を遂げた南半球の大陸・エレモス。他の五大陸で居場所を失った者達が外部から集う弱者の楽園であるその大地に、ある日一人の女の子が産まれました。
女の子の名はケラス・モノトニン。容姿の多様化が著しい鬼頭種の中でも、様々な種族の形質が身体に現れる"キメラ型"なる血統に産まれた彼女は、多くの人々にとって恐ろしげな姿をしています。
髪こそ少し変わった色である以外は普通のショートヘアでしたし角も普通の細長いタイプでしたが、刃物や弾丸にも怯まないその目玉は巨大で顔面の中央に一つしかなく(それ故か脳を初めとする神経系やそれを守る頭蓋骨は極めて特殊な形状をしており、瞼が見開かれても目は紡錘形にしかなりません)、その身体は体液を送り込むことで硬さを調節できる紫色の外骨格に覆われ、肩やお腹の横には甲殻類の歩脚を思わせる頑丈な節足があり、腰か尻の辺りにからは細長くも固く柔軟に動く尻尾が生えています。
こんな外見ですから周囲から謂われのない差別を受けるのは当然――かと思いきや、時代が良かったのか元々社会的弱者だった親に育てられたのか、兎も角彼女の容姿は個性として認められ、その人柄の良さからケラスはみんなの人気者になっていきました。
そしてそんなケラスには、誰にも負けないと自信を持って言える特技がありました。それは料理です。小さい頃にお母さんの夕食作りを手伝ったのを切っ掛けに料理へと興味を持ったケラスはその後も数多くの料理をマスターしていき、更には創作料理を作りプロの料理研究家とテレビ番組で共演したりもしました。
かくしてめきめきと料理の腕を上げていったケラスは不慮の事故で両親と死別し身寄りを亡くしてしまいますが、その悲しみをバネに調理師免許を取り、国内有数の大きなレストランに勤めながら独立して自分の店を持つという夢のために努力を続けていくのです。
身寄りを失ったケラスでしたが、穏やかで心優しい彼女は独りぼっちなんかじゃありません。何故なら彼女には多くの友達が居ましたし、身の回りの誰もが彼女を家族のように慕ってくれているからです。特に生前にケラスの両親と親しい間柄にあり、両親を亡くした彼女を引き取ってくれた刻印術者のジゴール夫妻とその三人の子供達は、居候であるケラスを実の家族のように大切にしていたそうです。
ケラスとジゴール家の関係は夫妻亡き後も続き、長男バシロは彼女を実の妹のように可愛がっていたといいます。もしかしたらケラスの方も、そんな彼を兄(か、或いはそれ以上の存在)として大切に想っていたのかもしれません。しかし現実の酷い弱い者虐めは、そんな彼女にも向けられることになるのです。
と言うのも彼女は―三月頃公開に漕ぎ着けた外伝をお読みの方ならばお判りでしょうが―バシロの研究を金儲けに悪用しようとした悪党レーゲンの反逆に巻き込まれてしまったのです。ケラスはバシロの手腕により彼の親友である信田慎一に保護されますが、慎一はレーゲンの手下に殺され、一緒に避難していたバシロの弟と妹もレーゲンの手下に連れ去られてしまいます。
では彼女は、ケラスはどうなってしまったのでしょうか?当然ながら無事逃げ延びてなどいません。レーゲンの手下に捕まった彼女は、その異形然とした見て呉れを気味悪がった悪漢達によって地下街で人身売買にかけられ、得体の知れない金持ちに買い取られてしまいます。この金持ちというのは拷問や人体実験などを何より愛する筋金入りの異常者で、ケラスもまたそんな金持ちの"玩具"として買い取られたのでした。脳を弄られ人間性を失った彼女は、金持ちの家で家畜のように"飼育"されながら"玩具"として果てる日を漠然と待ち続けます。
しかしここで、現実は彼女に想わぬ形で助け船を出しました。ある時使用人のふとした手違いで火災を伴う大規模なガス爆発事故が起こり、金持ちを始め家の者の殆どが焼け死んでしまったのです。当然ケラスも事故に巻き込まれこそしましたが、そんな中にあっても唯一運良く生き延びていたのです。これは普通考えられないことでした。
ただしだからといって、生き残れたケラスの状態が"無事"だったかと言えばそんな事はありません。
両足の膝から下、右腕の肘から先と左手、尾と全ての節足は完全に欠損、全身に火傷や複雑骨折が見受けられ、殆どの内臓も焼け爛れて意味を成しません。最早魔術・学術による治療でさえも意識のない植物状態に留めるのがやっとの重体だったのです。否、それは最早"重体"を通り越して"瀕死"だったのかもしれません。
こんな有様だったものですから、医師達の意見はケラスを安楽死させる方向でまとまりつつありました。しかしそこへ、何処から話を聞き付けたのか外部からストップをかける者が現れました。大国ヴラスタリのある大学に在籍する学者の集団です。
学者の代表はケラスを安楽死させようとする医師達に、彼女の身柄を渡すよう提案してきました。瀕死の彼女を、新たに開発した技術でサイボーグ化させて助けようというのです。医師達はこの提案に驚きました。意識さえない瀕死の患者をサイボーグ化させるなど、理論上不可能だとされていたからです。しかし学者代表の熱意を感じた医師達は、手術を必ず成功させる事を条件にケラスのサイボーグ化を認めたのです。
学者達によって無事蘇生されたケラスは、金持ちによって奪われていた人間性をも取り戻すに至り、調理師として復帰すべくリハビリに励みます(更に学者達も彼女が過ごし易くなるよう、そのボディをよりグレードアップさせていきました)。
そして半年後、素晴らしい身体を得たケラスは社会人として復帰しようとしますが、ここで大きな問題が浮上します。
彼女には、記憶も身寄りもないのです。これでは社会生活に色々な不備が生じてしまうでしょう。
しかし、現実はケラスを見捨てませんでした。ケラスの話を聞いたクロコス・サイエンス代表取締役兼社長のミルヒャ・ハルツが彼女を自社に調理師として雇い入れ、新たに"リネラ・ターナー"という名前を授けると発表したのです(住まいは社員寮になりました)。
かくしてリネラ・ターナーとしてクロコス・サイエンスの調理師となった彼女は、嘗ての記憶を失ったまま気楽に暮らしているのです。
果して彼女の記憶が戻ることはあるのでしょうか?また、彼女の記憶は戻るべきなのでしょうか?
その真実を知り得るのは、恐らく現実というわけのわからない概念くらいのものなのでしょう。
次回、物語は一気に急展開を見せる!




