第二百七十五話 中央スカサリ学園の狂気:後編
エリスロが強いられている"特秘業務"の実態とは!?
―解説―
軽装の黒い蛙系半水種・アダーラ。列王十四精霊として鉄側に属する彼女は、ミキシと対を成す形で『オンブラ・アッサシーノ』という形態を担当する。ミキシの担当する"刃"とは別の方向性で"暗殺者"としての性質を突き詰めたこの"影"は、純然たる戦闘能力こそ全形態中最下位である。しかしその分癖が強く強力な固有機能を備えており、取扱説明書にも『その気になれば大陸規模の戦争でも半年で終結させられる』などと記述される程である。 その中の三つに"精霊としての姿または鎧の形態で持ち主を離れて動き回れる"という『単独活動』、"あらゆる者から認識されなくなる"という『完全擬態』、"万物を任意に、まるでそれが存在していないかのようにすり抜けて動き回れる"という『絶対浸透』があり、今回の潜入もこれらの機能があってこそ成功したものと言える。
―前回より―
《21時、『輪』を離れ精霊形態でプロセルピナ生徒会長の元へ向かい待機に入りました》
「早いのね」
《諜報活動の基本かと思いまして。さて、それから15分後にダンパーの遣いと思しき迎えの者が到着。尾行を開始しました》
「あれ、理事長呼び捨て?」
《最後まで聞けば御身もきっと呼び捨てにしたくなりましょう。途中フルスモークの乗用車に乗り移られましたが張り付く事で見失わずに済みました》
「確定追尾使わなかったの?」
香織はオンブラ・アッサシーノに備わった"如何なる標的をも確実に見失わない"という機能の名を挙げた。
《……私としたことが、逸る余り失念しておりましてね。21時30分、乗用車は北西部の山中にて停車。車を降りた一行は腐葉土で覆い隠された鉄扉の中へ入っていきました。私も続きます。中は迷路のように入り組んだ階段になっていました》
「地面に扉……あぁ、やっぱ怪しいことしたがる奴は地下に潜りたがるのね」
《ですね。21時45、生徒会長を連れたダンパーの遣いであろう職員達が階段を全て下り終えました。狭く急な階段の先は、石造りで薄暗く湿度の高い地下施設でした。どうやらかなり古いもののようです。プロセルピナ生徒会長はそこでダンパーから説明を受けています。いよいよ怪しくなってきましたが、調査を続行します》
「うん、私としてもそこで調査中断はして欲しくないね。それで?」
《21時55分、ダンパーの傍らに居た職員―種族は何らかの禽獣種で、コーノンという中等部理科教師のようです―に言われるままプロセルピナ生徒会長は地下施設奥部に案内されました。当然私も続きます》
「続いちゃってーそれでー?」
《奥部は全域に水が張られており、その中央には何やら青く透き通りぼんやりと光る花のようなものが見えました。ダンパー達の話が確かなら、その青く透き通った光る花こそ中央スカサリ学園全体の"根源"なのだそうです》
「つまり"根源"は生物だったって訳?」
《はい。太陽光が届かない所にある以上、植物とは考えられません。プロセルピナ生徒会長はそこで漸く怪しい気配を察知しましたが、コーノンに魔術で手足と口を無理矢理拘束され身に付けている衣類全てを取り払われてしまいました》
「はぁ!?」
《驚かれるのも無理はありません。悉く全裸にされ拘束されたプロセルピナ生徒会長は必至で抵抗しますが、逃れられる筈もありません。同時に花がその頭を垂れ、花の中央―専門的に言うならば柱頭というのでしょうか?―ともあれそこが縦に開きました》
「何か嫌な予感が……」
《はい、実際に見た私も直感で嫌な予感がしたわけですが、直後にそれは的中します。縦に開いた柱頭から蔦とも触手とも言える様なものが飛び出し、生徒会長を飲み込んでしまったのです》
「それ十中八九確実に触手だよアダーラ。それで、まさか生徒会長はそのまま消化されたわけじゃあないでしょうね?実は生徒会長は特秘業務の度に死んではクローンで再生されてるとかそういうオチなわけ?」
《流石に消化はされませんでしたが、恐らくもっと質が悪いでしょう。飲み込まれた生徒会長の口と鼻の辺りに奇妙な空洞が発生、彼女へ外気を送り込んでいるようです。ここで生徒会長は魔術の拘束から逃れたらしいのですが、どうやら根源のパワーに抗えないようでした》
「ふん!で!?」
《空洞から細かな触手が四本ほど伸び、泣き叫ぶ生徒会長の口を開いたまま固定。更に上部からゴムホースほどの太さをした管状の触手が伸びてきて彼女の体内に、胃カメラのような勢いでずぶずぶと入り込んで行きました。触手はそのまま生徒会長の体内へ何やら赤い球体と白い液体を流し込み、彼女のお腹は風船のように脹れ上がったのです。ある程度脹れ上がったところで管状の触手は引き抜かれ、今度は薄い膜で口を塞ぎました》
「えぇぇ!?」
《程なくして生徒会長の体内で何かが大きく蠢いたかと思うと、彼女は口の中から白い球体を幾つか吐き出しました。球体は花の体内を通じて水中に落下、一分と待たずに白い胎児のような形へと姿を変えてしまいました。その後、挿入・膨腹・吐出の行程が翌1時頃まで続いた辺りで生徒会長は花から解放され、魔術で諸々の処理を施されご自宅に送り返されたというわけです》
「……恐ろしいねぇ、何とも。その白い胎児については何か解ったことある?あと、何で胃で育ててるの?普通子宮じゃない?」
《それについても調査済みですのでご安心を。まず白い胎児ですが、様々な餌を与え育成することで瞬く間に奇々怪々な化け物へ成長するようです。中には死人の魂を転写しヒューマノイドに仕上げた個体も存在するようですが、実物は確認出来ませんでした。脊椎動物の精子や卵子で繁殖が可能なそれらは現時点でも未だ試験段階にあるらしく、周辺の集落を襲撃させる事で運用テストを行っているとの事です。未確認超存在とはこれらの事も指し示すのでしょう。また、聞けばフリサリダとヴラスタリの抗争は中央スカサリ学園とクロコス・サイエンスという代行者を得て未だ続行中との事、恐らく化け物はその為の手駒かと》
「成る程……それで根源を強化する秘宝とやらが必要なわけね」
《次に子宮ではなく胃を用いている件についてですが……過去に幾度か試したようで、柔軟性が見込めず産み出された化け物も不完全になってしまった為だとか……》
「……ねぇアダーラ、聞き違いかな?私今"子宮は幾らか試した"って聞こえたんだけど……」
《聞き違いなどでは御座いません。御身の耳は確かです》
「……へぇ、そうなんだ……ってことはさ、つまり生徒会長は……」
《……破瓜済みで間違いないかと》
「やっぱりか……あんないい子の初めてがそんな化け物とか想像したくなかったんだけど……やっぱりか……」
《だからこそダンパーは、中央スカサリ学園は許しておけないのです》
アダーラがそう口にするのと同時に、何処からか他の精霊達がぞろぞろと現れては思い思いに怨嗟を口にしていく。
《嘗て騎士として女を捨てた身の上ですが、だからこそ斯様な蛮行は許し難い。ご命令を、我がマスター・清水香織》
《あの娘は余のお気に入りでなぁ、将来有望と踏んでおるわけだが……寄りにも寄ってその純潔がなぁ……まこと度し難き事よ》
《あァ!ナベライオンの言うとおりだぜッ!なぁ、グラントよォ!?》
《ははッ、いけませんよクーランさん。四つ足さんは足腰がキモなんですから、カルシウム摂らないと。フフッ、まぁ……腹立たしいのは自分も同じですがねェッ!》
《なぁ、真龍帝……この世界がお前の領土だというのなら、あのナマズに妥当な刑罰とは何だ?》
《フン、死をも許されぬ永久の極刑に処すだけだ。至極当然の事を問うでない》
《そうか、珍しく気が合うな。因みに私はあれがナマズという事で蒲焼きにしようと思うんだが、どう思う?》
《蒲焼きか。駄犬にしては名案だが、まだまだよな。斯様な臭い肉などは、衣で包み油で揚げるが道理であろう》
《皆さん凄い張り切りようですね、アレクスさん――中央スカサリ潰す》
《そうだのぅ。この流れと来たら、儂らも頑張らねばなぁ――只では済まさん》
《ちょっと二人とも、怨嗟がダダ漏れよみっともな――ブチコロォス!》
《メエディエイサンアナタモオフタリノコトイエナイジャナイデス―キャベロフォッペィエゥッ!》
《解った。貴殿らの怒りは尤もだし拙者も腸煮えくり返りそうな勢いだがひとまず落ち着け》
《グゴロァ……アガァァァ……》
《ォゴゴゴゴゴゴ……ヴミ゛ャ゛ァ゛ァ゛……》
《よしよし、悲しいのは解るけど泣いちゃ駄目だよヘルクル。こういう時こそ元気出さないと》
《ロットもだぞ。こんな所でメソメソしてたら狂気の名折れじゃないか》
《と、皆さんこんな調子でノリノリでしてね》
「一部ノリノリ通り越して呆れてるのも居るけどね。っていうかヘルクルとロットが純朴過ぎて」
《あのピュアな心こそパッツィーアの精霊たりえる所以だそうですよ》
「そうなんだ……知らなかった」
《それで御身、どうなさいますか?我々としては今にもあの怪物共を殲滅したい気分なのですが》
「まぁ待ちなよ、兎も角今は準備に勤めないと。とりあえずアダーラ、また情報収集頼まれてくれない?こんどはみんなで」
《畏まりました。我々の持てる力を有りっ丈注ぎ込みましょう》
精霊達の怒りがマッハ!次回、外伝に登場した"あの女"がまさかの再登場!?