第二百七十話 名誉学生でも人名救助がしたい!:後編
襲撃してきた怪物とは……
―前回より―
「カリストは今……西館屋内プールで怪物と戦っている。たった一人で、得体の知れない奴らと……」
顧問の口から出た衝撃的な言葉を耳にした二人は思わず絶句するも、直ぐに立て直し烈火の如く顧問を問い詰める。
「どういうことなんですか、先生!?あの娘は……ルラキは無事に避難したんじゃないんですか!?」
「そうですよ!つーか何で専門の資格を持ってるわけでもないルラキが孤軍奮闘なんですか!?うちの学校の応戦士部隊を統括してる理事長先生は何やってんですか!?」
「お、落ち着け二人とも……災害発生を察知したダンパー理事長はすぐに部隊を派遣しようとした。だが"相手が既存の系統に当てはまらない種である可能性が高い"という点に一部職員や学園の経営に関わっている連中がゴネてな……あとは大体判るだろう?」
「えぇ、予想はつきます。ゴネた奴らがうちの部隊を動けなくして、国家公務員の応戦士部隊を呼びつけた」
「だがこの国の国家公務員と言やぁ、枕詞に"遅出の"とつくほど仕事が遅いは周知の事実。目の前で死人が出そうでもお構いなしに書類手続き確証だのの有象無象を相手にウダウダやってやがる……と、大体こんなもんでしょう?」
「……本音をこうも的確に代弁してくれる教え子を持てた俺は、多分この上ない幸せ者なんだろうな」
「で、そこに何でルラキが乱入したんです?」
「うん、実は化け物が現れた西館屋内プールでは初等部の児童数人が授業で泳ぎの練習をしていたらしくてね。何処からその話を聞いていたのかはともかくとして、あのカリストのことだ、図書室から近いこともあって居ても立ってもいられなくなったんだろう」
「だからってわけわかんない怪物に向かってくなんて……やっぱりルラキはルラキね」
「あぁ、昔から奴は曲がるって事を知らないような奴だったからな……」
「そういうことだ。正直俺もカリストの事は心配でならないが、プールは閉鎖されていて入れない。今はカリストが化け物共の猛攻から生き残る可能性を信じるほかない……正直屈辱的だが、あの公務員共の力も必要になってくるだろう……本当に屈辱的だが……」
―同時刻・西館屋内プール―
「セぃッ!はッ!ヤっ!」
「エヴぅゥ!」
「オァ゛ぁァ!」
「ヴェアゥ!」
西館屋内プールへ馳せ参じたルラキは、魔術による水面直立でプールの水面を駆け回りながら、水中を泳ぎ回る不気味な怪生物を次々と愛用のサーベルで切り裂いていく。剣術部の部長兼主将として数多の試合で勝利を勝ち取ってきたその太刀筋は、例え相手が得体の知れない存在であってもブレることはない。事実同胞を次々と殺された事でルラキに対して潜在的な恐怖を覚えた怪生物達は攻勢に転ずる気になれず、彼女の周囲を旋回するように泳ぎ回るばかりであった。
「はっ、はっ、はぁっ……あとは……捕まったあの子……あの子は―――ッッ!?」
何者かに捕まり何処かへ姿を消してしまったという児童を捜すべくサーベルを鞘に収めようとしたルラキは、咄嗟に背後へ何かの気配を感じ取りそれを剣で弾き飛ばした。弾き飛ばされたのは拳銃のものと思しき銃弾であり、見れば振り向いた先では水中から半身を出した腹足類とも魚ともつかない流線型の化け物が、拳銃の銃口を此方に向けていた。
「ふぅん……ンフフフ……流石の反応だねぇ、スポーツ剣術だと思って甘く見ていたようだ」
流線型の化け物は武骨な外見に見合わぬ少年のような声で饒舌に言葉を紡ぎながら、弛んだ皮膚に覆われた腹の辺りから何かを取り出す。ヒレ状の腕で掴まれた"それ"を見たルラキは、一瞬硬直する。
「ッ!?」
「その表情、もしかしなくても解ったね?僕がこうして左手で握っているコレは、そう……君が探している女の子さ……」
「―ッ、その子を離しなさい!従わないようなら容赦しないわよ!?」
「ふぅん……ンフフッ、まぁそうカッカしないでよ。折角の美人が台無しじゃないか。まぁ怒り顔は怒り顔で素敵だけ―「いいから離しなさい!これは命令よ!?」――……はぁ、言われなくても離すさ」
渋々了承した流線型の化け物は、ヒレ状の左腕をプールサイドまで伸ばし、女子児童を安置した。
「……化け物の癖にえらく素直じゃない……」
「"化け物の癖に"とは心外だな、こう見えても素顔は中々の美形なんだが……まぁ、こんな子供一人攫ったって僕らが得をするわけでもないし、そもそも今回ここに来たのは――!?」
流線型の化け物が自らの目的を語ろうとした、刹那。化け物の背へと、刃物で切り付けられるような感覚が伝わった。
「(これは、刃物ッ!?いや然し待て、僕の身体は刃物さえ受け流す筈……だというのに何故、受け流しが不完全なんだッ!?)」
予想外の出来事へ大いに焦り取り乱した化け物は慌てて振り向くが、そこにヒトの姿はなく、同時に耳へ届く話し声だけが不可視の敵の存在を実証する。
「浅ぇな……やっぱ剣道は難しいや」
《いや、そうでもないぞ?貴殿は筋がいい。我等が主程飲み込みが早いわけではないが、真面目に修業を積めば一流の剣豪も夢ではなかろう》
「そうかい、そりゃどうもッ!」
敵が再び顔の反対側から刃を振り下ろそうとしていることを察知した流線型の化け物は、水中に待機させている怪生物達に脳波で命令を下す。命令を受けた怪生物達は流線型の化け物の背後で刀を振り上げる和装の男へ飛び掛かった――が、その攻撃は水面へ飛び出た途端全員が一斉に惨死するという形で不発に終わり、流線型の化け物の背は再び刃物で切り付けられた。
「(ぐをッ!き、傷が先程より深いだと!?)」
それは僅かに線がつくような細かなものでしかなかったが、刃物が皮膚へと到達したという事実はこの状態での防御力に絶対の自信を持っていた化け物にとって一大事に等しかった。
「うし、何とか皮膚まで行った!」
《でかしたぞ、小藪!勝手さえわかれば三枚下ろしはもうすぐだ!》
「(さ、三枚下ろしだとっ!?冗談じゃない、そんなことされてたまるものか!)」
寒色中心の和装に獅子口の能面という出で立ちの男とその相方であろう姿なき存在の会話から身の危険を察知した流線型の化け物は、再び脳波で配下の怪生物達に攻撃命令を下そうとした。幸いにも先ほど惨死したのはほんの一部、残る総力を以てすればいくら和装の男とて一溜りもあるまい。その隙に自分はプールの排水溝に潜り込んで逃げてしまえばいい。流線型の化け物はそう踏んでいた――が、次の瞬間。
「グェぶゥッ!」
「ギびゲェッ!」
「おヴェアァァァ!」
和装の男めがけて飛び掛かった化け物の群れは、またしても不可視の何かによって惨死してしまった。
「(な、な、なんだぁっ!?こんな、こんな馬鹿げたことが!くそっ、覚えていろよ!)」
余りにも凄惨な光景に恐れをなした流線型の化け物は驚くべきスピードで水中へ潜り、水底の排水溝をこじ開け潜り込むようにして姿を消してしまった。
「クソ……逃げられたか」
和装の男―もとい、小藪智和こと辻原繁は水面に立ったまま恨めし気に排水溝を睨み付ける。
「まぁ、結局大事には至らなかったんだし……別にいいんじゃないの?」
などと言いつつ姿を現したのは、先ほどまでプールサイドに佇み遠距離から怪生物を惨殺していた牧瀬麻美こと清水香織。纏うのは甲殻類と食肉目のような意匠のあるプレートアーマーであり、これは繁の和装共々『列王の輪』が形態の一つである。
かくして西館屋内プールにて巻き起こった生体災害は、名誉学生一名と新人職員二名の活躍により無事鎮圧された。同時にグラウンドの方で起こった生体災害も、新人職員及び転入生各一名によって鎮圧され、ひとまず危機は去ったのであった。
次回、両組織が大きく動き出す!?