第二百五十四話 イヌバスタード-リンチの時間
さぁ、ショウタイムだぜぇ!?
―前回より・異空間―
《深淵の果ての底の底の底より出でよ、我が眷属達ィィィィァッ!》
「ディゴーン寿司魔王陵店、本日200秒限りの開店となりまぁす」
紳士的なようでいてその実オカルトや猟奇的なモノ(死体、生け贄、拷問など)のマニアであるディゴーンと、武装展開によって彼とある程度同調したニコラが方向性のまるで違う台詞を口にした――その直後、幽かに塵が積もって埃っぽい石造りの床面から染み出るように(かつ、まるで示し合わせたようなタイミングで)奇怪な姿形をした海洋生物―エビ、カニ、シャコ、ヤドカリ、フナムシ、ワレカラ、グソクムシ、クーマ、タコ、イカ、ウミウシ、アワビ、巻き貝、イモガイ、二枚貝、クラゲ、イソギンチャク、ヒトデ、ゴカイ、ユムシ、シタムシ、ナメクジウオ等―の群れ(何れも平均的な個体の3~20倍程度のサイズ)が一斉に現れた。
「ぇあ、ああああっ!?」
混乱し狼狽える小門は迫り来る海洋生物の群れに刃爪を連発し何とか退けようとするが、群れはまるで衰退する様子を見せないままだった。しかしそれもその筈で、ネーロ・マジーアによって召喚される海洋生物は何れも実質的な不死として設計されているのである。
そもそもネーロ・マジーアという形態自体海洋生物数種の意匠を持つ独特な鎧なのであるが、その固有効果もまた『海洋生物型の使い魔を大量召喚する』という代物であり、召喚される使い魔はそれそのものがかなり多くの魔力を内包している(ネーロ・マジーアは本来異界に潜むそれらが此方側に来るための道を作っているに過ぎない)。その上獰猛な捕食生物である使い魔達は大概何時も腹を空かせており、同胞の死骸や弱った個体をも瞬く間に食い尽くし驚くべき早さで自己増殖を続けていく(何故か共食いはしない)。
要するに並大抵の攻撃では幾ら殺しても後釜の個体が半永久的に湧き続けることになってしまい、場合によっては殺した個体の何倍も強い個体が襲ってくることにもなりかねないのである(そもそも使い魔自体が常に自己増殖を繰り返しているためほぼ無限に存在すると言ってよい)。
「く、クソッ―――たレがァッ!失せろ、失せろ失せろ失せ―っぐあああああああ!?」
小門は恐怖の余り出鱈目に刃爪を放ち何とか使い魔の群れを退けようとするが、すぐにそれが無駄な行動なのだと察し戦闘を諦め逃走を試みる。しかし群れに背を向けた瞬間左脚にイモガイの放った毒針を打ち込まれ転倒、それを起点に集まった群れの極一部によって両足を膝の少し上まで骨ごと食い尽くされてしまった。出遅れたようにやって来たユムシの一匹が身体に飛び掛かろうとした所で(ニコラの宣言した200秒=3分20秒が経過した為かどうかは兎も角)使い魔達が引き下がらなければ、小門は完全に喰い殺されていた事だろう。
両足こそ失ったものの何とか生き残れた事に安堵する小門であったが、そんな彼の首へと間髪入れずに太い鎖が巻き付いた。何事かと驚く小門であったが、考える間もなく彼の身体は鎖によって仰向けのまま後方へと引っ張られる。その勢いたるや凄まじく、小門のダメージは両足からの出血も相俟って計り知れないものとなっていた。
小門の首に鎖を巻き付け引き回しているのは、大蛇の精霊ラーミャが担当する真鍮側の"ガヴァリエーレ"こと『セルペンテ・ガヴァリエーレ』を貸与された羽辰であった。蛇の名が示すとおり爬虫類――取り分け蛇の意匠が色濃いシャープでスタイリッシュなデザインの鎧は羽辰の細い肢体にこれ以上なくフィットしており、彼の跨る白馬型バイクと妙にマッチしているようにも見える。
そんなセルペンテ・ガヴァリエーレに備わった固有効果の最たるものといえば何と言っても騎兵の名に恥じぬ『騎乗物支配』の能力であろう。この鎧を展開した状態で何らかの騎乗物(例えば乗用車から自転車、家畜・野生動物など)の操縦席に乗り込めば、それだけで瞬時にそれらの操縦に必要な知識・技能が脳や神経系の根底に焼き付けられる。これによって(何らかの特殊な機構・仕様を含まず、質量が大きすぎないものに限り)大概の騎乗物を手足のように乗り回すことができるのである。
乗物が用意出来ない場合には専用のビークルを自ら召喚することも可能で、現在羽辰が跨っている白馬型バイクもそうして召喚したものである(二百二十四話の戦闘機は鎧の発展系であるため全く別物)。
「さて、それじゃ我々はこの辺りでバトンタッチしましょうか」
《そうですね。モトクロスは引き際が肝心と聞きますし》
かくして鎖による引き回しから解放された小門は逆立ち走りで逃げようとしたが、そんな彼の右太股に物干し竿程の太さをした鋭い棒状のものが突き刺さった。
「あグっ、ガぁ!?」
小門は右足のみならず全身に響く痛みに抗い何とかそれを引き抜き再び逃げだそうとするが、ふと横腹を棒状の物体に薙ぎ払われてしまう。
《おいテメェ、何逃げてんだよ。まだ舞台は終わってねぇだろうが》
そう言ったのは、如何にも不良めいていて気性の荒そうな若い男の声であった。体高が馬ほどもある青い大型犬の姿をした精霊・クーランである。
小門がその声のした方を見ると、アメコミチックな野犬のエンブレムや"Hound""狗"などという刺々しいロゴが刻まれた飾り気のない青く薄っぺらいプレートアーマーに、大型イヌ科動物の頭蓋骨を思わせる兜(らしき何か)を被った謎の人物―もとい、香織から『カネ・ダ・カッチャ・ランチャ』を貸与された桃李が佇んでいた。普段の使用武器は小さな鎌であるが、今回は装備の都合上身の丈ほどもあるメタリックな赤紫色の槍を持っている。
「いや全くです。舞台の途中で席を立つなんてマナー違反ですよ」
《嬢ちゃんの言う通りだ。てめーも狗の端くれ気取んなら、そんなハシタネー真似すんじゃねぇよ》
「っぐ……くソぅッ!」
桃李とクーランの挑発的な態度と絶望的な状況に腹を立て自棄を起こした小門は、渾身の抵抗とばかりに痛みを堪え力を振り絞り刃爪を放つ―が、それらは全て悉く回避されてしまった。これは機動力特化の形態である鎧を機敏なコックローチ保有者が着こなす事による機動力強化に『原因より先に結果を形成しその通りに物事を進める』というカネ・ダ・カッチャ・ランチャの固有効果が合わさって実現された、言わば"絶対的な完全回避"との呼び名も過言ではないほどの代物である。
その絶対的な"早さ"と"命中精度"により槍で散々に小門を痛めつけた桃李は、香織に告げる。
「それでは香織さん、シメをお願いします」
「了解。そんじゃあ、出番だし行こうか」
《異論はない。クーランほど言うつもりはないが、私もその犬には呆れ返っていたのでね》
防弾ベストの上に羽織られた赤い外套が如し『クレミージ・ティラトーレ』を展開した香織の背後から背後霊のように這い出て語るのは、煤けた野良犬を思わせる毛色の狼系禽獣種―もとい、真鍮側のティラトーレ担当精霊・諏訪部。クールな皮肉屋を気取っていながらも根は心優しく善良な青年である。
《それでは香織殿、詠唱を》
「はいよー」
ボロボロになりながら尚も逃げ出そうとする小門の目の前に立った香織は、姿勢を整え詠唱を開始する。
「彼を言い表すならば、"剣"の一字に尽きましょう。
身も心も剣であった彼こそは、まさに戦士の鏡でしょう。
秘めたる志故、少女は彼の血を赤々と光る溶鉄に例えました。
美しく儚い夢故、恋人は彼の心を美しくも脆い硝子に例えました。
戦士である彼はまさに、如何なる戦に在っても負けることはありませんでした。
命惜しさに逃げ出すこともなく、しかし人々の誰もがその行いを褒め称えようとはしませんでした。
長い長い旅の果てに数多の悪を打ち倒し滅ぼした彼は、ただ一人かの地で剣を抜くのでしょう。
長い長い夢の果てに身も心も擦り切れ荒れ果てた彼は、ただ一人かの地で啜り泣くのでしょう。
剣を振るい、啜り泣き、そうして枯れそうになった彼は、やがて自分の生涯に意味など無かったと思い知ります。
ヒトは彼のその生き様を、夢に狂って哀れに死んでいった愚者だと嘲りましょう。
ですが私はしかし、そんな彼をこそ救うべきだと思うのです。誰もを救う夢を見て、誰をも滅ぼさねばならなかった彼を、私は救いの結末へと誘いたい。
この一振りこそは、そんな彼への敬意の証。眼前の汚物こそは、楽園への供物。切り刻み、花園の肥やしとして見せましょう」
詠唱を終えた後の光景はまさしく圧巻の一言に尽きた。
魔王陵を覆う暗雲が残らず晴れ渡り、石像や墓石などの建造物は残らず崩落し消滅。
石造りの床は全て地に沈み、草一つ生えもしない渇き切った赤土の地面を、美しいオレンジの夕陽がどこまでも照らし続けている。
「さぁて、準備は整った。そういうわけでクソ犬、これよりあんたを地獄に送る」
大きく広げられた香織の両手に、それぞれ異なるデザインの刀と剣が現れる。その様を見た小門は直感的に逃げ出そうとするが、身体を支える左腕を右手の刀で切り落とされ転倒。更に左手の剣を小門の右太股へ地面まで貫通させられてしまい、移動を完封されてしまった。
「よし、次」
香織は左手の刀から手を離し、素早く右手の剣を投げ捨てる。投げ捨てられた剣は空中で消滅し、代理として右手には片手サイズの斧が、左手にはこれまた片手サイズのハンマーが現れる。斧で左手首を切り落とし、ハンマーで突き刺さした剣の柄を杭のように激しく打ち込んでいく。
香織はその後も投げ捨てては新しい武器を握り振るい、の繰り返しで小門の頭以外を肉塊に変えていった。そして小門の頭を掴んで空高く放り投げ、そこに狙いを定めながらとどめの一撃に入る。
「骨が拗くれる程に、愛されてしまいました」
詠唱に次いで、香織の手元に武骨なコンパウンドボウが出現。
「どうしてくれましょうか」
放たれた矢は、放り投げられた小門の頭部を貫通し粉々にした。
次回、リューラVS上地!