第二百五十三話 イヌバスタード-バトルの時間
尺が伸びた(これで何回目だろう)
―前回より・異空間―
「切り刻まれろや、大旋風刃爪!」
両腕を伸ばし右掌を前に、左掌を後ろに向けた小門は、そのまま右足を軸に片足立ちでコマかドリルのように高速回転し、その勢いに任せて無数の衝撃波を周囲へ無差別に放っていく。
それらの威力はどう考えても強力無比と言わざるを得ないものであったが、しかし小門と相対する四人は各々の個性を生かして衝撃波を見事に回避していった。
◇
《それにしてもきついジョークだわね……ああまで狂ってしまってはもう救いようがない……》
独り言のようにぼやくのは、香織が現在展開中の形態『ヴィオラ・マジーア』を担当する真鍮側の"マジーア"ことメーディエイであった。容姿・性格共に一般的な人間とさして大差ない彼女もまた、ある意味ではダリア達と同じく"少女へ過剰に執着する者"である事には変わりなかったが―否、少女を愛する者であるからこそ、前回のラストでの小門の発言には強く憤っていたし、それ以上に深く傷付き悲しんでもいた。
《一体何処で道を踏み外してしまったのかしら……あの顔つき、いい目してるわ。きっと真っ当に育っていればいい男になっていたでしょうに……》
「姉さんさ、同情しても仕方ないんじゃないのかな。過去は過去、無理だったもんは無理なんだから。変えられないし、変わらない。それは姉さんだってよく理解してることでしょ?」
《香織ちゃん……》
「でも、未来は変わる――っていうか、変えられるじゃん?だからこそ、ここであの犬を軽く血祭りに上げてやってさ、せめてその呪縛から解き放ってやるのが私らにできる事だと思うよ?」
《……それもそうね。それじゃ、一つ派手に行きましょうか》
決意を固めたメーディエイは、香織の身に纏う紫色のフード付きローブ―ヴィオラ・マジーアの"鎧"に該当するもの―を変形させていく。
三十秒と待たずに高貴でミステリアスな雰囲気の漂うヤママユガのような形状となったそれは香織を守るように展開されていた多重防御障壁を更に強固で盤石にしていき、ふとした瞬間に薄手の窓ガラスが爆発の衝撃で砕け散るかのようにして飛散。それと同時に前後上下左右全方位の広範囲に及ぶ強烈な波動が発生。小門の衝撃波をも一つ残さず消し去ってしまった。
「な、何ッ!?俺の刃爪一閃が掻き消されただとッ!?」
「ふゥん、驚いてる?障壁系魔術の仕事は防御や反射だけじゃあないのよ。まぁ、普通こんなの撃ったら消費でかすぎてこっちが死ぬけど」
《そんな"死ぬほど高燃費な魔術"を軽々と撃てるようになるのが、この私メーディエイのアレコレを煮詰めて集約させたものの形を整えたこのローブ……『ヴィオラ・マジーア』なのよね》
「固有効果は浮遊に飛行と魔力関係のサポートのみ――直接的な戦闘能力は皆無に等しいから、小細工無しじゃ貴方みたいな武闘派相手にはサンドバッグが関の山」
《でも逆に小細工だらけで挑んだなら、貴方ほどのカモもいないでしょうねぇ》
「ケ、魔術師如きが言うじゃねえか……ならその威勢、どれ程のモンか試させて貰ブゴッ――」
小門が飛び掛かろうと踏み込んだ、刹那。突如飛来した黄金色がかったクリーム色の何かが、獣人の巨体を尽く突き飛ばした。
「―グゲッ!…ッッ…な、何だクソッ!ンなろ、っケぁ゛ッ!」
すぐさまぶつかってきたクリーム色の何かが破殻化したニコラであると察知した小門は、口から犬の顎骨が如しエネルギー弾を発射するが、対するニコラは巨大毒蛾にあるまじき(毒蛾と言うよりはトンボのような)機敏な動作でエネルギー弾を回避していく。
本来ゆっくりとしか飛べない筈のニコラがここまで素早く動けているのは、単に現在発動しているブランク・ディメンションの"貌"のお陰であった。
暗雲立ち込める石造りの巨大遺跡が如し光景を成すその"貌"は、名を『魔王陵』という。"陵"の字はミササギ或いはミハカとも読み、ここから察することが出来るように王族―我が国で言う天皇や皇后の遺体が収められる墓地のことである。
そう聞くと魔王陵は屍術のような効果を持つものとも思われるだろうが、実際の効果は屍術のしの字も感じられないようなものである。
「クソッ、当たらねーとか何様だよ!?つーかてめー、蛾の癖に何でそんな早ぇんだよ!?」
「何でってそりゃあ、魔王に命を支払ったからさ。この魔王陵にいる者は皆、自分の命を代償に動作なんかを素早くできんのさッ!そうでしょ、香織?」
「そうそう。まぁ消費でかすぎて私らにとっては諸刃の剣だけど、ニコラさんくらいなら丁度いいのよ―っと、魔力も充填されてきたみたいだしそろそろ形態切り替えようかな。姉さん交代ねー」
《解ったわ》
「序でにニコラさん達にも何か適当に"貸与"するからよろしく~」
相変わらず気の抜けたような声で言った香織は、空中でヴィオラ・マジーアを解除すると、真っ逆様に降下しながら起動要請を口にする。
「起動要請、『クレミージ・ティラトーレ』『ネーロ・マジーア』『セルペンテ・ガヴァリエーレ』『カネ・ダ・カッチャ・ランチャ』。ネーロ・マジーア以後を同盟者に貸与」
香織の起動要請に合わせて列王の輪から三つの光球がニコラ、桃李、羽辰の手元へ飛来し、細い指輪型をした擬似的な『列王の輪』を造り上げる。
《Open up-Blass Arrow》
《Open up-Iron Mage》
《Open up-Blass Trooper》
《Open up-Blass Spear》
更にそれら四つのリングが展開し、四人の身体を覆い尽くす鎧となる。その圧巻な光景に気圧された小門は、言葉も出せず狼狽えることしかできないでいる。
「さぁて、ショウタイムと参ろうか。演目は――」
《私ディゴーンとフォックス医師による、SAN地直葬猟奇コントでしょうッ!》
《そしてこの私、ラーミャと羽辰氏の霊体の動きを取り入れたモトクロスに御座います》
《ついでに俺ッ、クーランと桃李の嬢ちゃんが送る昆虫系槍術演舞だぜ!》
《そして私こと、諏訪部と香織殿による馬なし流鏑馬で華麗にトリを飾る……》
作者「やめて!列王の輪の四重攻撃で袋叩きに逢ったら、幾らの幻妖の術で妖怪の力を得てる小門でも耐えられない!
お願い、死なないで小門!あんたが今ここで倒れたら、ダリアや議会のみんなとの約束はどうなっちゃうの?ライフはまだ残ってる。ここを耐えれば、香織に勝てるんだから!
次回『小門死す(*1)』デュエルスタンバイ!」
*1……正しくは『イヌバスタード-リンチの時間』