第二百四十八話 女装回日和
議会の対面まで話が進まなかったのは私の責任だ。だが―(銃声)―……すまなかった。
―前回より・幼女趣味全開のアリーナ―
「(これは……不味いわね……)」
単身首相官邸内を進んでいたデーツ・イスハクルは現在、遭遇した謎の相手にかなりの苦戦を強いられていた。
とはいえ、元より体組織が柔軟で治癒・再生能力に富む(上に、初歩的な魔術でそれらの性質をある程度増強している)水棲系流体種(を祖先とする一族)故、体内を動き回る小さな頭蓋骨とそこに内包された臓器類さえ無事ならば負傷というものとは無縁である彼女にとって、相手の熾烈な攻撃などは(立ち回りや状況にもよるが、特に激しいものでなければ)苦戦の要因になどなりはしない(そもそも現在は破殻化で無数の小さなツメダニの群れへと化けているため回避については問題ない)。
では何がそこまで彼女の表情を曇らせていたのかと言えば、それは至極単純に『幾ら攻撃しても相手が倒れず、即死級の攻撃は全て何らかの形で回避されてしまう』ということに他ならなかった。幾ら爆破しても傷一つなく、間接的な攻撃を仕掛けても素早い回避や肉体のホログラム化などによって無駄撃ちに終わってしまう。
そもそもデーツの保有するヴァーミン・爪壁蝨の能力は破壊工作や暗殺などでこそ真価を発揮する代物であり、総じて罠のような使い方が基本になってくる。嘗てブランク・ディメンションで繁を相手取ってそれなりに優勢で居られたのも『女郎蜘蛛の手芸細工』という拘束要因があったからこそ。それがない状況でのデーツは一味の中でもシャラと並んでぶっちぎりで非力な部類に入る。だからこそ攻撃一辺倒なデッドと行動を共にするのだが、今回はどういうわけかそれを失念していたらしく、それがこのように苦戦を強いられる結果を招いていたのであった。
「(いよいよ冗談抜きに不味くなってきたんじゃないかしらね、これは。あの変態三人組の攻撃は破殻化のおかげで喰らわずに済んでるけど、こんなジリ貧の流れじゃこっちが先にやられかねない……)」
破殻化により無数の赤いツメダニの群れとなったデーツは、垂直の壁面を液体のように高速で這い回りながら銃器を連射してくる機械的な三人組に目を遣った。色白の肌と華奢な身体に際どい身なりと目元のバイザーが特徴的なそれらは、前々回で璃桜が機能停止にまで追い込んだものと同型の戦闘用ガイノイドであった。
官邸特選隊がダリアに強請って買わせたこの戦闘用ヒト型機械は正式名称を「シゲン・オペレーター」という。ラビーレマの物好きな技術者・四玄が少ない予算で作り出したこれらは全四機存在し、赤い一号機と二号機以下の機体(配色は順に青、緑、黄)が(最早融合というレベルで)合体することで各々の特色を更に伸ばした強化形態になれるのだが、如何せん予算不足故に不備が多かった事などから机上の空論で終わっており、ダリアに買われ官邸特選隊に配属されて以降は合体機構の存在さえ認知されていないという有様であった(そもそも一号機は既に璃桜が破壊してしまったためどのみち強化形態は日の目を見ることなく終わってしまったが)。
「(かといって逃げ出すと追って来そうだし、そうなるとまた面倒だからやっぱり私一人でどうにかするしかないわよねぇ……って、あら?)」
ふと、それまで執拗に続いていたオペレーター達の攻撃がぱったりと止んだ。見れば三機は構えた銃器や砲塔を下ろしており、攻撃する気配さえ見せていない。
「……ちょっとお嬢さん方、あんたら一体何なのよ?刀は抜く、ハンマーは振り回す、私には飛び掛かる、突然変な長ったらしい横文字だらけの肩書きは名乗る、かと思ったらいきなり機関銃を撃ってきて部屋は壊す、挙げ句は変なサングラスからビームを撃つ、あんた等ヒトじゃないわよね?お次はロケットランチャーに謎波動と来たわ。こりゃ危ないと思ってこっちも応戦したわ。そしたら変な方法で避けられちゃって空撃ちよ。一体何がどうなってるのか教えて頂戴」
「ジギギ、ギギ、駄目、ダ」
凄まじく早口なデーツの問いかけに答えたのは、青い衣装と水色のバイザーが特徴的な二号機であった。
「言ってくれるじゃない、流体種相手とはいえ暴言が過ぎるんじゃないの?」
「貴様コソ、下等ナ有機生命体ノ分際デ口答エスルナ」
「ソウダソウダ、我々ハ本来貴様等トハ別次元ノ存在。コウシテ対等ニ会話シテヤッテイルダケデモ有リ難イト思エ」
「……別次元って何よ、別次元って。まさか二次元人と三次元人の混血って事もないでしょうし――「ブッチャケルト機械ダ」――あ、納得だわ」
「トモアレ、我々ガ武器ヲ下ロシタノハ貴様ニ投降ヲ呼ビカケル為ダ」
「ソウダソウダ、痛イ目ニ逢イタクナクバ即時投降シ撤退スルガイイ」
「貴様ノ仲間ニモ言ッテ伝エロ。刃向カエバ我々ガ容赦セヌトグェブッ!?」
刹那、背後から飛んできた丸太のような物体が三号機を吹き飛ばした。
「「三号ッ!?」」
「ッグ……心配無イ……ガ、一体何者ダ?我々ニ不意打チトハトンダ不届キ者ガッ!?」
床面に倒れ伏す三号の後頭部と腰を、突如何者かが踏み付ける。逃れようと必死に藻掻く三号だったが、純然たるパワーは人間とさして大差ないオペレーターにとってそれは至難の業であった。
そんな彼女の上にまるでスノーボードにでも乗るかのような姿勢で立つのは、何とも珍妙な―町中に出れば不審者としてしょっ引かれること間違い無しの―背格好をした人物だった。
「魔法少女フィジカル辻ちゃん!」
等と宣うそいつの声と体格は、魔法"少女"と名乗っている癖に明らかに成人男性のものであった。
「またの名を9.5級守護天使、刺椿象のシゲ!」
長身痩躯であるそいつの服装は、オリジナリティも可愛げもフリルもない安っぽい黒のエプロンドレス(半袖&スカート丈長め)というもので、更にこれまた安っぽい運動靴を履き、個性を通り越して既に異常ですらあるような赤い虫(名乗り口上が確かならサシガメ)を模したフェイスマスクを被っていた。
「ご主人様への恩返し、火星に代わって吸い尽くす!」
手元の質素な槍をバトンのように振り回しながら決め台詞(らしきもの)を言い切ったサシガメのシゲ―もとい我らが主人公・辻原繁の行動は、その常軌を逸した異様さにより他の四名を絶句させるに十分すぎた。
「(ま、まるでわけがわからない……とりあえず、繁が助けに来てくれたって事でいいのよね?)」
次回、やっぱりオペレーター達に悲劇が!




