第二百四十三話 我が妹は多新翅上目:後編
上目の爆生の力とは……
―前回より―
「苛々ァッ!あの蝗め、虫螻の分際であちこち飛び回りおってからに!このッ!」
爆生によって得られた高い跳躍力を駆使して攻撃を回避していく桃李に、疾手は苛立ちを感じ始めていた。上記の台詞を見ればお判りかと思うがその苛立ちは相当なもので、最早彼女の視界に映る標的は桃李のみであった。同僚二人との共同戦線であるという事実を半ば忘れかけ(そしてその同僚二人もこうなった彼女に手を出すと色々ややこしくなることを知っている為か動くに動けず)、他の四名に至っては認識さえしていない。
「憤怒ッ!最早ただでは済まさぬッ!」
怒りの余り深緑色である皮膚へ鉄火のような赤い血管を浮き上がらせ、まさに特撮映画の怪獣然とした凶悪な面構えとなった疾手は、更なる攻撃手段としてウライから紫色の弾丸を幾つも放出。空中で弾けたそれらは派手な色の砲台や空中浮遊する機雷をばらまく得体の知れない固定メカを産み出し、逃げ回る桃李を撃墜せんと攻撃を繰り返す。
だがそれでも一向に弾は当たらず、比例して疾手のストレスは溜まっていくばかりであった。そしてそんな状況に陥れば、大抵の者は落ち着きを失い判断能力が大幅に鈍るものである。
「かくなる上は……ウライよ、喰らえィッ!」
自棄を起こした疾風は銃身を折ってシリンダーを露出させたウライをほぼ垂直に掲げる。するとその部分から原付程の大きさをした半透明な赤い龍の頭が顔を出し、長い首を伸ばして疾手が撒き散らした使い魔達を一匹残らず食い尽くし引っ込んでしまった。
「……完了。すまなかったな二人とも、少々取り乱したがもう大丈夫だ」
等と宣いながら手元にてウライの銃身を畳む疾手は、先程の荒れようが嘘のように冷静であった。
「そ、そう……そりゃ良かったわ(少々取り乱すってレベルじゃないでしょうが……)」
「はは……まぁいつもの事だからね……もう慣れたよ(正直、いい加減にしてほしいよね……)」
「発覚。布陣など敷かずに最初からこうすればよかったのだ」
垂直に立てたウライの銃口を顎に当てて呟く疾手の目は、やはり桃李だけをしっかりと見据えていた。
◆◆◆
「おや、攻撃が止んだようだ。序でにあっちの恐竜モドキもなんぼか落ち着いたらしい」
「つーか自分で出したもん全部片付けちまいましたぜ」
「妙に冷静になっちゃってまぁ、何なんでしょうねいきなり」
「さてね……ともかくあの銃の形状からして、まずいものが溜まったのは確かなようだけど……」
◇◇◇
「自棄を起こしたり冷静になったりと、スタウリコサウルスの癖に慌ただしい奴だな……」
『全くですよ、少しは落ち着けと言いたいものです』
「おや兄さん、やはり無事でしたか」
『"やはり"って何です、"やはり"って……まぁ無事ですがね。それはそうと、爆生の調子はどうですか?我が妹よ』
「絶好調ですよ。流石は神罰に使われた虫といった所でしょうか、この調子なら何だか凄い飛び蹴りでも放てそうな気分です」
『それは何より。しかし凄いじゃありませんか、昆虫を象徴に持つヴァーミンの爆生は本来同じ"目"までが原則の筈でしょう?』
「えぇ、確かにそうです。ただそれはあくまで原則の話ですから」
以前本文中で『破殻化の亜種たる爆生は象徴生物種とある程度近縁でなければならない』と述べたかと思うが、これには更に細かな制約が存在する。この制約は象徴ごとに異なっており、例えば毒蛾や刺椿象のような昆虫を象徴とするものは同じ"目"の種に限定され、昆虫でない節足動物を象徴とする壁蝨はそれより広く同じ"綱"の種にまで範囲が拡大され、節足動物ですらない蛭に至っては同じ"門"の種にまで爆生の対象が広がる――と言った具合に説明しても理解できない読者も居るかと思うので、拙いながらも少々初歩的な部分から説明していこうと思う。
そもそも生物の分類は界・門・綱・目・科・属・種という七つの階級で分けられる(それぞれの頭に亜・上・下・小などと付け足してより複雑に分けることもある。また、界の上にはドメインという階級も存在するが長引いてもアレなので省く)。
一般的に六あるとされる階級である"界"は、動物・植物・菌・原生生物・真正細菌・古細菌という六つの界から成る。続く"門"は脊椎動物や節足動物、軟体動物、環形動物などのグループで区切られており、綱になると一般的によく言われるような哺乳類、爬虫類、昆虫、二枚貝といったような区分となる。
続く目は更に細かい分類なだけに数もやたら多く、昆虫鋼に限っても甲虫とも呼ばれる最大手の鞘翅目や、蝶蛾の属する鱗翅目、トンボに代表されるような蜻蛉目など26(絶滅目を含めると30)にも及ぶ。科以下の多さは語るに及ばないかと思う。
さて、この辺りで異能の話に戻ろう。このような分類に基づき、象徴生物種が昆虫である六種(フライ、モスキート、タセックモス、ワスプ、コックローチ、アサシンバグ)は原則として同じ"目"に属する生物種の形態と、それに関連する亜流異能を爆生として習得・行使できる。
例えば繁はサシガメであるため、同じ半翅目に属するミズカマキリやアブラゼミの爆生を得られたし、ドクガであるニコラは同じ鱗翅目に属するオオミノガの力を爆生として得るに至った。同じ刺す虫だからと言ってサシガメは蚊の爆生を得られないし、ドクガはクワガタの爆生を得ることなど出来ないのである。
昆虫綱でない節足動物を象徴とする二種(チック、センチピード)の縛りは上の六種より緩くなっており、例えばダニはクモ綱に属するためデーツはクモ綱に属するあらゆる生物(作中で披露したザトウムシの他にクモ、サソリ、ウデムシ、ヒヨケムシなど)の爆生を得ることができる。
節足動物門にすら属さない二種(リーチ、スラッグ)は更に広く同じ"門"の種にまで爆生の範囲が広がる。リーチならば環形動物門に属するのでウミケムシの毒針やオニイソメの大顎などが手に入り、スラッグに至っては軟体動物門故貝類を通り越してイカやタコの爆生をも得られるのである。
そして桃李の爆生だが、コックローチことゴキブリは網翅目に属する昆虫であり、故に本来の対応範囲は精々カマキリやシロアリがいいところである。だが影ながらに試行錯誤を繰り返した桃李は、ついに自身の爆生の範囲を"同じ目"から"同じ上目"へと拡大するに至る。即ち、サブタイトルにもある多新翅上目である。
一見大したことのないように見えるかもしれないが、多新翅上目にはバッタやコオロギの属する直翅目、ハサミムシに代表される革翅目、カワゲラなどから成る襀翅目、ナナフシやコノハムシで知られる竹節虫目などが名を連ねる。
「(多新翅上目……私個人としてもまだまだ未知の領域だが、乗りこなせるのか……)」
「……決意。奴は私が仕留める。ノーラは引き続き我々の防衛を、黒木は隙を見て衝撃波を放ってほしい」
「了解」
「判ったわ」
「忠告。もはや言うまでもあるまいが、ノーラはタルバの死角に注意を払え」
「大丈夫さ、僕の反射神経だってそんなに鈍っちゃいない」
「注意。黒木よ、衝撃波を放つ際はあの貧弱そうな尖耳種に注意せよ。あれなるは防御や回復の魔術に特化している故」
「問題ないわ。この連携があればきっとね」
かくして既に部屋とさえ思えなくなった空間での戦いは、最終局面に突入する。
次回、寝室戦決着!




