第二百三十八話 異☆形☆母
またオチが微妙な……(近頃こればっかり)
―前回より・浴場―
「おー、ナイスタイミングなのだ」
「ぶっちゃけ止まるかどうかは賭けだったけどね。ともかくあんたが逃げる時間だけは稼ごうと頑張ったわ」
春樹と軽めに会話するニコラの胴体は、既に服飾類まで含めて完全に修復・再生されている。
彼女をよく知る者(例えばツジラジの製作陣や読者諸君など)にとってはさして珍しくない"ニコラ・フォックスの不老不死"も、初見の者にとっては途轍もなく恐ろしく異質なものとして目に映る。
「な、ぜっ……あんな、絶対に即死するような傷を負ってまで、生きてるのよっ!?」
「しかも傷ばかりか服まで再生してしまうなんて……こ、こんなの絶対おかしいですわっ!」
当然ながらそれは百戦錬磨(だと、自分達の中では思い込んでいる)官邸特選隊の二人も例外ではなく、それまでの余裕が嘘のように慌てふためき取り乱している。
「まぁ、おかしいんだろうねぇ」
「お前らがそう思うんならそうなのだ」
「「お前らの中では ね」だけど」
「……テロリストの癖に言ってくれるじゃないの」
「真宝に仇成す邪悪の癖に、生意気ですわね……」
二人の言葉を聞いて正気を取り戻した二人は、再びそれぞれの武器を構え直す。
「そもそもあなた達が私達の攻撃を凌ぎきったのが事実であったとしても、それは今さっきの事でしょう?どうやって私達を倒すというのかしら」
「例え私の紅華剣を回避できたとしても、あなた達の武器が全て飛び道具である以上お姉様の黒羽槍に吸収されることは明白。幾ら攻撃を試みようとも、敵に塩を送るだけに終わる不毛な無限ループ……この連鎖、あなた達如きが抜け出せるほど甘くは――「試してみる?」
玖珠の誇らしげな講釈は、ニコラの一言によって遮られた。
「……何ですって?」
「だからさ、試してみるかっつってんのよ」
「そこまで自信があるなら、僕らみたいな雑魚ぐらい屁でもないでしょ?」
二人の言葉は明らかな挑発であり、真に受けようものなら相手の思うつぼであることは言うまでもない。しかし自尊心ばかりは無駄に高い瓜生と玖珠は、よりにもよってその言葉を真に受けてしまった。
「いいわ。そんなにお望みとあらば――「はい、ありがとうございましたァーっ!」――「んむう゛ぅっ!?」
瓜生の発言が外野からの適当な大声によって遮られた刹那、大声を出した張本人であるニコラの右手が黒い外骨格に覆われたどこか不格好な円筒形の何かに変異し、その先端から白い接着剤のような粘性の塊が射出される。粘性の塊は瓜生の顔面に直撃し、彼女の顔面を覆い目鼻口を完封する。
「瓜生お姉様っ!」
「んん、やっぱり部分的な破殻化じゃうまくまとまらないわね……」
言いつつニコラは瞬時に破殻化の構えを取る。彼女の細い身体は、透き通ったガラスか樹脂を思わせるオーラに包まれ次第に同化。薄いガラスが割れるような音と共に表面のオーラが砕け散り、破殻化は完了する―――が、破殻化によってニコラが得た姿は読者諸君の記憶に残っているような『狐のような姿をした金色の巨蛾』ではなかった。
「ひっ、変身したぁっ!?―ってキモぉ!?」
その姿を見た玖珠が思わず悲鳴を上げたように、変化したニコラの姿は一般的に見れば醜いものであった。
黒く柔らかな外皮に覆われた円筒形のそれは、中途半端に太長い芋虫に見えた。但しその頭部はやはり色こそ黒く若干節足動物寄りではあったものの確かに狐の頭であったし、尻先からは狐の尾を思わせる毛の塊が生えていた。その上芋虫特有の短い足の先端部は全て肉球のようになっていた。
「これぞタセックモスの爆生が一つ、蓑虫よ!」
その割にミノを纏ってないと突っ込んではならない。一般的に木の枝にしがみついてぶら下がる枯れ枝の塊というイメージで有名な蓑虫の正体は、ミノガという蛾の幼虫である。かの枕草子では"ヒトと鬼との間に産まれた子が木の下で親の帰りを待つ内に変じたもの"とされ、秋の季語として採用されるなど地味な外見の割に案外日本文化に馴染んでいる虫の一つでもある。有名所では松尾芭蕉や高浜虚子などが採用している。特に後者の句は前述した伝承と生活史(ミノガの雄は交尾後に、雌は産卵後に死ぬ為実質的に親と死別している)を的確に表現しており、作者としてはお気に入りである。
「み、蓑虫ぃ!?馬鹿にしないで欲しいですわ!どこの世の中にそんな気持ち悪い蓑虫が居―――キゃア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!?」
言い終わるより前に、狐風蓑虫へと変じたニコラの口から吐き出された粘つく白い糸が二人に絡みつき四肢の動きと顔面を封じた。
「蓑虫の糸は蜘蛛のそれより頑丈とも言われててね、蚕の繭とどの方向で切っても解れなくて頑丈って事で工芸品にも使われるそうよ。その上蓑全体もかなり頑丈なんで、カマキリも歯が立たないとか……」
そんな強靭な糸を産み出す器官こそ絹糸腺である。消化管下側に沿って真っ直ぐに伸びるこの器官で生成・合成された蛋白質が、粘り気のある液状の糸を作り出すのである。因みにカイコガ(終齢幼虫)の場合絹糸腺は体重の2~3割にも及ぶという。
「さて……こんなもんかしらね。そういうわけだから春樹、後頼んだわ」
「そういうわけってどういうわけなのだ……いや、別にいいけど」
「面倒なら別にこのまま放置しといても良いわよ?ほっといてもどうせこいつら窒息死するし、字数もキリいいし」
「いや、ここまでやっといて殺さず放置ってのも何か後味悪いから始末はつけるのだ。お互い『変なのに拾われなきゃ普通だった系女子』だし」
そう言って、春樹は薄桃色の異形へと姿を変えた。我が子らの亡骸を吸収し得たこの姿には、春樹自身にさえも把握し切れていない未知の力が秘められている。とはいえ、彼女は順応に伴いそれらの力をある程度理解し使いこなせるようになっていた。
【それじゃあちょっと、初歩的なのを】
春樹が右手で前方を払うように動かすと掌から直径2cm程の小さな球体が八つほど飛び出した。直径2cm程で透き通ったガラス細工のようなそれらの色は個別に異なっている。手投げ玉のように飛んでいった八つの球体は、蓑虫の糸で動けない瓜生と玖珠の足下へ染み込むように消えていった。
それを確認した春樹は小声で【よし】とだけ呟くと、事も有ろうに二人へ背を向けて元の姿に戻ってしまった。ニコラはそんな彼女の行動に疑問を持ったが、その疑問はすぐに解決された。
「Go」
春樹が口にした一言に応じるように、球体の染み込んだ辺りの床面を突き破り地中から無数の何か―色鮮やかに彩られた八匹の化け物―が現れた。よく見ればそれらの色は先程投げられた球体のものと一致する。瓜生と玖珠を取り囲んだ八匹の化け物は、まるで飼料に群がる養殖鰻のような勢いで二人に掴みかかり(或いは食らい付き)、その小さな身体を荒々しく引き裂いては食い荒らしていく。
巻き付いた蓑虫の糸までも綺麗さっぱり食い尽くした所で、化け物達は再び地面に吸い込むように姿を消していった。
かくして官邸特選隊の二人を始末したニコラと春樹は、荒れ果てて人気の無くなった浴場を静かに去っていった。
次回、香織念願の飛姫種戦!