第二百三十四話 女帝T、変な切り札に潰される
説明ついでに、決着ッッッ!
―前回より―
「な……なんだ、これは……我が神聖アスタリク帝国が……何故、こんなッ……!」
その空間はあまりにも異質で不自然すぎた。ブランク・ディメンションの持つ"貌"には様々なものがあるが、これほどに"単純"であり、それ故に"異様"な光景は他にない(単純という意味合いでは初期状態の真っ白な空間もあるが、あれは貌に含まないためここでは考えないものとする)。
山も聳えず、樹も生えず、土もなく、建造物も建たず、ましてそこへ誘われた二人(シャラとガティス。外部に残されたレノーギとデトラは出口を捜索中)以外の動くものなどありはしない。地平線まで続くのは、蛍光を発するエメラルドグリーンで縁取られた黒いタイルのような床材から成る底面。その質感は何とも曖昧であり、タイル以前に最早床材がそこにあるのかさえ解らなくなってくる。
続いて空を覆うのは、幽かに渦巻く不定型な膜とも闇とも言えない何かである。ただ単純に闇だけがそこにあるわけではなく、果てが無いというわけではないが、不規則に波打つ様を長時間眺めていると今にも飲み込まれそうになりそうで、程度の差はあれど誰しも謂われのない恐怖感を感じ得ないことだろう。
「ようこそ、"交理"へ」
「ま……マジワリ……?」
困惑するガティスの前に降り立ったシャラは、静かに告げる。
「そう、"交"雑する"理"念で"交理"ですよ。ブランク・ディメンションという魔術に八十余り備わる"貌"の内で最も規格外であるために、条件・消費魔力・魔術式などの点から見て発動そのものは大変に容易でありながら、開発者からも見放された哀れな代物です。ブランク・ディメンションそのものが比較的新しい魔術であることもあり、使用例は今回のものを含めても恐らく両手で数えて足りる程度かと」
淡々と話すシャラであったが、聞き手のガティスは頭が混乱していた為に彼女(或いは彼)の話す内容を全く理解できていなかった。
しかしそれでも構わないとばかりに(或いは、聞き手に理解できないことを前提に話しているかのように)、シャラは尚も淡々と説明を続ける。
「さて、何故これの発動が容易であるのかは見てお判りかと思いますが……単純に『形が簡単だから』なんですね。そもそもブランク・ディメンションは魔術式で組み上げた魔力を用い容積無限大の固有空間を想像し、そこに"貌"と呼ばれる空間データを反映させることで様々な異空間を創造する――読者の皆様に解りやすく説明するなら、魔術版のマ●ンク●フトかシ●シティ、或いはM●Dのようなものなんです。
まぁ、此方は専用のデータを丸移ししければならない点で異なりますが。空白の名前がついているのは、消費魔力の軽減を目的に配備された"初期化空間"―つまり、僕らがツジラさん達と戦った際にツジラさん達が飛ばされた真っ白な異空間の存在に由来するんです」
因みに元ネタそのものは上でシャラが言及したようなものではない。
「この初期化空間というのは便利なもので、発動者またはその承認を受けて内部に入った者がデータ反映を指示するので手間こそかかりますが、直にデータを反映させるより遙かに発動者の負担を軽減できるメリットがあります。更に"貌"にはそれぞれ適性というものがあり、例えば『ワイバーン・ラヴィーン』の恩恵はデッドさんのように何らかの形で竜種と深く関わっている方でなければ受けられないんです」
いかん、台詞が長い。
「しかし、初対面の方がどの"貌"に適性を持つのかを断定するのって結構難しいし、時間もかかるんですよ。その点初期化空間なら、内部に入った方が何らかの形で白い空間の破壊を宣言しその動作を行うだけで、魔術式のプログラムが自動的にその方に適切な"貌"を選択・反映させてくれるので、より効率的に動けるだけでなく後々の戦闘でも役に立つというわけです。とはいえ、内部に誘い込んだ敵も発動者の承認を受けた者と定義されるので、思わぬ痛手を喰らうリスクもあるんですけどね。実際生一さんなんかは出遅れて香織さんに先を越されてしまいましたし。因みに消費される魔力や発動にかかる時間などはは"貌"が複雑かつ強力であればあるほど多く、長くなります。この辺りは最初に挙げたようなソフトなんかと同じですね、っと」
実に1000字にもわたる長ったらしい説明を一通り終えたところで、シャラはガティスに向き直る。
「それでこの交理なわけですが、こうも単純な地形だと少ない消費ですぐ発動できてしまいます。特に条件なんかも必要ありません。しかし致命的な欠点として、この貌そのものに特殊な効果や作用は一切ないんですよ。単にある動作が可能になるというだけで」
シャラはどこからか黒光りする杖を取り出しながら言う。
「正直『ブランク・ディメンションよりそちらを固有の魔術として確立させた方が良かったのでは』という気もするのですが、開発者の助手兼伴侶だった方によると乱用抑制の為やむなく断念したのだそうで」
黒光りする杖は蛇型ロボットのような形状であった。
「その動作、正式名称を『ブリスコラ』と言いまして。確か切り札とかそんな意味だったでしょうか、簡単に言うなら、指定された複数の材料を組み合わせて専用の使い魔を作るって代物でしてね。長ったらしく説明するより実際にやってみた方が早いでしょう」
杖を掲げブリスコラ発動の準備段階に入るシャラ。そんな彼(或いは彼女)の姿を前にしてようやく混乱状態から立ち直ったガティスは、尚も傲慢な態度を崩そうとはしない。
「ッハ、滑稽な。最強の飛姫種である私をそんな小細工で倒せると思うのか?只でさえ比類無き力を誇る飛姫種の数少ない弱点を克服したこの私にはいかなる攻撃も通用しない!その事は先程貴様の仲間である蒲鉾と唐揚げの砲撃をも余裕でかいくぐった点から明白であろうが!それを貴様如き根性無しのオカマなんぞが――ッ!?」
言い切ろうとした瞬間、ガティスは絶句した。鎧のように自らの身体を覆っているはずの外皮が悉く消え失せ、PSと一体化する前の霊長種としての皮膚がこれでもかと言わんばかりに晒されている。
「な……何だ、これはっ!?我が究極の鎧が、跡形もなく……貴様、何をしたぁ!?」
「何を?愚問ですね、ブリスコラを発動したに決まってるじゃないですか」
見た目の軟弱さ故に唾棄すべきと思っていた自分の裸体を晒され怒り狂うガティスは、淡々と答えるシャラに腹を立て更に怒鳴り散らそうとする―が、それを阻むように彼女の周囲を数珠繋ぎになった九つの円盤が取り囲む。
「ブリスコラによって産み出される使い魔の総数は170以上。指定された材料も色々ありましてね。その殆どは石ころや獣骨などの自然物なんですが、時には術者自身や機械類を使う場合もありましてね。今し方出したそれ――『フォートレス・ハイドラ』は、僕の持つ『機竜杖・初型』と交理内部に存在する適当な機械類一つ以上を組み合わせて作り出すことのできる使い魔でしてね」
シャラの話し声に応じるように、連なった円盤一つ一つの中央から機械的な蛇の頭が現れる。
「特殊な能力のようなものは持っていませんが、組み合わせの材料に選んだ機械類はどんなものであっても無差別かつ的確に吸収してしまうんです。よって、この性質を逆手に取れば……」
「私を只の無力な霊長種にするも容易い、という訳か……ッ!」
「飲み込みが早くて助かります。やはり妄想に狂っていたとはいえ、曲がりなりにも教員免許を所得しただけはあるみたいですね」
「なめるなよ、オカマ小僧ッ……私は神聖アスタリク帝国を治めし女帝ガティス・アスタリク!PSを奪われようとも負けるつもりなどないッ!」
全裸のまますっくと立ち上がったガティスは、精一杯の虚勢を張りながらフォートレス・ハイドラの首一つを掴み叫ぶ。
「こッ、こんな稚児の玩具などッッッッ、軟弱な貴様諸共、叩き潰してくれるわァッ!」
「絵に描いたような及び腰でそんなこと言われても説得力ないですよ。只でさえ全裸で情けない格好なのに、余計自分を惨めに見せるおつもりですか」
「黙れェイ!どんなに惨めな姿であろうとも、プライドと根性があればやってやれぬ事など―――「じゃあ、遠慮なく」――へ?」
ガティスが間の抜けた姿で間の抜けた声を上げた次の瞬間、フォートレス・ハイドラに備わった九つの首が彼女の裸体へと一斉に襲い掛かる。必至の抵抗を試みたガティスであったが、最初に掴んでいた首の一本には締め付けで手首から先を砕かれ、続いて正面と背後辺りに居た首二本のレーザー光線により手足を焼き切られ、立て続けに鋭い牙の噛み付きで全身の皮膚や筋繊維から内臓まで悉く引き裂かれた後、苦痛で悲鳴を上げるまでもなく超小型誘導弾の集中砲火を受ける事となる。結果として(本人は唾棄すべき軟弱なものと忌み嫌っていたが)ヒトとしては最上にも等しい美しさを誇った彼女の肉体は原型を留めぬレベルにまで破壊され、只の骨肉と毛筋の塊へと成り果てることとなる。
凄惨な光景を黙って見届けたシャラはフォートレス・ハイドラを元の素材に戻し、ブランク・ディメンションを手際よく解除する。
そして嘗て妄想を拗らせた結果自分を皇帝とまで言ってのけた女に、塗擦された養豚所の豚を見るような蔑みの眼差しを向けながらただ一言「哀れな」とだけ吐き捨て、その場を去っていった。
かくして真宝の地下空間を我が物顔で支配していたガティス・アスタリクを殺しきったシャラは、予め地下水路から首相官邸内への抜け道を見付けていたというレノーギ及びデトラと合流。官邸内への進入に成功したのであった。
次回、更なる五龍刃が姿を現す!?